昔、昔、あるところに⑥

いとう茂

2012年06月28日 11:07

いよいよ明日、校則委員会が開催されます。
津川君は武腰君が妨害しないか心配でたまりません。
クラスでも武腰君と目を合わすこともなく、大好きな
肉弾も窓から見ているだけでした。

武腰君や古田君は肉弾に興じています。
事件はここで起きるのですが、津川君は気が付きません。

気の弱い井川繁和君が、武腰君に近寄って行きました。
「武腰君、ちょっと話があるんやけど・・・・。」
「なんや、井川お前も入れや」
「僕はええよ、それより、ちょっと」
二人は体育館の前で話し始めました。

「ソフトやったらもうちょっと貸しててくれよ、
なかなか次のステージに行けへんのや」
「ソフトの話と違うよ、津川君のことや」
「津川のこと?あいつ、この前カツを交換してくれへんかったんや、
明日の校則委員会潰したるねん」
武腰君はまだ怒っているようです。

「そのことやけど・・・・。」
「なんや、文句あるんか、お前も潰したろか」
「潰すんやったら潰したらええよ、その前に話聞いてほしいねん」
いつも小さな声でしか話さない井川君が
武腰君の目を見据えて話し出しました。

「な、なんや井川、いつもと違うやんけ」
「黙って聞いてくれる」
「お、お、ええけど・・・」
武腰君の歯切れが悪くなりました。
どうやら井川君に押されているようです。

「この前社会の時間に聖徳太子の17条の憲法のこと
習ったやんか、あの中の和を以て貴しとなすて覚えてる」
「何言いだすおもたらそんなことか、それがどうしたんや」

「家でお父ちゃんに和を以て貴しとなすについて聞いたんや、
みんなと仲良くすることが大事やて先生いわはったけど、
それでおおたんのか、て聞いたら、お父ちゃんがな、
和(やわらぐ)を以て貴しとなすという解釈もあるて
教えてくれはったんや」
「どういう意味やねん、わかりやすう言うてくれや」
「僕も、あんまりわからへんかったんでメモしてきたんや。
ええか、聞いてや」

井川君は父親に教えてもらったメモを読み出しました。
「人間というのはグループや派閥を作りやすい。
そうなると自分たちの考えが最高だと思い、ほかの人の
考えや行動を否定し、対立をしてしまう、
そうではなく、互いに和らいで話し合うことで、
合意を形成し、真理を導き出すのが
正しい道である。大切な決定は独断で行わず、
多くの人と議論して公平な結論を出すために
和をもって貴しという言葉が17条の憲法の第1条にある。」

武腰君は目を閉じてじっと聞いていました。
「わしらのグループだけで物事を決めたらあかんということやな、
それと、クジラのカツの大きい小さいでいちいち、
文句を言うて周囲を困らせたらあかんて言いたいのやろ」

井川君は頷きかけましたが、武腰君の機嫌を損ねると
大変なので、静かに言いました。
「まだ続きがあるねん、
議論をしっかりしないで、力で押さえつけたら、
余計に批判が大きくなる、人間は誰も完全ではありえない、
それ故にどんなに優れた人でも、他人の意見には
謙虚に耳を傾けなければならない、
そのためにはそれぞれの人が私利私欲を捨てて議論に臨む
心掛けが必要だ、つまり、公共の利益が目的であり
最重要なことである。
これで全部」

「井川、お前のお父さん偉いんやなぁ、
うちのお父さんも物知りやけど、お前のお父さん、見直したわ、
お前はどこのグループにもはいらんとマイペースで
みんなと仲ようしてるのはお父さんの影響があったんやな、
初めて分かったわ」

「そんなんやないよ、武腰君、僕は口下手で、人付き合いが苦手やろ
それに引っ込み思案で気弱やし一人でいることが多いねん」

「性分やしな、でも、お前のそんなとこ嫌いやないで」
「ありがとう、あのー武腰君ソフトの裏ワザ、今度教えたげるわ」

「すまんのー、ちょっとも先に進めへんねん、頼むわ、
津川もおんなじグループやしな、それに、あいつの
ニコッとした顔、ちょっととぼけてて憎めんとこあるしな、
ホンマ、徳な奴やで津川は・・・・
今度の校則委員会はちゃんとしたるわ、
お前にも、ええこと聞いたし、お前に借りができたな」

「そんなんええよ」
「せやけど井川、まだ、わしら甘い方やで、塚田のグループ、
時々、何言うとるんかわからん時があるやろ、なんか共産党みたいなこと
言い出したりしよるし、時間があったら、さっきの話
あいつらにもしといたってくれや」
「ええよ」
井川繁和君の機転でクラスがまとまりそうです。
「武腰君もええ風紀委員長になるやろ、
これで一安心や」
一人になった井川君は胸をなでおろしました。