2014年01月31日
従軍
この前、膳所の歴史を話していたら「伊藤君の家は古いから
昔の本とかないか」と訊ねられ、探してみますと言うことになりました。
3年ほど前に本棚4つほどの本を処分しましたので、
古い本はほとんどありませんでしたが、膳所の地図があったはずと
柳行李を開けると底から「従軍」と言う分厚い本が出てきました。
満州事変の写真集で発行は関東軍となっていました。
そういえば子供のころに見た記憶がかすかにありました。
巻末には軍服を着た男性の写真が何枚も貼り付けられており、
見覚えのない人の名前が書いてあります。
表紙はかなり傷んでいますが中はまずまずの保存状態で、
ずっと柳行李の中で眠っていたのでしょう。
ただ、どうしてこの写真集が家にあるのかは不明です。
サインをした人から預かったのか、古本を買ったのか
今となっては訊ねる人もいません。
その写真集と昭和40年代の本、何冊かを持っていくと
偶然歴博の館長がおいでになり一緒に見ていました。
これは珍しいということになったのですが、私にはピンときません。
満州事変を日本の立場から編集した記録集ですが、
当時これを見て育った人にはそこに写っていることが事実で
歴史認識が正しいとか間違っているという判断はないでしょう。
教科書に尖閣や竹島の記述がされるということですが、
海の向こうとこちらで歴史認識が違ってもいいのではないか、
日本人として統一した歴史認識を持つことは大切で、
何も知らずに育って向こうからこれは日本の領土ではない
と言われたときに、どう返事をするのか不安になります。
写真集も手元に置いておくだけでは広がりはありませんので、
どこかに寄付も考えています、もしかするとゆがめられた記録かも知れません、
そのことを知るだけでも意義がありますし、私たちの役目は
戦争を行わないためにもそうした検証をすることだと思います。
昔の本とかないか」と訊ねられ、探してみますと言うことになりました。
3年ほど前に本棚4つほどの本を処分しましたので、
古い本はほとんどありませんでしたが、膳所の地図があったはずと
柳行李を開けると底から「従軍」と言う分厚い本が出てきました。
満州事変の写真集で発行は関東軍となっていました。
そういえば子供のころに見た記憶がかすかにありました。
巻末には軍服を着た男性の写真が何枚も貼り付けられており、
見覚えのない人の名前が書いてあります。
表紙はかなり傷んでいますが中はまずまずの保存状態で、
ずっと柳行李の中で眠っていたのでしょう。
ただ、どうしてこの写真集が家にあるのかは不明です。
サインをした人から預かったのか、古本を買ったのか
今となっては訊ねる人もいません。
その写真集と昭和40年代の本、何冊かを持っていくと
偶然歴博の館長がおいでになり一緒に見ていました。
これは珍しいということになったのですが、私にはピンときません。
満州事変を日本の立場から編集した記録集ですが、
当時これを見て育った人にはそこに写っていることが事実で
歴史認識が正しいとか間違っているという判断はないでしょう。
教科書に尖閣や竹島の記述がされるということですが、
海の向こうとこちらで歴史認識が違ってもいいのではないか、
日本人として統一した歴史認識を持つことは大切で、
何も知らずに育って向こうからこれは日本の領土ではない
と言われたときに、どう返事をするのか不安になります。
写真集も手元に置いておくだけでは広がりはありませんので、
どこかに寄付も考えています、もしかするとゆがめられた記録かも知れません、
そのことを知るだけでも意義がありますし、私たちの役目は
戦争を行わないためにもそうした検証をすることだと思います。
Posted by いとう茂 at
12:51
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2014年01月30日
いじめの講演会
今日も会派で視察に行っているために静かな控室で、
午前中に来た議員は私を含めて二人です。
視察に出かけているので執行部からの説明もなく
たまった仕事を片づけるにはいい機会です。
来月には惻隠だよりの発行を予定していますので
校正と紙面の校正を行います。
昨日は国際ソロプチミスト大津の主催した講演会に
参加しました、京都大学の木原雅子准教授が講師でした。
一人になるのを怖がり、いつも誰かとつながっていたい
そのためのツールがスマホ、携帯、パソコンなどで、
つながっている友人を心から信頼しているかというと
それほどでもないという結果があり、ネットに依存し過ぎて
現実の生活の中で人間関係の構築が不十分で、
そのギャップがどんどん開いてきているということでした。
いじめを減らすのは子どもたちの気づきが最も大切なことを
改めて感じました、もちろん周囲の人間の気づきも必要で、
頭ごなしに否定したり子どもの話をさえぎることなく
最後まで聞く姿勢も大切です。
昨年議会主導で策定したいじめに関する条例の具体的な
行動計画も大切なものです。
現在、この行動計画について市民の意見を伺っていますので
大津市のホームページでご覧ください。
講演会の議事録は入手できましたら順次アップしたいと思います。
来週も色々と予定が入りっています。
日曜日は市民駅伝が田上で開催されます。
関津の中継所で選手を待ち受ける役になりました。
1月もあと2日になりました、来週は節分、そして立春です。
3月はお水取り、4月は花見5月はゴールデンウイーク、
もうクールビズ?1年がすぐにすんでいきそうです。
午前中に来た議員は私を含めて二人です。
視察に出かけているので執行部からの説明もなく
たまった仕事を片づけるにはいい機会です。
来月には惻隠だよりの発行を予定していますので
校正と紙面の校正を行います。
昨日は国際ソロプチミスト大津の主催した講演会に
参加しました、京都大学の木原雅子准教授が講師でした。
一人になるのを怖がり、いつも誰かとつながっていたい
そのためのツールがスマホ、携帯、パソコンなどで、
つながっている友人を心から信頼しているかというと
それほどでもないという結果があり、ネットに依存し過ぎて
現実の生活の中で人間関係の構築が不十分で、
そのギャップがどんどん開いてきているということでした。
いじめを減らすのは子どもたちの気づきが最も大切なことを
改めて感じました、もちろん周囲の人間の気づきも必要で、
頭ごなしに否定したり子どもの話をさえぎることなく
最後まで聞く姿勢も大切です。
昨年議会主導で策定したいじめに関する条例の具体的な
行動計画も大切なものです。
現在、この行動計画について市民の意見を伺っていますので
大津市のホームページでご覧ください。
講演会の議事録は入手できましたら順次アップしたいと思います。
来週も色々と予定が入りっています。
日曜日は市民駅伝が田上で開催されます。
関津の中継所で選手を待ち受ける役になりました。
1月もあと2日になりました、来週は節分、そして立春です。
3月はお水取り、4月は花見5月はゴールデンウイーク、
もうクールビズ?1年がすぐにすんでいきそうです。
Posted by いとう茂 at
12:24
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2014年01月29日
鮒ずしと長浜ちりめん
昨日は滋賀県の呉服小売商の会合が大津市でありました。
次年度の着物の女王の開催地などを決定した後、
懇親会に移りましたが、長浜や彦根の会員から
鮒ずしの話が出ました。
例年、桶買いで鮒ずしを買っていることや管理の仕方などが
話題に上がりました、私も昨年鮒ずしの漬け込みを
体験しましたのでそのことを話しました。
従来の鮒ずしは毎日水を換えなくてはいけません。
独特の匂いが受け入れられずに食べず嫌いな人が多いことが
鮒ずしが普及しない原因だという意見が大半でした。
私が漬け込んだ鮒ずしは匂いもそれほどきつくなく食べやすいもので、
単価も皆さんが買っているものより格段に安く、半信半疑のようでしたので、
家から届けてもらい賞味してもらいました。
感想は私の意見と同様で、これなら大丈夫ということで、
きれいにたいらげてくれました。
長浜市の会員や会議所の役員からは長浜ちりめんの
普及について悩みが出されました。
地場産業の普及という点では鮒ずしも同様です。
着物は自分で縫えない着られない手入れができない、
そんな人が多いのは事実ですし、鮒ずしも漬けられない
食べられない手入れができない、ちりめんと同じです。
それでも滋賀県の特産品はと聞かれると鮒ずしと
長浜ちりめんと答える方も多いと思います。
県民の多くが自分ではどうすることもできない、関心が薄いものを
どうして特産品と言うのか、それで特産品と言えるのか、
二つのことは同じ問題を抱えているのではないですかと
問題提起をしました、子どもの頃からなじみがあれば
鮒ずしもちりめんも身近に感じられ愛着もあるでしょうが、
特別なものとしての存在しかなく、よく分からない、自分には
無関係だが特産品と言うのは、ある種無責任ではないかと
意見を述べました。
時々、こうしてグループ分けして考えるのが癖のようで、
そのためには共通点でくくったり、全く違うものばかりを
一緒にして考えたりします。
世の中のことはそれほど多くのグループに分類されるのではなく
例えば1日を時間で考えると夜明け、朝、昼、夕方、夜この中で
4時は昼化夕方か6時30分は夜明けか朝か、季節によって異なる
ことを頭に入れておけば対応は可能です。
余談になりました。
湯布院に亀の井別荘と言う有名な旅館があります。
そこの社長は中谷健太郎という方で、地震の風評被害で
湯布院の観光客が激減したために地元の人と議論をして、
ゆふいん音楽祭、湯布院映画祭、牛喰い絶叫大会などの
イベントを企画し誘致に努めた結果、現在では年間400万人の
観光客が訪れるそうで、宿泊客は100万人になります。
大分といえば行政は別府を観光地として売り出していましたが、
ひなびた田園地帯の湯布院は、それに負けじとまちづくりを
自分たちで考え実践し成功しました。
私も二度伺いましたが温泉が目的ではなく湯布院源流太鼓
の見学でした、長谷川義さんの太鼓に魅せられてはるばる
湯布院の山奥での練習を見に言った次第です。
これもまちおこしの一環で現在60歳の長谷川さんは
後進の育成だけでなく現役の打ち手でもあり、同年代として
ただただ頭が下がります。
話を戻しますと中谷氏は「観光と言うものは特別に観光のものとして
作られるべきではないのです。その土地の暮らしそのものが
観光と言うものなのです」そう言われています。
まちづくり、まちおこしの原点はそうあるべきものではないでしょうか。
作る側の売らんがため儲けんがための意図しか見えず、
一般に普及させるというより特別なものと言う付加価値を追い過ぎた
結果が今の状態だとも言いました。
鮒ずしの周りについているご飯は花粉症にも効果があると
言われています、科学的な証明はありませんが症状が
軽くなったという意見はたくさんあります。
花粉症でお悩みの方は一度試してください。
浜大津のアーカスでは鮒ずしの販売をしていますが、
そこそこの値段です、しかし雄の鮒ずしは卵がないので
手軽で油もあり結構いけます。
参考になれば・・・・・。
次年度の着物の女王の開催地などを決定した後、
懇親会に移りましたが、長浜や彦根の会員から
鮒ずしの話が出ました。
例年、桶買いで鮒ずしを買っていることや管理の仕方などが
話題に上がりました、私も昨年鮒ずしの漬け込みを
体験しましたのでそのことを話しました。
従来の鮒ずしは毎日水を換えなくてはいけません。
独特の匂いが受け入れられずに食べず嫌いな人が多いことが
鮒ずしが普及しない原因だという意見が大半でした。
私が漬け込んだ鮒ずしは匂いもそれほどきつくなく食べやすいもので、
単価も皆さんが買っているものより格段に安く、半信半疑のようでしたので、
家から届けてもらい賞味してもらいました。
感想は私の意見と同様で、これなら大丈夫ということで、
きれいにたいらげてくれました。
長浜市の会員や会議所の役員からは長浜ちりめんの
普及について悩みが出されました。
地場産業の普及という点では鮒ずしも同様です。
着物は自分で縫えない着られない手入れができない、
そんな人が多いのは事実ですし、鮒ずしも漬けられない
食べられない手入れができない、ちりめんと同じです。
それでも滋賀県の特産品はと聞かれると鮒ずしと
長浜ちりめんと答える方も多いと思います。
県民の多くが自分ではどうすることもできない、関心が薄いものを
どうして特産品と言うのか、それで特産品と言えるのか、
二つのことは同じ問題を抱えているのではないですかと
問題提起をしました、子どもの頃からなじみがあれば
鮒ずしもちりめんも身近に感じられ愛着もあるでしょうが、
特別なものとしての存在しかなく、よく分からない、自分には
無関係だが特産品と言うのは、ある種無責任ではないかと
意見を述べました。
時々、こうしてグループ分けして考えるのが癖のようで、
そのためには共通点でくくったり、全く違うものばかりを
一緒にして考えたりします。
世の中のことはそれほど多くのグループに分類されるのではなく
例えば1日を時間で考えると夜明け、朝、昼、夕方、夜この中で
4時は昼化夕方か6時30分は夜明けか朝か、季節によって異なる
ことを頭に入れておけば対応は可能です。
余談になりました。
湯布院に亀の井別荘と言う有名な旅館があります。
そこの社長は中谷健太郎という方で、地震の風評被害で
湯布院の観光客が激減したために地元の人と議論をして、
ゆふいん音楽祭、湯布院映画祭、牛喰い絶叫大会などの
イベントを企画し誘致に努めた結果、現在では年間400万人の
観光客が訪れるそうで、宿泊客は100万人になります。
大分といえば行政は別府を観光地として売り出していましたが、
ひなびた田園地帯の湯布院は、それに負けじとまちづくりを
自分たちで考え実践し成功しました。
私も二度伺いましたが温泉が目的ではなく湯布院源流太鼓
の見学でした、長谷川義さんの太鼓に魅せられてはるばる
湯布院の山奥での練習を見に言った次第です。
これもまちおこしの一環で現在60歳の長谷川さんは
後進の育成だけでなく現役の打ち手でもあり、同年代として
ただただ頭が下がります。
話を戻しますと中谷氏は「観光と言うものは特別に観光のものとして
作られるべきではないのです。その土地の暮らしそのものが
観光と言うものなのです」そう言われています。
まちづくり、まちおこしの原点はそうあるべきものではないでしょうか。
作る側の売らんがため儲けんがための意図しか見えず、
一般に普及させるというより特別なものと言う付加価値を追い過ぎた
結果が今の状態だとも言いました。
鮒ずしの周りについているご飯は花粉症にも効果があると
言われています、科学的な証明はありませんが症状が
軽くなったという意見はたくさんあります。
花粉症でお悩みの方は一度試してください。
浜大津のアーカスでは鮒ずしの販売をしていますが、
そこそこの値段です、しかし雄の鮒ずしは卵がないので
手軽で油もあり結構いけます。
参考になれば・・・・・。
Posted by いとう茂 at
12:21
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2014年01月28日
今日は静かです
この時期視察に行く会派が多いので控室は静かになります。
今日も視察に出かけた会派がありますのでひっそりしています。
月が替わると2月通常会議の準備であわただしくなりますが、
嵐の前の静けさと言ったところです。
2月通常会議は代表質問もありますし、26年度の予算審議があり、
責任は重大です、議員になって3度目の予算審議です、
一般質問も考えなければいけませんが、予算や事業の
方向性が見えない現時点では、まだまだ白紙に近い状態です。
寒い時期は皮下脂肪が蓄積しがちですが、皮下脂肪だけでなく
新しい知識の蓄積も必要です。
明日は琵琶湖ホテルで14時から京都大学の木原雅子准教授を
お招きしていじめに関する講演会があります、この講演会については
少しだけかかわっていますので出席してこようと思います。
教育委員会や秘書課、大津市PTA連合会それに議員にもチラシを配り
参加をお願いしています。
どれだけ参加いただけるかはわかりませんが、問題意識を共有し、
いじめの減少につながればと願います。
参加は無料なのでお時間のある方はご参加ください。
山頭火の言葉に「強者は創造する、弱者は模倣する」と
いうのがあります、強者は常に自分の進むべき道を見出して
新しい試みができるが、弱者は人の後ろからそのまねばかりしている、
そういう意味かも知れませんが、自分なりの解釈は、
自分で考え責任ある行動ができるリーダーは創造する、
そうでない人は真似をすることから始めて徐々に自分の形を
作っていくと考えています。
その中でいつまでも人の真似や受け売りばかりに終始する人は
弱者ではなく滅びゆく者だと思っています。
中身は見たことありませんがみんな頭がありますし、心という
もろ刃の剣も持っています、現状に甘んじることを否定すれば
このままではいけないという気持ちが出てくるのは当然です。
そこでもがいたり苦しんだりすることで成長があるように思います。
若さにまかせて走り回るのもいいでしょう、書物を貪るのもいいでしょう。
山頭火の言葉で「肉体の秋が終わる時に霊魂の春が目覚める」
というのがありますが、体力、知力、気力、この3つをどうバランスよく
使い分けるかで強者と弱者の差が出るように感じます。
今日も視察に出かけた会派がありますのでひっそりしています。
月が替わると2月通常会議の準備であわただしくなりますが、
嵐の前の静けさと言ったところです。
2月通常会議は代表質問もありますし、26年度の予算審議があり、
責任は重大です、議員になって3度目の予算審議です、
一般質問も考えなければいけませんが、予算や事業の
方向性が見えない現時点では、まだまだ白紙に近い状態です。
寒い時期は皮下脂肪が蓄積しがちですが、皮下脂肪だけでなく
新しい知識の蓄積も必要です。
明日は琵琶湖ホテルで14時から京都大学の木原雅子准教授を
お招きしていじめに関する講演会があります、この講演会については
少しだけかかわっていますので出席してこようと思います。
教育委員会や秘書課、大津市PTA連合会それに議員にもチラシを配り
参加をお願いしています。
どれだけ参加いただけるかはわかりませんが、問題意識を共有し、
いじめの減少につながればと願います。
参加は無料なのでお時間のある方はご参加ください。
山頭火の言葉に「強者は創造する、弱者は模倣する」と
いうのがあります、強者は常に自分の進むべき道を見出して
新しい試みができるが、弱者は人の後ろからそのまねばかりしている、
そういう意味かも知れませんが、自分なりの解釈は、
自分で考え責任ある行動ができるリーダーは創造する、
そうでない人は真似をすることから始めて徐々に自分の形を
作っていくと考えています。
その中でいつまでも人の真似や受け売りばかりに終始する人は
弱者ではなく滅びゆく者だと思っています。
中身は見たことありませんがみんな頭がありますし、心という
もろ刃の剣も持っています、現状に甘んじることを否定すれば
このままではいけないという気持ちが出てくるのは当然です。
そこでもがいたり苦しんだりすることで成長があるように思います。
若さにまかせて走り回るのもいいでしょう、書物を貪るのもいいでしょう。
山頭火の言葉で「肉体の秋が終わる時に霊魂の春が目覚める」
というのがありますが、体力、知力、気力、この3つをどうバランスよく
使い分けるかで強者と弱者の差が出るように感じます。
Posted by いとう茂 at
13:55
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2014年01月27日
控室の本より⑯
明治生まれの教育人の森信三の修身教授録の中に
「天分の発揮」という章があります。
われわれは、一体何のために学問修養をすることが
必要かというに、結局は「人となる道」すなわち人間になる
道を明らかにするためであり、さらに具体的に言えば
「日本国民としての道」を明らかに把握するためだともいえましょう。
またこれを自分という側から申せば、自分が天から受けた本性を、
十分に実現する途を見出すためだともいえましょう。
ところでこの自己の天分を発揮するということですが、
実は単に自分のことだけを考えていたんでは、
真実にできないことであります。
すなわち人間の天分というものは、
単に自分本位の立場でこれを発揮しょうとする程度では、
十分なことはできないものであります。
ではどうしたらよいかというに、
それには、自分というものを越えたある何物かに、
自己をささげるという気持ちがなければ、できないことだと思うのです。
そこで今諸君らについて申せば、一体どうしたら自分は国民教育のために、
多少なりとも貢献しうるような人間になれるかと、常に考えるということでしょう。
まさに、一所懸命、一灯照隅ということだと思います。
「天分の発揮」という章があります。
われわれは、一体何のために学問修養をすることが
必要かというに、結局は「人となる道」すなわち人間になる
道を明らかにするためであり、さらに具体的に言えば
「日本国民としての道」を明らかに把握するためだともいえましょう。
またこれを自分という側から申せば、自分が天から受けた本性を、
十分に実現する途を見出すためだともいえましょう。
ところでこの自己の天分を発揮するということですが、
実は単に自分のことだけを考えていたんでは、
真実にできないことであります。
すなわち人間の天分というものは、
単に自分本位の立場でこれを発揮しょうとする程度では、
十分なことはできないものであります。
ではどうしたらよいかというに、
それには、自分というものを越えたある何物かに、
自己をささげるという気持ちがなければ、できないことだと思うのです。
そこで今諸君らについて申せば、一体どうしたら自分は国民教育のために、
多少なりとも貢献しうるような人間になれるかと、常に考えるということでしょう。
まさに、一所懸命、一灯照隅ということだと思います。
Posted by いとう茂 at
13:39
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