2016年11月30日
気がつけば11月30日
カレンダーに目をやると、もう月末。
年が明けて3月頃までは時間が経つのが早いと感じる
年がありますが、今年の11月はそれ以上に早く感じて
います、行事が多かったのもありますが、そんなに
たくさん夜があったかなぁ、忘年会もほとんどなかったのに、
そう思います。
明日からは12月、1か月すれば新しい年が来ます。
今日と明日は一般質問の答弁調整です、議会の控室と
4階の会議室に執行部の職員があふれます。
今回は30名という多い質問者ですので、打ち合わせも時間が
かかると思います。
私は2問、なぎさ公園の整備と企業局のガス事業について
質問をします、所要時間は40分程度でしょうか。
午後1時から順番の抽選がありますが、その1時間前の
12時が質問の提出締め切りです。
今日と明日は違う、当たり前ですが何も考えないと
同じように時間を使ってしまうことが多くあります。
肩のサポーターを今日を限りで外そうと思います。
7月の末に筋トレで肩の腱を一切ってしまい、右肩が思うように
動かず、無理をすると脱臼の繰り返しで、そのたびに痛い思いを
してきました。
8月に入ってすぐにサポーターを付けました、医師からは右手を
吊って固定するように指示がありましたが、運転などの
日常生活に支障が出ますので、サポーターにしました。
あれから4か月、若い人で3か月かかると言われましたので、
年齢を考えて一月多めに固定していました。
まだ少し痛みがありますし、早い動きや大きく肩を回すことは
できません、筋力も驚くほど落ちリハビリを兼ねての筋トレでは
10キロ以上軽いバーベルでベンチプレスをしても顔をしかめて
苦労をしています。
お金でも貯めるのは時間がかかり使うのは一瞬ですし、良い
習慣も身につくのに時間がかかり元に戻るのが早いのを
自分の筋肉で実感しています。
ケガをするまでは順調に筋トレができていましたし、それなりに
効果も実感していました。
好事魔多しとしか言いようがありませんが、これがもう少し先な
それが原因で要支援、要介護の状態だったかも知れません。
物は考えようで悪くもなり良くもなります。
残り一月もプラス思考で前向きに生きて今年を締めくくりたいと
そんなことを考えている月末です。
年が明けて3月頃までは時間が経つのが早いと感じる
年がありますが、今年の11月はそれ以上に早く感じて
います、行事が多かったのもありますが、そんなに
たくさん夜があったかなぁ、忘年会もほとんどなかったのに、
そう思います。
明日からは12月、1か月すれば新しい年が来ます。
今日と明日は一般質問の答弁調整です、議会の控室と
4階の会議室に執行部の職員があふれます。
今回は30名という多い質問者ですので、打ち合わせも時間が
かかると思います。
私は2問、なぎさ公園の整備と企業局のガス事業について
質問をします、所要時間は40分程度でしょうか。
午後1時から順番の抽選がありますが、その1時間前の
12時が質問の提出締め切りです。
今日と明日は違う、当たり前ですが何も考えないと
同じように時間を使ってしまうことが多くあります。
肩のサポーターを今日を限りで外そうと思います。
7月の末に筋トレで肩の腱を一切ってしまい、右肩が思うように
動かず、無理をすると脱臼の繰り返しで、そのたびに痛い思いを
してきました。
8月に入ってすぐにサポーターを付けました、医師からは右手を
吊って固定するように指示がありましたが、運転などの
日常生活に支障が出ますので、サポーターにしました。
あれから4か月、若い人で3か月かかると言われましたので、
年齢を考えて一月多めに固定していました。
まだ少し痛みがありますし、早い動きや大きく肩を回すことは
できません、筋力も驚くほど落ちリハビリを兼ねての筋トレでは
10キロ以上軽いバーベルでベンチプレスをしても顔をしかめて
苦労をしています。
お金でも貯めるのは時間がかかり使うのは一瞬ですし、良い
習慣も身につくのに時間がかかり元に戻るのが早いのを
自分の筋肉で実感しています。
ケガをするまでは順調に筋トレができていましたし、それなりに
効果も実感していました。
好事魔多しとしか言いようがありませんが、これがもう少し先な
それが原因で要支援、要介護の状態だったかも知れません。
物は考えようで悪くもなり良くもなります。
残り一月もプラス思考で前向きに生きて今年を締めくくりたいと
そんなことを考えている月末です。
Posted by いとう茂 at
14:58
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2016年11月29日
賢者の贈り物②
24日に冬が来ると思いだすことの中から、
賢者の贈り物の話をアップしました。
仲の良い夫婦の話で、奥さんは自慢の長い髪を売って
ご主人の時計の鎖を買い、ご主人は代々受け継いできた
懐中時計を売って奥さんに櫛を買うという話です。
学校の教材に使われていたかどうかは知りませんが、
この物語から受ける印象は人それぞれ違うと思います。
私の感想は後日アップするつもりですが、読んでいただいた
皆さんがどのようなことを感じるか、物思いに耽る機会になればと
思います。
昔から伝わる童話や逸話、昔話には残るべくして残っている
理由があるように思います。
温故知新、クリスマスに大切な方にプレゼントを考えて
いる方もおいでになるでしょう。
プレゼント選びの参考になれば嬉しいことですし、この物語から
改めて、感じられたこと、気付きがあれば、なお嬉しいことです。
賢 者 の 贈 物
一ドル八十七セント。それで全部だ。顔から火の出る思いをしながら、
乾物屋だの八百屋だの肉屋だのを値切りに値切って貯めたのである。
一ドル八十七セント。明日はクリスマスというのに…
みすぼらしい小さなベッドへ身を投げ掛けてオンオン泣くより他なかった。
咽び泣きからクスンクスンへ、段々、鎮まっていきながら、
部屋の中を見まわした。
一週八ドルの家具つき貸室。
言語に絶するとまでは言い切れないにしても、この部屋の佇まいは、
巷の物乞いする人々に対して使われる言葉に相応しい趣だ。
デラは泣きやんで、額に白粉をはたいた。
窓に立ってぼんやりと外を眺めた。明日はクリスマス、
それなのに夫のジムに贈物をする金が一ドル八十七セントしかない。
何か月かの間、一銭の無駄もしないように倹約してきて、この始末である。
週に二十ドルは、もともと、少ない収入である。
実際の支出は彼女の見積もる予算よりも多かった。
ジムに贈物を買うのに、何が一番いいだろうと、あれこれ思い巡らしながら、
楽しい時を過ごしてきたものだった。
立派な、珍しい、値打ちのあるもの…せめて、
いささかでもジムの持物として相応しいようなもの。
さて、この夫妻には、二人が大変自慢にしている品が二つあった。
一つはジムの金時計で、祖父から父へ、父から彼へと譲られたものである。
もう一つはテラの頭髪である。
今、美しいデラの髪の毛は、褐色の滝のようにキラキラと波打ちながら
彼女の腰の周りに垂れていた。
髪の毛は膝の下まである。
それからデラは、せかせかした手つきで、髪の毛をまた上にかきあげた。
一度、彼女は、ちょっとよろめいたが、じっと立っているうちに、
擦り切れた赤い絨毯の上に、一粒、二粒、涙が滴り落ちた。
デラは急いで古い茶色のジャケットを着、古い茶色の帽子をかぶった。
スカートをひるがえし、眼をまだキラキラ濡らしたまま、ドアの外へとび出すと、
階段を駈けおりて、通りへ出た。
『マダム・ソフロ二イ かつら かもじ 人毛類一式』という
看板の見えるところで、デラは立ち止まった。
階段を駈けのぼると、息を切らしながら、落ち着こうと努めた。
「あたしの髪の毛を買っていただけますか?」とデラは言った。
「二十ドル」馴れた手つきでデラの毛髪の房をもちあげながら、マダムが言った。
その後の二時間はバラ色の翼に乗って飛んで行った。
彼女は店から店へとジムに贈るプレゼントをさがして歩いていた。
やつと見つかった。確かにそれはジム以外の誰のために
作られたものでもなかった。
どこの店にも、それに似たものはなかった。
それは、あっさりした上品なデザインのプラチナの時計の鎖で、
いい品物が皆そうであるように、それっきりで他にけばけばした
飾りなぞが付いていないところに値打があった。
それを見た途端に、デラは、それこそジムのものでなくてはならないと悟った。
静謐と高貴―この形容はジムにも鎖にもぴったりしている。
鎖に二十一ドル払ったので、デラは八十七セントをもって、わが家へ急いだ。
あの時計に鎖をつけたら、ジムは誰の前でも平気で時間を
気にすることができるだろう。
時計こそ大した物だったが、鎖の代りに革の紐を使っていたので、
ジムは、時々人目を避けて時計を覗いていたのだ。
家へ着くと、陶酔が少し冷めて、理性や分別が入れ代りはじめた。
コテをとり出し、ガスをつけ、愛情に加えて気前のよさのために
生じた惨害の修繕にとりかかった。
四十分もすると、デラの頭は、小さな、きっちり並んだ捲毛で蔽われ、
学校をずるける小学生の男の子に大変よく似た御面相になった。
七時にコーヒーが沸かされ、フライパンはストーヴの上で熱くなり、
いつでもポーク・チョップができるように支度が整った。
ジムは、遅かったためしがない。デラは鎖をたたんで手に握り、
いつもジムが入ってくるドアの側のテーブルの端に腰をかけた。
その時、階段の一段目にジムの足音がきこえ、デラの顔が、
ほんの一瞬だけ血の気を失った。
ドアが開いて、ジムが中へ入ってドアを閉めた。
痩せて、生真面目な顔付きをしている。
可哀そうな男!まだやっと二十二になったばかり―それで世帯持ちときては!
そろそろ外套を新調しなければならなかったし、手袋も持たなかった。
一歩部屋の中に足を踏みいれたジムは、ぴたりと動かなくなった。
眼はデラの上に釘付けになっていて、デラには読みとることの
できぬ表情が浮んでいる。
それが彼女を怯えさせた。
それは怒りでも、驚きでも、非難でも、恐怖でもなかった。
彼は、ただその奇妙な表情を浮かべたまま、穴のあくほどデラを見詰めていた。
「ジム」彼女は泣声で言った。「そんなふうに見詰めないで頂戴。
あなたにプレゼントをしないでクリスマスを迎えるわけにはいかなかったので、
髪の毛を切って売ったのよ。
髪なんか、また伸びるわ…あなた、気になさりはしないでしょう?
だって、ほかに仕方がなかったんですもの。
あたしの髪、あっという間に伸びてしまうことよ。
メリー・クリスマス!っておっしゃいな、ジム。楽しくしましようよ。
あたしが、どんなに素敵な…どんなに美しくて素敵な贈物を
買ってあげたか、ご存じないでしょう」
「髪を切ったんだって?」ジムはやっと、こう聞き返した。
「切って、売っちゃったの」とデラは言った。
ジムは、不思議そうに部屋の中を見まわした。
「髪の毛がなくなっちまったんだって?」まるで白痴みたいな顔で訊ねた。
「売ってしまったのよ…売っちゃったから、もうないの。
今夜はクリスマス・イヴよ、あなた。あたしに親切にしてくださいな。
あなたのために売ったんですもの」
ジムは、途端に我に返った様子であった。デラを抱きしめた。
ジムはオーバのポケットから包を一つ、取り出して、
テーブルの上へ投げ出した。
「勘違いをしないでおくれよ、デラ」と彼は言った。
「髪を刈ったり、顔を剃ったり、髪を洗ったりすることで、
ぼくの愛情がちょっとでも減るなんて、そんなこと思いもよらんよ。
だけど、その包を開いてみたら、なぜ始めにちょっと手間どったか判るよ」
白い指が手早く紐や紙を引きちぎった。
それから、うっとりとした歓声が湧き起こった。
しかし、忽ちヒステリックに泣きじゃくる女の声に変り、
ジムは一生懸命になって慰めてやらねはならなかった。
そこにあるのは櫛であった―長いことブロードウェイの飾窓の
中にあるのを憧れてきた横櫛縦櫛のセットだ。
縁に宝石をちりばめた純鼈甲製の美しい櫛―今はなき髪の毛に挿すには、
持って来いの色合いである。
飛び切り高価なものであることがわかっていたし、単に熱望するだけで、
自分のものになろうなどとは夢にも思わずに、憧れていた櫛。
でも、彼女はそれを胸に抱きしめ、やっと潤んだ眼をあげて、
微笑みながら言うことができた。「あたしの髪、すぐに伸びてよ、ジム」
ジムはまだ彼に贈られた美しいプレゼントを見ていなかった。
デラは、それをのせた掌を、そっとさし出した。
鈍い色を放っている高価な鎖は、デラの熱烈な輝かしい魂を
反射して閃きわたったように思われた。
「洒落てるでしょう、ジム。町じゆう探し歩いて見つけたのよ。
あなた、もうこれで一日に何回でも時間を見られるわ。
時計を貸して頂戴。どんなに映るか、見てみたいのよ」
頼みに応じる替わりに、ジムはベッドへひっくり返り、
頭の後へ手をやって、微笑した。
「デラ」と彼は言った。
「僕達のクリスマス・プレゼントを片づけて、しばらく、そっと仕舞っておこうよ。
今すぐ使うには、あまり勿体なすぎる。
きみの櫛を買うために、金が要るんで、あの時計を売っちまったんだよ。
さあ、チョップを出してくれないか」
賢者の贈り物の話をアップしました。
仲の良い夫婦の話で、奥さんは自慢の長い髪を売って
ご主人の時計の鎖を買い、ご主人は代々受け継いできた
懐中時計を売って奥さんに櫛を買うという話です。
学校の教材に使われていたかどうかは知りませんが、
この物語から受ける印象は人それぞれ違うと思います。
私の感想は後日アップするつもりですが、読んでいただいた
皆さんがどのようなことを感じるか、物思いに耽る機会になればと
思います。
昔から伝わる童話や逸話、昔話には残るべくして残っている
理由があるように思います。
温故知新、クリスマスに大切な方にプレゼントを考えて
いる方もおいでになるでしょう。
プレゼント選びの参考になれば嬉しいことですし、この物語から
改めて、感じられたこと、気付きがあれば、なお嬉しいことです。
賢 者 の 贈 物
一ドル八十七セント。それで全部だ。顔から火の出る思いをしながら、
乾物屋だの八百屋だの肉屋だのを値切りに値切って貯めたのである。
一ドル八十七セント。明日はクリスマスというのに…
みすぼらしい小さなベッドへ身を投げ掛けてオンオン泣くより他なかった。
咽び泣きからクスンクスンへ、段々、鎮まっていきながら、
部屋の中を見まわした。
一週八ドルの家具つき貸室。
言語に絶するとまでは言い切れないにしても、この部屋の佇まいは、
巷の物乞いする人々に対して使われる言葉に相応しい趣だ。
デラは泣きやんで、額に白粉をはたいた。
窓に立ってぼんやりと外を眺めた。明日はクリスマス、
それなのに夫のジムに贈物をする金が一ドル八十七セントしかない。
何か月かの間、一銭の無駄もしないように倹約してきて、この始末である。
週に二十ドルは、もともと、少ない収入である。
実際の支出は彼女の見積もる予算よりも多かった。
ジムに贈物を買うのに、何が一番いいだろうと、あれこれ思い巡らしながら、
楽しい時を過ごしてきたものだった。
立派な、珍しい、値打ちのあるもの…せめて、
いささかでもジムの持物として相応しいようなもの。
さて、この夫妻には、二人が大変自慢にしている品が二つあった。
一つはジムの金時計で、祖父から父へ、父から彼へと譲られたものである。
もう一つはテラの頭髪である。
今、美しいデラの髪の毛は、褐色の滝のようにキラキラと波打ちながら
彼女の腰の周りに垂れていた。
髪の毛は膝の下まである。
それからデラは、せかせかした手つきで、髪の毛をまた上にかきあげた。
一度、彼女は、ちょっとよろめいたが、じっと立っているうちに、
擦り切れた赤い絨毯の上に、一粒、二粒、涙が滴り落ちた。
デラは急いで古い茶色のジャケットを着、古い茶色の帽子をかぶった。
スカートをひるがえし、眼をまだキラキラ濡らしたまま、ドアの外へとび出すと、
階段を駈けおりて、通りへ出た。
『マダム・ソフロ二イ かつら かもじ 人毛類一式』という
看板の見えるところで、デラは立ち止まった。
階段を駈けのぼると、息を切らしながら、落ち着こうと努めた。
「あたしの髪の毛を買っていただけますか?」とデラは言った。
「二十ドル」馴れた手つきでデラの毛髪の房をもちあげながら、マダムが言った。
その後の二時間はバラ色の翼に乗って飛んで行った。
彼女は店から店へとジムに贈るプレゼントをさがして歩いていた。
やつと見つかった。確かにそれはジム以外の誰のために
作られたものでもなかった。
どこの店にも、それに似たものはなかった。
それは、あっさりした上品なデザインのプラチナの時計の鎖で、
いい品物が皆そうであるように、それっきりで他にけばけばした
飾りなぞが付いていないところに値打があった。
それを見た途端に、デラは、それこそジムのものでなくてはならないと悟った。
静謐と高貴―この形容はジムにも鎖にもぴったりしている。
鎖に二十一ドル払ったので、デラは八十七セントをもって、わが家へ急いだ。
あの時計に鎖をつけたら、ジムは誰の前でも平気で時間を
気にすることができるだろう。
時計こそ大した物だったが、鎖の代りに革の紐を使っていたので、
ジムは、時々人目を避けて時計を覗いていたのだ。
家へ着くと、陶酔が少し冷めて、理性や分別が入れ代りはじめた。
コテをとり出し、ガスをつけ、愛情に加えて気前のよさのために
生じた惨害の修繕にとりかかった。
四十分もすると、デラの頭は、小さな、きっちり並んだ捲毛で蔽われ、
学校をずるける小学生の男の子に大変よく似た御面相になった。
七時にコーヒーが沸かされ、フライパンはストーヴの上で熱くなり、
いつでもポーク・チョップができるように支度が整った。
ジムは、遅かったためしがない。デラは鎖をたたんで手に握り、
いつもジムが入ってくるドアの側のテーブルの端に腰をかけた。
その時、階段の一段目にジムの足音がきこえ、デラの顔が、
ほんの一瞬だけ血の気を失った。
ドアが開いて、ジムが中へ入ってドアを閉めた。
痩せて、生真面目な顔付きをしている。
可哀そうな男!まだやっと二十二になったばかり―それで世帯持ちときては!
そろそろ外套を新調しなければならなかったし、手袋も持たなかった。
一歩部屋の中に足を踏みいれたジムは、ぴたりと動かなくなった。
眼はデラの上に釘付けになっていて、デラには読みとることの
できぬ表情が浮んでいる。
それが彼女を怯えさせた。
それは怒りでも、驚きでも、非難でも、恐怖でもなかった。
彼は、ただその奇妙な表情を浮かべたまま、穴のあくほどデラを見詰めていた。
「ジム」彼女は泣声で言った。「そんなふうに見詰めないで頂戴。
あなたにプレゼントをしないでクリスマスを迎えるわけにはいかなかったので、
髪の毛を切って売ったのよ。
髪なんか、また伸びるわ…あなた、気になさりはしないでしょう?
だって、ほかに仕方がなかったんですもの。
あたしの髪、あっという間に伸びてしまうことよ。
メリー・クリスマス!っておっしゃいな、ジム。楽しくしましようよ。
あたしが、どんなに素敵な…どんなに美しくて素敵な贈物を
買ってあげたか、ご存じないでしょう」
「髪を切ったんだって?」ジムはやっと、こう聞き返した。
「切って、売っちゃったの」とデラは言った。
ジムは、不思議そうに部屋の中を見まわした。
「髪の毛がなくなっちまったんだって?」まるで白痴みたいな顔で訊ねた。
「売ってしまったのよ…売っちゃったから、もうないの。
今夜はクリスマス・イヴよ、あなた。あたしに親切にしてくださいな。
あなたのために売ったんですもの」
ジムは、途端に我に返った様子であった。デラを抱きしめた。
ジムはオーバのポケットから包を一つ、取り出して、
テーブルの上へ投げ出した。
「勘違いをしないでおくれよ、デラ」と彼は言った。
「髪を刈ったり、顔を剃ったり、髪を洗ったりすることで、
ぼくの愛情がちょっとでも減るなんて、そんなこと思いもよらんよ。
だけど、その包を開いてみたら、なぜ始めにちょっと手間どったか判るよ」
白い指が手早く紐や紙を引きちぎった。
それから、うっとりとした歓声が湧き起こった。
しかし、忽ちヒステリックに泣きじゃくる女の声に変り、
ジムは一生懸命になって慰めてやらねはならなかった。
そこにあるのは櫛であった―長いことブロードウェイの飾窓の
中にあるのを憧れてきた横櫛縦櫛のセットだ。
縁に宝石をちりばめた純鼈甲製の美しい櫛―今はなき髪の毛に挿すには、
持って来いの色合いである。
飛び切り高価なものであることがわかっていたし、単に熱望するだけで、
自分のものになろうなどとは夢にも思わずに、憧れていた櫛。
でも、彼女はそれを胸に抱きしめ、やっと潤んだ眼をあげて、
微笑みながら言うことができた。「あたしの髪、すぐに伸びてよ、ジム」
ジムはまだ彼に贈られた美しいプレゼントを見ていなかった。
デラは、それをのせた掌を、そっとさし出した。
鈍い色を放っている高価な鎖は、デラの熱烈な輝かしい魂を
反射して閃きわたったように思われた。
「洒落てるでしょう、ジム。町じゆう探し歩いて見つけたのよ。
あなた、もうこれで一日に何回でも時間を見られるわ。
時計を貸して頂戴。どんなに映るか、見てみたいのよ」
頼みに応じる替わりに、ジムはベッドへひっくり返り、
頭の後へ手をやって、微笑した。
「デラ」と彼は言った。
「僕達のクリスマス・プレゼントを片づけて、しばらく、そっと仕舞っておこうよ。
今すぐ使うには、あまり勿体なすぎる。
きみの櫛を買うために、金が要るんで、あの時計を売っちまったんだよ。
さあ、チョップを出してくれないか」
Posted by いとう茂 at
18:02
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2016年11月28日
11月通常会議開会
今日から12月21日までの会期で通常会議が
開会しました、一般会計の補正予算が66億円余りと特別会計・
企業会計の補正予算4億1千万円余りの合計で69億4千万円余りの
補正予算と市民病院の独立行政法人化に向けて条例の廃止など
9議案を含めて、32議案、補正予算を加えた合計で42議案の
審議を行うことになります。
質疑・一般質問は来週の月曜日から始まりますが、今回は30名の
議員が質問を行います。
この数は記憶では最高だと思います、4日間の日程で予備日が
1日ありますが、予備日も使って来週いっぱいかかりそうな気配で
熱のこもった質問が出てきそうです。
私も質問を行いますが、会派の質問順位は5番目で、
水曜日あたりになるかと思っています。
全体の抽選会は水曜日の午後1時からで、そこで順位が決まります。
9月の通常会議は決算審議もありましたので、閉会が10月13日
でした、その後は常任委員会の行政視察や出先機関の監査、
医師会との意見交換会、監査の研修会、特別委員会で平野小学校の
防災訓練の視察と、議会と膳所学区の防災訓練などがあり、
あっという間に時間が通り過ぎていきました。
11月通常会議が終わると10日ほどで新しい年が来ます。
立ち止まって足元の確認をしないとふわふわ宙を浮いているような
ことにもなりかねませんので、ちょっと休憩。
落葉樹に残っている葉っぱの数も減ってきました、今年の暦も
残り少なくなってきたことを改めて実感しなさいと言っているようです。
今日の午後からは議会運営委員会があります、その後は会派の
総会と追加議案の説明があり、終了次第、人と会う約束があります。
夕方は子どもの和太鼓の練習で声がかれそうな気がします。
子どもと大人の和太鼓の練習も今年は残り10回を切りました。
緑のお爺さんも冬休みがありますので30回もありません。
一つひとつ、一回一回に心を込めて、注意を払って丁寧に、
そんなことも舞い落ちる葉っぱは語っている、そう思いゆっくり、
ぼちぼち・・・・・もちろん、しっかり・・・・です。
開会しました、一般会計の補正予算が66億円余りと特別会計・
企業会計の補正予算4億1千万円余りの合計で69億4千万円余りの
補正予算と市民病院の独立行政法人化に向けて条例の廃止など
9議案を含めて、32議案、補正予算を加えた合計で42議案の
審議を行うことになります。
質疑・一般質問は来週の月曜日から始まりますが、今回は30名の
議員が質問を行います。
この数は記憶では最高だと思います、4日間の日程で予備日が
1日ありますが、予備日も使って来週いっぱいかかりそうな気配で
熱のこもった質問が出てきそうです。
私も質問を行いますが、会派の質問順位は5番目で、
水曜日あたりになるかと思っています。
全体の抽選会は水曜日の午後1時からで、そこで順位が決まります。
9月の通常会議は決算審議もありましたので、閉会が10月13日
でした、その後は常任委員会の行政視察や出先機関の監査、
医師会との意見交換会、監査の研修会、特別委員会で平野小学校の
防災訓練の視察と、議会と膳所学区の防災訓練などがあり、
あっという間に時間が通り過ぎていきました。
11月通常会議が終わると10日ほどで新しい年が来ます。
立ち止まって足元の確認をしないとふわふわ宙を浮いているような
ことにもなりかねませんので、ちょっと休憩。
落葉樹に残っている葉っぱの数も減ってきました、今年の暦も
残り少なくなってきたことを改めて実感しなさいと言っているようです。
今日の午後からは議会運営委員会があります、その後は会派の
総会と追加議案の説明があり、終了次第、人と会う約束があります。
夕方は子どもの和太鼓の練習で声がかれそうな気がします。
子どもと大人の和太鼓の練習も今年は残り10回を切りました。
緑のお爺さんも冬休みがありますので30回もありません。
一つひとつ、一回一回に心を込めて、注意を払って丁寧に、
そんなことも舞い落ちる葉っぱは語っている、そう思いゆっくり、
ぼちぼち・・・・・もちろん、しっかり・・・・です。
Posted by いとう茂 at
12:13
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2016年11月27日
不登校の子どもを抱える・・・・
今日は、午後から不登校の子どもを抱える親や
ご家族の悩みを共有する会の会議に参加してきました。
30名余りの参加者の中に不登校の子どもを抱える
親や家族がどのくらいおいでになったのかはわかりませんが、
企画をしたのは立命大学の学生でインターン生として
大津市に来ている男性2名でした。
この催しは今月初めに子どもの相談電話の受け手養成の
講座に参加したときに案内をもらい知りました。
講座の主催はチャイルドラインで、18歳までの子どもの
悩みの相談に乗っているNPO法人カズンでした。
小学生から高校生までに、毎年チャイルドラインの
説明と電話番号の入った案内を配布していますが、
小学校と中学校については各市町の教育委員会を
通じて各校で配布してもらえるそうですが、高校については
1校ずつカズンの方が持って行って配布をお願いされている
とのことでした。
これは、各市町の教育委員会は協力的だが、滋賀県の
教育委員会はあまり協力的でないということになります。
そのことは関係者にこちらからもお願いしておこうと思います。
今日の会議では、カズン、あめんど、ユニゾンカウンセラー、
不登校経験者の自己紹介や活動紹介があり、参加者が
質問項目を提出して、それに回答するという形式で
進められました。
不登校は子どもの育て方が悪いとか子どもに問題があり
学校に行かせるべきと考える人も多いでしょうが、行けない
子どもが大勢いることも確かですし、一人ずつケースが違い、
一律でこうすべきと断定することは、結果として子どもの健全な
成長を阻害することもあります。
こうしたことを踏まえて不登校も容認の立場で対応される
ようになりましたが関係機関や関係者以外の社会では
まだまだ理解が進んでいないのが実情です。
更生保護でも保護観察対象者が学生であるなら、遅刻や
欠席についても保護司は指導する場合が多いと思います。
ちゃんとしなさい、そうできないから不登校であるのに
言われた方は苦しむことが多いと思いますが、犯罪者が
学生である場合、周囲の声は学校にも行かずにぶらぶら
していた、となります。
みんなちがってみんないい。
本人や家族が一番苦しんでいることをわかる風土が
求められているようです。
ご家族の悩みを共有する会の会議に参加してきました。
30名余りの参加者の中に不登校の子どもを抱える
親や家族がどのくらいおいでになったのかはわかりませんが、
企画をしたのは立命大学の学生でインターン生として
大津市に来ている男性2名でした。
この催しは今月初めに子どもの相談電話の受け手養成の
講座に参加したときに案内をもらい知りました。
講座の主催はチャイルドラインで、18歳までの子どもの
悩みの相談に乗っているNPO法人カズンでした。
小学生から高校生までに、毎年チャイルドラインの
説明と電話番号の入った案内を配布していますが、
小学校と中学校については各市町の教育委員会を
通じて各校で配布してもらえるそうですが、高校については
1校ずつカズンの方が持って行って配布をお願いされている
とのことでした。
これは、各市町の教育委員会は協力的だが、滋賀県の
教育委員会はあまり協力的でないということになります。
そのことは関係者にこちらからもお願いしておこうと思います。
今日の会議では、カズン、あめんど、ユニゾンカウンセラー、
不登校経験者の自己紹介や活動紹介があり、参加者が
質問項目を提出して、それに回答するという形式で
進められました。
不登校は子どもの育て方が悪いとか子どもに問題があり
学校に行かせるべきと考える人も多いでしょうが、行けない
子どもが大勢いることも確かですし、一人ずつケースが違い、
一律でこうすべきと断定することは、結果として子どもの健全な
成長を阻害することもあります。
こうしたことを踏まえて不登校も容認の立場で対応される
ようになりましたが関係機関や関係者以外の社会では
まだまだ理解が進んでいないのが実情です。
更生保護でも保護観察対象者が学生であるなら、遅刻や
欠席についても保護司は指導する場合が多いと思います。
ちゃんとしなさい、そうできないから不登校であるのに
言われた方は苦しむことが多いと思いますが、犯罪者が
学生である場合、周囲の声は学校にも行かずにぶらぶら
していた、となります。
みんなちがってみんないい。
本人や家族が一番苦しんでいることをわかる風土が
求められているようです。
Posted by いとう茂 at
18:06
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2016年11月26日
縁尋機妙 多逢聖因
縁尋機妙(えんじんきみょう) 多逢聖因(たほうしょういん) あまり
耳にしない言葉ですが、ご縁の大切さや不思議さを説いた言葉です。
縁尋機妙(えんじんきみょう)とは、良い縁がさらに良い縁を尋ねて
発展してゆく。
多逢聖因(たほうしょういん)は、いい人に交わっていると良い結果に
恵まれるという意味です。
実は昨夜この言葉が出てくる本を読んでいました。
何度か目にしていましたので、全く知らないわけではありません
でしたが、今日、膳所学区で開催された防災訓練から帰ると、
共同作業所瑞穂から広報紙が届いていました。
瑞穂の施設長だった元藤さんが先月亡くなりました。
私より4年先輩でしたが、子どもが通う幼稚園の会長を拝命した
時に副会長を務めて頂いたのが最初で、それからご縁を
いただき今日まで至っています。
かれこれ30年のお付き合いでした。
それほど頻繁に交流があったわけではありませんが、
みずほまつりでは綿菓子を作ったり、和太鼓の演奏をしたり、
商店街のイベントが雨天で中止になった時に食材の
フランクフルトや豚肉、それに焼きそば、キャベツなどを
もらってもらったことが何度かありました。
かなりの数で一般家庭や会員に配るのも手間でしたので、
作業所で誰かに食べて頂けたらという思いで無理をお願い
した次第です。
毎年開催されるみずほまつりでは顔を合わせていましたが
こちらからはあまり伺うこともありませんでした。
だからと言って距離があいたという感じはなく、出会うと
人懐っこい笑顔で自分の夢を語っておられたのが印象的
でした。
お通夜には参列できませんでしたが開式の前に、祭壇の
下の棺桶の元藤さんに最後のお別れをしました。
穏やかな表情を見て安心しましたが、夢は達成できたのか、
そんな思いも湧いてきました。
先日施設にお邪魔をして息子さんと出会って話をしてきました、
37歳ということでまだまだ若く、父親が68歳亡くなり、当時
40歳だった私と重なるものを感じて帰ってきました。
父親とのご縁が息子とのご縁に変わったのでしょうか、それとも
父親に息子とのご縁をいただいたのでしょうか。
これからを担う息子にいい影響を与えられたらと思っています。
親の夢を息子が引き継ぐことになりますが、親が結んだ
縁も息子に引き継がれたらと願います。
重度の障碍者施設建設の国の補助金が3分の1に減額になり、
かなり苦しい状態でこれから建設に向かいます。
市の補助金もありますが国に準拠しますので増額はかないません。
最近、生活困窮家庭の子どもや学習支援・生活支援を通して
自立支援をする施設、依存症から復帰を支援する施設などの
人とのご縁が増えてきました。
これも元藤さんがどこかでつないでくれたのでしょうか、緑の
お爺さんをしていて薄くなった通学路の白線やカーブミラーの
向きも気になりますし、混雑する道路の渋滞解消も気になります。
しかし、車いす生活をしている方が一人でバスに乗って駅まで
出るのに、バスに乗せてくれるように1日前にバス会社に
連絡しなければ現実もあります。
それでもバスの配車状況で乗れないこともあります。
何が大切なのか、人それぞれ違いますが、自分の胸に問うて
困っている人を一人でも救えたらと思います。
耳にしない言葉ですが、ご縁の大切さや不思議さを説いた言葉です。
縁尋機妙(えんじんきみょう)とは、良い縁がさらに良い縁を尋ねて
発展してゆく。
多逢聖因(たほうしょういん)は、いい人に交わっていると良い結果に
恵まれるという意味です。
実は昨夜この言葉が出てくる本を読んでいました。
何度か目にしていましたので、全く知らないわけではありません
でしたが、今日、膳所学区で開催された防災訓練から帰ると、
共同作業所瑞穂から広報紙が届いていました。
瑞穂の施設長だった元藤さんが先月亡くなりました。
私より4年先輩でしたが、子どもが通う幼稚園の会長を拝命した
時に副会長を務めて頂いたのが最初で、それからご縁を
いただき今日まで至っています。
かれこれ30年のお付き合いでした。
それほど頻繁に交流があったわけではありませんが、
みずほまつりでは綿菓子を作ったり、和太鼓の演奏をしたり、
商店街のイベントが雨天で中止になった時に食材の
フランクフルトや豚肉、それに焼きそば、キャベツなどを
もらってもらったことが何度かありました。
かなりの数で一般家庭や会員に配るのも手間でしたので、
作業所で誰かに食べて頂けたらという思いで無理をお願い
した次第です。
毎年開催されるみずほまつりでは顔を合わせていましたが
こちらからはあまり伺うこともありませんでした。
だからと言って距離があいたという感じはなく、出会うと
人懐っこい笑顔で自分の夢を語っておられたのが印象的
でした。
お通夜には参列できませんでしたが開式の前に、祭壇の
下の棺桶の元藤さんに最後のお別れをしました。
穏やかな表情を見て安心しましたが、夢は達成できたのか、
そんな思いも湧いてきました。
先日施設にお邪魔をして息子さんと出会って話をしてきました、
37歳ということでまだまだ若く、父親が68歳亡くなり、当時
40歳だった私と重なるものを感じて帰ってきました。
父親とのご縁が息子とのご縁に変わったのでしょうか、それとも
父親に息子とのご縁をいただいたのでしょうか。
これからを担う息子にいい影響を与えられたらと思っています。
親の夢を息子が引き継ぐことになりますが、親が結んだ
縁も息子に引き継がれたらと願います。
重度の障碍者施設建設の国の補助金が3分の1に減額になり、
かなり苦しい状態でこれから建設に向かいます。
市の補助金もありますが国に準拠しますので増額はかないません。
最近、生活困窮家庭の子どもや学習支援・生活支援を通して
自立支援をする施設、依存症から復帰を支援する施設などの
人とのご縁が増えてきました。
これも元藤さんがどこかでつないでくれたのでしょうか、緑の
お爺さんをしていて薄くなった通学路の白線やカーブミラーの
向きも気になりますし、混雑する道路の渋滞解消も気になります。
しかし、車いす生活をしている方が一人でバスに乗って駅まで
出るのに、バスに乗せてくれるように1日前にバス会社に
連絡しなければ現実もあります。
それでもバスの配車状況で乗れないこともあります。
何が大切なのか、人それぞれ違いますが、自分の胸に問うて
困っている人を一人でも救えたらと思います。
Posted by いとう茂 at
15:41
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