独楽吟②
『橘曙覧(たちばなあけみ)遺稿志濃夫廼舎歌集』の続きです。
正岡子規が絶賛したといわれる和歌ですが、貧しい暮らしの
中で、見つけたささやかな楽しみ、今の人の心にどれだけ
響くか分かりませんが、謙虚になるには学びや気づきが
多くあると感じます。
・たのしみは 尋常(よのつね)ならぬ書(ふみ)に画(ゑ)に
うちひろげつゝ見もてゆく時
※尋常ならぬ=並みのものではない,桁外れに非凡な
・たのしみは 常に見なれぬ鳥の來て軒遠からぬ樹に鳴きしとき
※常に見なれぬ鳥=ふだん見たことのない鳥
・たのしみは あき米櫃に米いでき今一月はよしといふとき
※あき米櫃=空の米櫃
・たのしみは 物識人(ものしりびと)に稀にあひて古しへ
今を語りあふとき
※物識人=物事をよく識り,自らのものにして
生かしているような人 ※稀にあひて=滅多にあえないような
人に出会って ※古へ今を=「昔はこうだったが,今はああだ」
とかいったような話
・たのしみは 門(かど)賣りありく魚買て烹(に)る鐺(なべ)の香を
鼻に嗅ぐ時
※門賣りありく魚=昔は魚屋は天秤棒などに担いだ
桶に魚を入れて売りに来た。
※烹る=烹るは味付けの調理をして”にる”ことをいい、
煮るは味付けをしないで”にる”のである。
この場合,味付けによって,烹ている魚の香りを鼻で嗅いでいる。
・たのしみは まれに魚烹て兒等(こら)皆が,うましうましといひて食ふ時
※滅多に買えない魚だが,大奮発をしたので・・・・・
・たのしみは そゞろ讀みゆく書(ふみ)の中に我とひとしき人をみし時
※そゞろ讀みゆく=漫然と読んでいて
※我とひとしき=自分が思っているのと同じ思いの
・たのしみは 雪ふるよさり酒の糟あぶりて食ひて火にあたる時
※よさり=夜に
・たのしみは 書よみ倦(うめ)るをりしもあれ聲知る人の門たゝく時
※書よみ倦(うめ)る=本を読み飽きる ※をりしも=ちょうどその時
・たのしみは 世に解きがたくする書の心をひとりさとり得し時
※むづかしくて難解な本は閉口するのは誰しもであるが、
ひとり(独力)で解ったときの喜び
・たのしみは 錢なくなりてわびをるに人の來たりて錢くれし時
※わびをるに=つらい気持ちでいる時に・・・・・
ここでは決して卑屈にならずちょっぴりソフトなユーモアを読み取りたい。
「そりゃ,だれでもそうさなぁ」と言う風に
・たのしみは 炭さしすてゝおきし火の紅(あか)くなりきて湯の煮ゆる時
※炭さしすてゝおきし=炉,火鉢などに炭を継ぎたして
そのままにしておいたことを言っている。
木炭は油断をしていると消えてしまったり,火力が落ちていったりして、
意外と管理には気をつかうものである。
鉄瓶などは,火が消えて気付かないで冷えてしまうと、
水にさびが浮いて,内部に赤錆が覆って傷んでしまい、
使いものにならなくなってしまう。
うっかりしていたのに,「火の紅くなりきて湯の煮ゆる}を喜んでいる。
・たのしみは 心をおかぬ友どちと笑ひかたりて腹をよるとき
※腹をよる=おかしさで腹がねじれる
・たのしみは 晝寝せしまに庭ぬらしふりたる雨をさめてしる時
※晝寝せしまに=昼寝をしている間に