2020年11月21日

思い出し遍路㊼

徳島から一番遠くの宿毛を歩いたのは初夏の
6月頃だったと思います。
民宿は夕食だけしかついていませんでしたので、朝食抜きで
歩き出すと、朝日が暑かったのを記憶しています。
いよいよ大津に帰る日ですので、歩ける時間に制限があります。
宿毛に入り民家が軒を連ねる道に入ると、一軒の家から
女性が顔を出したかと思うと私を見てすぐに玄関のドアを
閉めて家の中に戻ってしまいました。
そんなに怪しい服装でも風貌でもないのに・・・・・そんなことを
思って通り過ぎると背後から「お遍路さ~ん」と呼ぶ声が
聞こえました。
振り返ると家の中に戻った女性でした。
「財布を持ってなかったので」
「・・・・・・・」

女性は私の前を歩いて近くの店に入ると、冷蔵庫から勝手に
ポカリスエットを4缶出してお金を払い「はい、これ接待」と
差し出してくれました。
汗をかいた体にポカリは、ありがたかったのですが、一度に
4缶は飲めませんし、延光寺までは1時間余り・・・・・・。
それでもそこらに捨てては罰が当たります、1キロほどの
荷物が増えましたが、ビニールの袋を左手に持ち、右手には
金剛杖で歩いていると、前から男女の歩き遍路が来ます。
延光寺を終えて愛媛県の40番の観自在寺に向かうのでしょう。
歩き遍路は出会うと必ず挨拶をしますので、この時も
「こんにちわ」「こんにちわ」で、続いて「これ、お接待です」
と、いただいたポカリを差し上げました。

徳島から歩きだして、延光寺が高知最後の札所、半分までは
いきませんが、次は峠を越えて愛媛です。
ここまで来ると新米遍路もいっぱしの遍路になってきますが、
途中で挫折する人があるために数も徐々に減ってきます。
ある意味、サバイバルレースで生き残っている、そんな感じです。
延光寺のお参りを終えて宿毛に戻らなくてはいけませんが、
くろしお鉄道の時刻まで延光寺から歩くとぎりぎりの時間で、
くろしお鉄道の平田から電車で戻ることにしました。
電車と言ってもこちらの京阪電車と違い本数も少なく歩くのと
大差がないような状態ですが、それでも歩いて戻るよりは
早く着きます。
本数の少ない電車の時刻が迫っていましたので、延光寺から
タクシーで平田まで行って、そこから宿毛に戻りました。

宿毛から特急に乗っても高知までは2時間半ほどかかります。
普通ならさらに2時間を要しますので、迷わず特急で高知まで、
宿毛で昼ご飯とビールを買って小旅行気分で高知まで
移動しました。
3時30分過ぎの高速バスの時刻まで30分足らずだったと思います。
高知駅を利用するのはこれで最後になりますので、負担に
ならない程度のお土産と夕食、それとビールも忘れずに買って
大阪駅まで移動です。
大阪駅まで5時間余り、そこから大津までさらに1時間、家に
着くのは10時を過ぎてしまいます。
松山からも似たような移動の方法になりますので、最後の日は
午前中だけの歩きになります。
四国は意外と遠い、徳島、高松ならそう感じないのですが、
高知と松山は遠い感じです。

Posted by いとう茂 at 20:42│Comments(0)
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