目盛り、メモリ

いとう茂

2021年05月07日 14:54


目盛りと言えば何を連想する人が多いのだろう。
ものさし、計量カップ、体重計、秤・・・・・・。
色々と目盛りのついた物が身の回りにあります。
思っていたのは自分の生活の目盛りです、生活レベルではありません。
感じる力、読み取る力、考える力、感性とか感受力と表現
するものかもしれません。
単純な繰り返しの仕事、掃除とか家の施錠確認、洗車も入る
かもしれません。
他にも単純な繰り返しの仕事や作業はありますが、長く続ける
ことで慣れてきますので効率は良くなるのが当然ですが、慣れだけでなく
「これはこんなもの」「ここはこうすればいい」セオリーがあるもの
ならそれでいいのでしょうが、そうしたものがない場合には時として
手抜きに近いものが出てくるように思います。

それを慢心と言うのかは別にして、最初にした時よりは丁寧さに欠ける、
それに気づくことが少なくなったように思います。
自分の中でそのことに対する目盛りが粗くなっている、初心忘るべからず、
言うは易く行うは難しだと改めて感じています。
別に大きな失敗をしたということはないので、この段階で少しでも気がつく
ということは失敗に備えているとも考えられるのですが・・・・・。
一つしか知らない者は傲慢で、多くを知る者は柔軟である。
そんな言葉もありました。

予定が多く入り忙しく時間の経過も忘れて動いていると、次はあれ、
その次はあれ・・・・・・と目の前のことよりも先の段取りを考えてしまい、
ついつい、今しなければいけないことの詰めがおろそかになってしまう。
今日はえこーの賛助会費を払いこんでいただいた方に礼状を発送した
のですが、封入するものをあらかじめ考えていたにもかかわらず、
肝心の賛助会員の規約を入れ忘れてしまいました。
礼状を受け取った方は、賛助会員の規約があることは知りませんので、
何も感じることはないと思いますが、スタッフとしては大きな失敗です。
これも慢心、傲慢の影があるのかもしれません。
最初の頃なら封入するものを机に並べて一人ずつセットにして
封筒に詰めていた自分の姿を思い出しました。
あ~あ、目盛りが粗くなってるやん。
そんなに急いでしなくても郵便局は閉まらないのに・・・・・・。
コロナでも後の祭りはあります。