高校時代の同級生からメールが来ました。
滋賀県の保護司会の広報紙の退任の欄に私の名前があったので、
長い間お疲れさまでしたとねぎらいの連絡をくれました。
高校3年生だけ同じクラスの女性で、当時は長いスカートをはいて
ちょっと突っ張っていた印象があります。
背が低くてみんなは「マメ」と呼んでいました。
卒業してからはずっと音信不通の状態でしたが、
えこーが新聞で紹介された時に電話をもらい、それこそ50年ぶりに話をしました。
福祉の仕事をしているということでしたが、
そろそろ後進に道を譲ろうと考えていると話していました。
どこで保護司の広報紙を見たのかは分かりませんが、
連絡をくれたことが嬉しかったです。
高校を出て来年で50年になりますが、
年賀状だけの付き合いでも続いているのは10人もいません。
クラブばかりしていましたので、学校の帰りに皆とどこかに行ったことは、
試験でクラブが休みの時に数回あるくらいで、
ほとんどは教室だけの付き合いだったように思います。
振り返るとイベントにもあまりご縁がなかったように思います。
体育祭では陸上部だったので運営側に回らなくてはならず、
応援合戦にも参加できず、3年の時は体育クラブ全体の体育部長でしたので、
クラスの席にすら行けませんでした。
文化祭は柄ではないので素通りでしたし、
卒業式前の旅行で熱海に行く計画でしたが、答辞の役が回ってきて行けずじまい、
友だちの親が留守の夜に何度か麻雀をしに行った記憶はありますが、
大勢で遊んだ記憶はありません。
連絡をくれた女性ともどこかに遊びに行った記憶はありません、
そんな人間でしたのに、よく覚えていてくれたなぁ・・・感謝です。