2015年07月31日
全国高等学校総合文化祭
第39回の全国高等学校総合文化祭が明日、8月1日まで
滋賀県で開催されています、大津市でも弁論大会、合唱などが行われました。
弁論大会は生涯学習センターが会場ですので参加したかったのですが
時間が取れず断念しました。
まちを歩く高校生も多く大津の良さを知ってもらい、大人になってからも
大津を訪れてくれたらいいと思います。
多くの人に大津に来てもらって大津が活性化するようにと、
商工会議者や経済同友会が中心になり、明日の大津を考える会を
開催しています。
昨年の茨城大会の弁論大会にエントリーされた文章を読んでいて
茨城県の高校3年生の文章に出会いました。
大人の視点とは少し違う、それでいてまったく子供の視点でもない、
足元を見つめて自らが行動し、市民が中心になりまちづくりを進める、
課題や問題点、そして目指すまちの姿の共有、これらは住民の力を
発揮するためには不可欠です。
「未来を拓く私たちの物語」
茨城県立水海道第一高等学校 3年 髙橋 涼香
「活気がない」「魅力もない」私は自分の住む町があまり好きではありません。
見渡せば東京などの大都市が発展する一方で地方の町はすたれるばかり…。
町おこしは全国共通の課題です。シャッター通りとなった地方の商店街、
猫と老人しか見かけない過疎の村。
そんな地方をどのように活性化するのかが今、問われています。
私自身も「水海道が賑やかな街になる事は到底無理」と心のどこかでは思っていました。
調べてみると「地方の活性化」は思い通りにはいかずとても厳しい現実が見えてきました。
最近話題のB級グルメによる町おこし。
宇都宮の餃子、富士宮の焼きそばなどが大きな話題となり一時は観光客が押し寄せますが、
ブームが過ぎ去れば閑古鳥が鳴く。大河ドラマの舞台となった高知や会津も同様です。
全国のほとんどの町おこしは失敗に終わってしまうのです。
私たちは町おこしといえば、観光や産業で町を経済的に豊かにすることをイメージします。
果たして日本中の町がなんらかの取り組みをすれば成功するのでしょうか?
私はそうは思えません。
現在、急速に少子高齢化が進む日本は2100年には人口が5000万人、
現在に約半分まで減少し、65歳以上の高齢者が4割を占めると言われています。
近い将来確実にやってくる急激な人口減少と年齢構成のアンバランス化。
最近よく耳にする「限界集落」という言葉。
住民が減り、病院、学校がなくなりコミュニティーが崩壊し、日本全国に空き家ばかりが目立つ。
これらはこれまで当たり前と考えてきた
経済的な成長・拡大がよいことだという考え方の限界を表しています。
本来、私たちは自分の生まれた土地に限りない愛着を持っているはず。
私たちがすべきことはどこにでもあるような街づくりではなく、
そこでしか見ることのできない風景、そこでしか会うことのできない人々との出会い。
そうしたローカルなものにとことんこだわることで持続可能な
自然と人間とコミュニティーの豊かな関係を再構築することです。
私の住む町、水海道は「ロケの町」として毎年、百本以上の映画やドラマの舞台となっています。
私は先日、観光課の土井さんにお話を伺いました。
常総市のフイルム・コミッションは2000年に土井さんが中心となって撮影支援のために立ち上げたそうです。
その経済効果はロケ隊のお弁当代、宿泊代など年間で3000万円以上。
常総市の受け入れ体制が整っているためロケ隊はリピーターとして訪れ、
今や常総市は国内有数のロケ地として知られています。
でも経済効果がフイルム・コミッションの役割でしょうか?
自然との共存、受け継がれている文化、都会とは違った時間。
常総市ならではの魅力がそこにはあるはずです。
そして、撮影を支えるエキストラやボランティアとして参加している住民の存在です。
普段見慣れた光景が影像となったり、撮影に参加した方々が作品を作り上げる
苦労や楽しさなどの話題を共有したりすることで、
住民一人一人が地域の魅力を再認識することができるのです。
こうた共同作業を通じて私たちの居場所を地域に作るのです。
「フイルム・コミッションは手段であって目的ではない」と熱く語る土井さんの一言一言に
自分の故郷水海道をどうにかしたい!というシンプルな思いが伝わって来ました。
人口減少時代における地域活性化を考えると、正直頭がクラクラしてきます。
それでも私をスタッフとして撮影に誘ってくれた土井さん、
昨年長崎の東彼杵町で出会った地域町おこし隊の小玉さん。
地域活性化の核となる人々の「この町が好き」という素直な思いこそが、
全ての出発点になるはずです。
地域の自然と伝統を育て、共有する。
ここにしかない魅力溢れる個性的な物語を生み出す。
私たちが主人公となって地域ととことん向き合う。
その一人一人の物語が、私たちの物語として共有された時、
私たちの町が直面する多くの課題を解決しようとする小さな試みがきっと日本の、
そして世界の未来を拓くはずです。私はそう信じてこの町の未来の物語をみんなと書いていきます。
以上です。
①自分が住んでいるまちに誇りを持っている
②自分が住んでいるまちが好き
③自分の住んでいるまちはこんなものと思っている。
住民の意識は番号が大きくなるほど多くなり、誇りを持つ人は
ごくわずかだと思います。
いきなり誇りを持ていうと閉鎖的、排他的になりそうです。
まずは愛着、それが基本のように感じます。
人間と同じで、この町はシャッター街ばかりで買い物ができない、
若者がいなくて活気がない、教育施設や医療施設が少ない・・・・・。
悪いところばかりを指摘するのは簡単ですし、そうしているうちは
まちを好きになれないでしょう、そして何も行動を起こそうとも
思わないと思いますし、行動を起こしても、
それぞれが思い思いに行動していては力が分散され、形や大きな動きには
なりません、遠い先に同じ目標を定めそれに向かってそれぞれが夢を育てる、
そうした意思形成が大切ではないかと訴える文章に惹かれました。
滋賀県で開催されています、大津市でも弁論大会、合唱などが行われました。
弁論大会は生涯学習センターが会場ですので参加したかったのですが
時間が取れず断念しました。
まちを歩く高校生も多く大津の良さを知ってもらい、大人になってからも
大津を訪れてくれたらいいと思います。
多くの人に大津に来てもらって大津が活性化するようにと、
商工会議者や経済同友会が中心になり、明日の大津を考える会を
開催しています。
昨年の茨城大会の弁論大会にエントリーされた文章を読んでいて
茨城県の高校3年生の文章に出会いました。
大人の視点とは少し違う、それでいてまったく子供の視点でもない、
足元を見つめて自らが行動し、市民が中心になりまちづくりを進める、
課題や問題点、そして目指すまちの姿の共有、これらは住民の力を
発揮するためには不可欠です。
「未来を拓く私たちの物語」
茨城県立水海道第一高等学校 3年 髙橋 涼香
「活気がない」「魅力もない」私は自分の住む町があまり好きではありません。
見渡せば東京などの大都市が発展する一方で地方の町はすたれるばかり…。
町おこしは全国共通の課題です。シャッター通りとなった地方の商店街、
猫と老人しか見かけない過疎の村。
そんな地方をどのように活性化するのかが今、問われています。
私自身も「水海道が賑やかな街になる事は到底無理」と心のどこかでは思っていました。
調べてみると「地方の活性化」は思い通りにはいかずとても厳しい現実が見えてきました。
最近話題のB級グルメによる町おこし。
宇都宮の餃子、富士宮の焼きそばなどが大きな話題となり一時は観光客が押し寄せますが、
ブームが過ぎ去れば閑古鳥が鳴く。大河ドラマの舞台となった高知や会津も同様です。
全国のほとんどの町おこしは失敗に終わってしまうのです。
私たちは町おこしといえば、観光や産業で町を経済的に豊かにすることをイメージします。
果たして日本中の町がなんらかの取り組みをすれば成功するのでしょうか?
私はそうは思えません。
現在、急速に少子高齢化が進む日本は2100年には人口が5000万人、
現在に約半分まで減少し、65歳以上の高齢者が4割を占めると言われています。
近い将来確実にやってくる急激な人口減少と年齢構成のアンバランス化。
最近よく耳にする「限界集落」という言葉。
住民が減り、病院、学校がなくなりコミュニティーが崩壊し、日本全国に空き家ばかりが目立つ。
これらはこれまで当たり前と考えてきた
経済的な成長・拡大がよいことだという考え方の限界を表しています。
本来、私たちは自分の生まれた土地に限りない愛着を持っているはず。
私たちがすべきことはどこにでもあるような街づくりではなく、
そこでしか見ることのできない風景、そこでしか会うことのできない人々との出会い。
そうしたローカルなものにとことんこだわることで持続可能な
自然と人間とコミュニティーの豊かな関係を再構築することです。
私の住む町、水海道は「ロケの町」として毎年、百本以上の映画やドラマの舞台となっています。
私は先日、観光課の土井さんにお話を伺いました。
常総市のフイルム・コミッションは2000年に土井さんが中心となって撮影支援のために立ち上げたそうです。
その経済効果はロケ隊のお弁当代、宿泊代など年間で3000万円以上。
常総市の受け入れ体制が整っているためロケ隊はリピーターとして訪れ、
今や常総市は国内有数のロケ地として知られています。
でも経済効果がフイルム・コミッションの役割でしょうか?
自然との共存、受け継がれている文化、都会とは違った時間。
常総市ならではの魅力がそこにはあるはずです。
そして、撮影を支えるエキストラやボランティアとして参加している住民の存在です。
普段見慣れた光景が影像となったり、撮影に参加した方々が作品を作り上げる
苦労や楽しさなどの話題を共有したりすることで、
住民一人一人が地域の魅力を再認識することができるのです。
こうた共同作業を通じて私たちの居場所を地域に作るのです。
「フイルム・コミッションは手段であって目的ではない」と熱く語る土井さんの一言一言に
自分の故郷水海道をどうにかしたい!というシンプルな思いが伝わって来ました。
人口減少時代における地域活性化を考えると、正直頭がクラクラしてきます。
それでも私をスタッフとして撮影に誘ってくれた土井さん、
昨年長崎の東彼杵町で出会った地域町おこし隊の小玉さん。
地域活性化の核となる人々の「この町が好き」という素直な思いこそが、
全ての出発点になるはずです。
地域の自然と伝統を育て、共有する。
ここにしかない魅力溢れる個性的な物語を生み出す。
私たちが主人公となって地域ととことん向き合う。
その一人一人の物語が、私たちの物語として共有された時、
私たちの町が直面する多くの課題を解決しようとする小さな試みがきっと日本の、
そして世界の未来を拓くはずです。私はそう信じてこの町の未来の物語をみんなと書いていきます。
以上です。
①自分が住んでいるまちに誇りを持っている
②自分が住んでいるまちが好き
③自分の住んでいるまちはこんなものと思っている。
住民の意識は番号が大きくなるほど多くなり、誇りを持つ人は
ごくわずかだと思います。
いきなり誇りを持ていうと閉鎖的、排他的になりそうです。
まずは愛着、それが基本のように感じます。
人間と同じで、この町はシャッター街ばかりで買い物ができない、
若者がいなくて活気がない、教育施設や医療施設が少ない・・・・・。
悪いところばかりを指摘するのは簡単ですし、そうしているうちは
まちを好きになれないでしょう、そして何も行動を起こそうとも
思わないと思いますし、行動を起こしても、
それぞれが思い思いに行動していては力が分散され、形や大きな動きには
なりません、遠い先に同じ目標を定めそれに向かってそれぞれが夢を育てる、
そうした意思形成が大切ではないかと訴える文章に惹かれました。
Posted by いとう茂 at
17:01
│Comments(0)
2015年07月30日
もう二日
7月も今日を入れて二日になりました、気がつけば月末です。
今月は普段の月より早くすんでいく気がします。
7月30日はどんな日、明治天皇が崩御された日で、今日から
大正が始まりました、昭和が遠くなったのに大正といっても
さらに遠くピンと来ない人のほうが多いと思います。
大正15年生まれの方でも、そろそろ90歳になります。
雫石で全日空機と自衛隊機が衝突して多くの犠牲者を出したのも
7月30日です。
1年365日、それぞれの日に出来事がありドラマがあります。
自分に関係なくても誰かにとって特別な日は毎日来るということです。
そう考えると自分や家族の誕生日、親の命日には特別な思いを
持ちますが、それ以外の日も特別な日として意識すれば、
大切に生きられるように思います。
今日は午後から協力雇用主の会議で明日は大津夏祭り、
夕方からですが、それまでの時間も予定がありますので、
噛みしめてというと大げさですが、時間がこぼれて流れないよう、
しっかり自覚して過ごしたいと思います。
昨日、病院で血圧を測ってもらいました、測定器は議会のサロンに
あるものと同じで驚きましたが、逆に、サロンの計測器の正確性が
立証されました。
結果は122の83、来月2日には献血の予定ですので血液濃度が
範囲内なら協力できます。
最近、熟成ニンニクづくりに凝っています。
凝るといっても私自身は何もしていません、町内の奥さんに
作り方を教えていただいたのですが、いたって簡単です、
使わない炊飯器にニンニクを入れて1週間から10日ずっと
保温にしておくだけです、最初の3・4日は臭いがしますが
それを過ぎるとほとんど臭いは消えてしまいます。
完成した熟成ニンニクも臭いはほとんどしません、
甘い味でニンニクは苦手という方でも大丈夫だと思います。
この前、月例の勉強会の後、暑気払いの会がありましたので
皆に食べてもらいましたが、総じて好評でした。
ただ、毎回出来栄えが違うのが課題です、自分で作って
自分が食べるだけなので自己責任ですが・・・・・。
食べて体が元気になったかというと、実感はあまりありませんが、
虚仮の一念というやつです。
これも、霊芝同様しばらく継続しようと思っています。
1日でも長生きしないといけない、そんな自覚があります。
死ぬのが怖いとか、ただ単に長寿を願う気持ちとは次元が違い、
私を必要としてくれる人のために・・・・。
大げさですが、人はその存在を求められているうちが花だと思います。
特別な才能があるわけでもない人間、それでもいないよりはまし。
花はいつか散りますが、一日でも長く咲いていよう、咲いていなければ、
そんな心境とでもいえばいいのでしょうか。
今月は普段の月より早くすんでいく気がします。
7月30日はどんな日、明治天皇が崩御された日で、今日から
大正が始まりました、昭和が遠くなったのに大正といっても
さらに遠くピンと来ない人のほうが多いと思います。
大正15年生まれの方でも、そろそろ90歳になります。
雫石で全日空機と自衛隊機が衝突して多くの犠牲者を出したのも
7月30日です。
1年365日、それぞれの日に出来事がありドラマがあります。
自分に関係なくても誰かにとって特別な日は毎日来るということです。
そう考えると自分や家族の誕生日、親の命日には特別な思いを
持ちますが、それ以外の日も特別な日として意識すれば、
大切に生きられるように思います。
今日は午後から協力雇用主の会議で明日は大津夏祭り、
夕方からですが、それまでの時間も予定がありますので、
噛みしめてというと大げさですが、時間がこぼれて流れないよう、
しっかり自覚して過ごしたいと思います。
昨日、病院で血圧を測ってもらいました、測定器は議会のサロンに
あるものと同じで驚きましたが、逆に、サロンの計測器の正確性が
立証されました。
結果は122の83、来月2日には献血の予定ですので血液濃度が
範囲内なら協力できます。
最近、熟成ニンニクづくりに凝っています。
凝るといっても私自身は何もしていません、町内の奥さんに
作り方を教えていただいたのですが、いたって簡単です、
使わない炊飯器にニンニクを入れて1週間から10日ずっと
保温にしておくだけです、最初の3・4日は臭いがしますが
それを過ぎるとほとんど臭いは消えてしまいます。
完成した熟成ニンニクも臭いはほとんどしません、
甘い味でニンニクは苦手という方でも大丈夫だと思います。
この前、月例の勉強会の後、暑気払いの会がありましたので
皆に食べてもらいましたが、総じて好評でした。
ただ、毎回出来栄えが違うのが課題です、自分で作って
自分が食べるだけなので自己責任ですが・・・・・。
食べて体が元気になったかというと、実感はあまりありませんが、
虚仮の一念というやつです。
これも、霊芝同様しばらく継続しようと思っています。
1日でも長生きしないといけない、そんな自覚があります。
死ぬのが怖いとか、ただ単に長寿を願う気持ちとは次元が違い、
私を必要としてくれる人のために・・・・。
大げさですが、人はその存在を求められているうちが花だと思います。
特別な才能があるわけでもない人間、それでもいないよりはまし。
花はいつか散りますが、一日でも長く咲いていよう、咲いていなければ、
そんな心境とでもいえばいいのでしょうか。
Posted by いとう茂 at
12:54
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2015年07月29日
第2回明日の大津を考える会
司会
では、ただいまより「第2回明日の大津を考える市民シンポジウム」を
開会します。まず最初に、発起人代表、河本英典よりごあいさつを
申し上げます。
河本
皆さんこんにちは、大変、大勢お集まりいただきましてありがとうございます。
今日は第2回の明日の大津を考える市民シンポジウムです。
7月4日に第1回を開催して今日が2回目で、次のご案内、8月29日に
市民会館で開催します。
開会にあたりまして一言、申し上げたいのは、この会の趣旨でございます。
大津は滋賀県の県都として、ここまで来たわけですが、最近、元気がないような
気がします、よその街と比べての話でございます。
ずっとこの街においでの方は余り気がつかないかもしれませんが、
よその同じような街、もしくは、われわれが大津より下だと思っている街が
しっかりやっているということであります。
やはりこれは、大津について客観的に検証をしておかないといけないと思います。
商工会議所が最近、まちづくりということに関わることが多くありまして、
そうした論点からでありますが、こうした会を一度やろうと、いうことで
1回目、2回目と開催しました。
開催しても誰も来ていただかなかったら寂しいと思っていましたが、
まあまあ来ていただいていますのでホッとしています。
純粋に内容だけ聞いていただいてこれからのまちづくりなり大津のビジョンを
考える材料にしていただいたら良いなということで開催しています。
観光の視点から、それと9年後に開かれる国体について、メイン会場が
彦根になりましたが、しっかり大津で水泳もやってもらわないとと言っています。
スポーツも観光、健康ということで福祉も含みますが、前回は大津は
いったいどのような街なのかということで、産業都市だと思っていたら
そうでもなさそう、観光都市だと思っていたらそうでもない、ベットタウンのように
なってきて、だんだん、まちとしての元気がなくなっています。
観光の視点から、スポーツの視点から色々と考えようということです。
大きな意味での合意形成は難しいかもしれませんが、
それぞれの立場で考えていただいて、まちづくり、これからの大津のビジョンを
考えていこうということですので、まずはヒントを持って帰っていただいたら、
ありがたいと思います。
時間の関係でこちら側からの話が中心になると思いますが、
聞いていただいたら、内容があると思いますので、よろしくお願いします。
司会
私、本日司会とコーディネーターを務めますびわこ成蹊スポーツ大学の若吉と
申します、よろしくお願いします。
それでは第一部基調講演を始めさせていただきます。
本日の講演は、大津商工会議所前会頭であり、明日の大津を考える会の
発起人でもあります宮崎君武でございます。
宮崎
経営者から見た大津のまちづくりの問題点というテーマでお話します。
実は私、愛媛県の出身でございます。
高校まで愛媛におりました、そういう意味では三分の一ほど、年齢からは
四分の一ほどですが、よそ者でございます。
よそ者の経営者から見た、大津まちづくりの問題点について話をします。
まず、一番はびわ湖大花火大会は大津が誇る近畿を代表する夏の風物詩、
毎年8月8日に固定せよ、商店は来訪者に対するサービスを、翌日8月9日は
大津市民の手によるびわ湖清掃の日に。
実は、びわ湖大花火大会は素晴らしい夏の風物詩でございまして、
35万人から40万人の人が集まる。
もちろん、大津市の人も楽しまれるわけですけれども、JRや京阪の混み具合を見ていますと、
近畿2府4県から相当な人がお見えになる、ということが肌で感じられます。
所が商店は一部の方は夜遅くまで開けられますが、大部分の方はいつもより
早く店を閉めて花火を見に行かれる。
もったいない話だと思いませんか。
35万から40万人の人が集まってくる、費用としても1億3・4千万円かかっている、
今年は8月8日が土曜日なので8月7日になるのですが、なぜ、土日になると
前倒しになったり後へずれたるするかというと、まず、警備上の問題、
これ以上人が来られたら警備ができない、ということだそうです。
これが第一の理由です。
こんなもったいないことはないわけであります、来てくれるのは前回ありました
若者中心の来訪者です。
当然、花火を見に来るにあたっては早めに来て商店で買い物をする、
あるいは食事をする、こういうことの千載一遇のチャンスであります。
それを警備上問題があるから、人が多く集まりすぎるから前倒しにする、
もったいない話であります。
もちろん安全は大事ですが警備上の問題でしたら、たとえば、祇園祭、
これには京都府警を含めて4日間で2800人の警官が動員されるそうです。
安全は万全を期さなければいけませんが、人が集まりすぎるから前倒しにする、
ということですが、この機会こそ大津を知ってもらう、びわ湖を知ってもらう絶好のチャンス
ではないかと思っています。
もう一つの理由は来訪者のゴミですね、これの清掃が、あくる日、市の職員の方、
県の職員の方、大変なんだそうです。
人手がいる、清掃が大事だ、大変だという理由です。
これもやり方で、祇園祭に合わせて京都ではクリーンキャンペーンをやっています。
ごみのポイ捨てをなくし分別収集にご協力ください、こうして新聞に全面広告を
出しています、こういうことを含めて方法はあるのではないかと思います。
何も行政の人だけに日曜出勤して掃除をしてもらう必要はない、たとえば8月8日は
びわ湖の花火大会の日、9日はびわ湖一斉清掃の日ということで市民総出で清掃することも
考えられるわけです。
同じような意味で、二番目ですが、大津まつりに「おもてなし」の心を。
大津まつりというのは江戸初期ですから400年以上前から続く祭りでして、
からくりを備えた13基が天孫神社まで巡行するすばらしい歴史のある
まつりです。
京都にはかないませんけれど、京都に次ぐ日本三大からくりのお祭りでは
ないかと思います、ところが、このお祭り、市民の人、あるいは町内の人は
非常に楽しまれる、親しい人を招いて楽しまれるのですが、見に来た人に
おもてなしという気持ちが少し弱いと思います。
現実に巡行についていきましても、どこかご飯を食べるところはないでしょうかと
聞かれることは結構あります。
大津まつりの昨年の来場者が17万5千人、祇園祭が98万6千人、
これだけの人が来てくれるということです、それをおもてなしの心で
迎えるということが観光都市として最低必要なことではないかと思います。
三番目です、大津市内に11の観光協会。
大体滋賀県でも観光協会は各市に一つずつあります。
ただ例外として甲賀市が甲賀観光協会と信楽観光協会の二つありますが、
それぞれが機能しています。
所が大津市では、合併の歴史でここまで来たとはいえ、観光協会が11あるわけで、
それぞれが、ばらばらに観光振興策を練り、一部補助金もあるのでしょうが、
効率も悪く、全く無駄な話でありまして、たとえばブロック別にグループ分けをする、
連合会を作る、あるいは業種別にグループ分けをする、ということでスケジュール
調整もできる、予算の効率的使用もできると思います。
11がばらばらに活動をしているということは、観光振興のネックになっていると思います。
次は、主要国首脳会議(サミット)に先立つ閣僚会議の誘致を。
実は来年、伊勢志摩サミットが開催されます。
このサミットに先立ち閣僚会議というものが各地区で行われます。
この各地区で開催される閣僚会議の決定は、まず、都市が手を挙げる、
特別な計画を作る、もしくは地方創生という意味から重要性が認められたら、
その都市に決めるということで、決まれば当然のことながら世界的に有名になる。
特殊な予算もつくでしょうし、地方創生の支援もあるということです。
財務相会合、仙台市、外務省会合、広島市、科学技術相会合、つくば市、
農水相会合、新潟市、交通相会合、軽井沢町、環境相会合、富山市、
保健相会合、神戸市、教育相会合、倉敷市、情報通信相会合、高松市、
エネルギー相会合、北九州市、と内定したそうです。
これも琵琶湖を有して環境先進県の県都ということで大津市が手を挙げても
よかったのではないか、光ファイバーの埋設率が日本一という滋賀県、
パソコンの所有率が1位か2位という滋賀県、大津市、こういうことで
環境相会合なり情報通信相会合を大津市に誘致してもよかったのではないか
と思います。
そういうことでIT先進県として予算がつくし、こういう誘致に積極的に
向かっていくことが必要なのではないかと思います。
それから2024年滋賀国体の競技会場。
これにつきましては新聞で断片的にご存知だと思いますが、主会場が
彦根に決まりました、皇子が丘に25メートルの屋根つきプールと50メートルの
屋根なしプールがあります。
公認競技をするためには10レーン以上、50メートル、水深2メートル以上、
できれば屋根つきという条件があるそうです。
これをどうするかということで、今、県と市が協議をしています。
県で作ってほしい、市で作ってほしいともめているということを新聞で知りました。
考えてみれば皇子が丘公園に50メートルプール、これは2500億円かかる
わけではありません、たとえば2020年のオリンピックに間に合うようにしておけば、
世界の選手が練習に来てくれる、キャンプをする。
実際に調べると新幹線の駅から10分や15分で競技用のプールに行けるところは
ほとんどないそうです。
皇子が丘、新幹線から15分ほどで来ることができますし、世界各国のキャンプが
ここで行われたら素晴らしいPRになります。
何としても、国だ県だ市だといわずに皇子が丘に50メートルの屋根つき
プールを作ってもらいたいものです。
それが将来、プラスになると思います。
それから体育館について、草津市の野村がどうも、無理だということになったとか
あるいは大津の琵琶湖文化公園内に作る、浜大津の県有地に作る、あるいは
競輪場に建設、など現在の状況は不明ですが、人が集まる、商業施設に近い、
交通の便がいい、浜大津なり競輪場に作ってもらいたい。
地方創生の今がチャンスなのではないかと思います。
次に、JR大津駅の補修と大津駅周辺の活性化について。
これもとりあえずの耐震改修は決着したようで、内部の耐震改修は
JR西日本で行うということです、外壁を含めた外部の補修については
大津市と、JR西日本と国と三分の一ずつ、1億円で今年度、来年度に着工
されるということです。
大津市というのは県都です、県都の駅周辺というのは、最低、3つ4つの
機能が必要です。
土産物の販売、食事ができる所できるなら滋賀県の特産品が食べられる所、
休憩できる、お茶が飲める、こうした機能を持った駅前が必要になる。
そういう意味でもう少し長期、大きな目で駅周辺の整備、開発を考えてもらいたい。
市民が一体となって考える。
大津商工会議所の有志の委員会がもう少し抜本的に、具体的に言えば、
京都からの1号線に大津駅のところに左折の道路を作って、駅舎の上を越えて
大通りにつなげる、駅舎も2・3階にする、県都の駅舎ですので多くの乗降客がある、
そういうことからも、長期ビジョンで考えていく必要がある気がします。
最後に、大津まちづくりは官民一体となって長期ビジョンで。
先ほど紹介いただきましたように、まちづくり大津の設立以来、社長を
仰せつかりまして8年間ほど務めました。
なぎさのテラス、旧大津公会堂あのあたりの事業につきましては、
市の支援もありまして比較的順調に進めることができました。
毎年来訪者も増えて盛況なわけですが、三番目の事業については
なかなか進まずに来たわけですが、いくつか報告しますと、
町家じょうほうかん、ということで空町家を貸したい、借りたいの情報を
集約して、空町家を有効活用して活性化を図ろうということが
ぼちぼち情報が入りだしたということです。
もう一つは大津公共空間活用事業、5月2日に試験的に実施したのですが、
ジャズフェスティバルに合わせて大津駅前広場、大通公園、なぎさ公園という
公共空間でイベントやオープンカフェをやろうということで、警察の許可を
現在、とりつつあるところです。
何かをしなければ人が集まらないということで企画を練っているところです。
何と言いましても、まちづくりは大津市と大津商工会議所、株式会社まちづくり、
株式会社大津百町、そして市民と、手を携えてみんなで考える、みんなで知恵を出し合う、
誰が欠けてもいけません。
では、ただいまより「第2回明日の大津を考える市民シンポジウム」を
開会します。まず最初に、発起人代表、河本英典よりごあいさつを
申し上げます。
河本
皆さんこんにちは、大変、大勢お集まりいただきましてありがとうございます。
今日は第2回の明日の大津を考える市民シンポジウムです。
7月4日に第1回を開催して今日が2回目で、次のご案内、8月29日に
市民会館で開催します。
開会にあたりまして一言、申し上げたいのは、この会の趣旨でございます。
大津は滋賀県の県都として、ここまで来たわけですが、最近、元気がないような
気がします、よその街と比べての話でございます。
ずっとこの街においでの方は余り気がつかないかもしれませんが、
よその同じような街、もしくは、われわれが大津より下だと思っている街が
しっかりやっているということであります。
やはりこれは、大津について客観的に検証をしておかないといけないと思います。
商工会議所が最近、まちづくりということに関わることが多くありまして、
そうした論点からでありますが、こうした会を一度やろうと、いうことで
1回目、2回目と開催しました。
開催しても誰も来ていただかなかったら寂しいと思っていましたが、
まあまあ来ていただいていますのでホッとしています。
純粋に内容だけ聞いていただいてこれからのまちづくりなり大津のビジョンを
考える材料にしていただいたら良いなということで開催しています。
観光の視点から、それと9年後に開かれる国体について、メイン会場が
彦根になりましたが、しっかり大津で水泳もやってもらわないとと言っています。
スポーツも観光、健康ということで福祉も含みますが、前回は大津は
いったいどのような街なのかということで、産業都市だと思っていたら
そうでもなさそう、観光都市だと思っていたらそうでもない、ベットタウンのように
なってきて、だんだん、まちとしての元気がなくなっています。
観光の視点から、スポーツの視点から色々と考えようということです。
大きな意味での合意形成は難しいかもしれませんが、
それぞれの立場で考えていただいて、まちづくり、これからの大津のビジョンを
考えていこうということですので、まずはヒントを持って帰っていただいたら、
ありがたいと思います。
時間の関係でこちら側からの話が中心になると思いますが、
聞いていただいたら、内容があると思いますので、よろしくお願いします。
司会
私、本日司会とコーディネーターを務めますびわこ成蹊スポーツ大学の若吉と
申します、よろしくお願いします。
それでは第一部基調講演を始めさせていただきます。
本日の講演は、大津商工会議所前会頭であり、明日の大津を考える会の
発起人でもあります宮崎君武でございます。
宮崎
経営者から見た大津のまちづくりの問題点というテーマでお話します。
実は私、愛媛県の出身でございます。
高校まで愛媛におりました、そういう意味では三分の一ほど、年齢からは
四分の一ほどですが、よそ者でございます。
よそ者の経営者から見た、大津まちづくりの問題点について話をします。
まず、一番はびわ湖大花火大会は大津が誇る近畿を代表する夏の風物詩、
毎年8月8日に固定せよ、商店は来訪者に対するサービスを、翌日8月9日は
大津市民の手によるびわ湖清掃の日に。
実は、びわ湖大花火大会は素晴らしい夏の風物詩でございまして、
35万人から40万人の人が集まる。
もちろん、大津市の人も楽しまれるわけですけれども、JRや京阪の混み具合を見ていますと、
近畿2府4県から相当な人がお見えになる、ということが肌で感じられます。
所が商店は一部の方は夜遅くまで開けられますが、大部分の方はいつもより
早く店を閉めて花火を見に行かれる。
もったいない話だと思いませんか。
35万から40万人の人が集まってくる、費用としても1億3・4千万円かかっている、
今年は8月8日が土曜日なので8月7日になるのですが、なぜ、土日になると
前倒しになったり後へずれたるするかというと、まず、警備上の問題、
これ以上人が来られたら警備ができない、ということだそうです。
これが第一の理由です。
こんなもったいないことはないわけであります、来てくれるのは前回ありました
若者中心の来訪者です。
当然、花火を見に来るにあたっては早めに来て商店で買い物をする、
あるいは食事をする、こういうことの千載一遇のチャンスであります。
それを警備上問題があるから、人が多く集まりすぎるから前倒しにする、
もったいない話であります。
もちろん安全は大事ですが警備上の問題でしたら、たとえば、祇園祭、
これには京都府警を含めて4日間で2800人の警官が動員されるそうです。
安全は万全を期さなければいけませんが、人が集まりすぎるから前倒しにする、
ということですが、この機会こそ大津を知ってもらう、びわ湖を知ってもらう絶好のチャンス
ではないかと思っています。
もう一つの理由は来訪者のゴミですね、これの清掃が、あくる日、市の職員の方、
県の職員の方、大変なんだそうです。
人手がいる、清掃が大事だ、大変だという理由です。
これもやり方で、祇園祭に合わせて京都ではクリーンキャンペーンをやっています。
ごみのポイ捨てをなくし分別収集にご協力ください、こうして新聞に全面広告を
出しています、こういうことを含めて方法はあるのではないかと思います。
何も行政の人だけに日曜出勤して掃除をしてもらう必要はない、たとえば8月8日は
びわ湖の花火大会の日、9日はびわ湖一斉清掃の日ということで市民総出で清掃することも
考えられるわけです。
同じような意味で、二番目ですが、大津まつりに「おもてなし」の心を。
大津まつりというのは江戸初期ですから400年以上前から続く祭りでして、
からくりを備えた13基が天孫神社まで巡行するすばらしい歴史のある
まつりです。
京都にはかないませんけれど、京都に次ぐ日本三大からくりのお祭りでは
ないかと思います、ところが、このお祭り、市民の人、あるいは町内の人は
非常に楽しまれる、親しい人を招いて楽しまれるのですが、見に来た人に
おもてなしという気持ちが少し弱いと思います。
現実に巡行についていきましても、どこかご飯を食べるところはないでしょうかと
聞かれることは結構あります。
大津まつりの昨年の来場者が17万5千人、祇園祭が98万6千人、
これだけの人が来てくれるということです、それをおもてなしの心で
迎えるということが観光都市として最低必要なことではないかと思います。
三番目です、大津市内に11の観光協会。
大体滋賀県でも観光協会は各市に一つずつあります。
ただ例外として甲賀市が甲賀観光協会と信楽観光協会の二つありますが、
それぞれが機能しています。
所が大津市では、合併の歴史でここまで来たとはいえ、観光協会が11あるわけで、
それぞれが、ばらばらに観光振興策を練り、一部補助金もあるのでしょうが、
効率も悪く、全く無駄な話でありまして、たとえばブロック別にグループ分けをする、
連合会を作る、あるいは業種別にグループ分けをする、ということでスケジュール
調整もできる、予算の効率的使用もできると思います。
11がばらばらに活動をしているということは、観光振興のネックになっていると思います。
次は、主要国首脳会議(サミット)に先立つ閣僚会議の誘致を。
実は来年、伊勢志摩サミットが開催されます。
このサミットに先立ち閣僚会議というものが各地区で行われます。
この各地区で開催される閣僚会議の決定は、まず、都市が手を挙げる、
特別な計画を作る、もしくは地方創生という意味から重要性が認められたら、
その都市に決めるということで、決まれば当然のことながら世界的に有名になる。
特殊な予算もつくでしょうし、地方創生の支援もあるということです。
財務相会合、仙台市、外務省会合、広島市、科学技術相会合、つくば市、
農水相会合、新潟市、交通相会合、軽井沢町、環境相会合、富山市、
保健相会合、神戸市、教育相会合、倉敷市、情報通信相会合、高松市、
エネルギー相会合、北九州市、と内定したそうです。
これも琵琶湖を有して環境先進県の県都ということで大津市が手を挙げても
よかったのではないか、光ファイバーの埋設率が日本一という滋賀県、
パソコンの所有率が1位か2位という滋賀県、大津市、こういうことで
環境相会合なり情報通信相会合を大津市に誘致してもよかったのではないか
と思います。
そういうことでIT先進県として予算がつくし、こういう誘致に積極的に
向かっていくことが必要なのではないかと思います。
それから2024年滋賀国体の競技会場。
これにつきましては新聞で断片的にご存知だと思いますが、主会場が
彦根に決まりました、皇子が丘に25メートルの屋根つきプールと50メートルの
屋根なしプールがあります。
公認競技をするためには10レーン以上、50メートル、水深2メートル以上、
できれば屋根つきという条件があるそうです。
これをどうするかということで、今、県と市が協議をしています。
県で作ってほしい、市で作ってほしいともめているということを新聞で知りました。
考えてみれば皇子が丘公園に50メートルプール、これは2500億円かかる
わけではありません、たとえば2020年のオリンピックに間に合うようにしておけば、
世界の選手が練習に来てくれる、キャンプをする。
実際に調べると新幹線の駅から10分や15分で競技用のプールに行けるところは
ほとんどないそうです。
皇子が丘、新幹線から15分ほどで来ることができますし、世界各国のキャンプが
ここで行われたら素晴らしいPRになります。
何としても、国だ県だ市だといわずに皇子が丘に50メートルの屋根つき
プールを作ってもらいたいものです。
それが将来、プラスになると思います。
それから体育館について、草津市の野村がどうも、無理だということになったとか
あるいは大津の琵琶湖文化公園内に作る、浜大津の県有地に作る、あるいは
競輪場に建設、など現在の状況は不明ですが、人が集まる、商業施設に近い、
交通の便がいい、浜大津なり競輪場に作ってもらいたい。
地方創生の今がチャンスなのではないかと思います。
次に、JR大津駅の補修と大津駅周辺の活性化について。
これもとりあえずの耐震改修は決着したようで、内部の耐震改修は
JR西日本で行うということです、外壁を含めた外部の補修については
大津市と、JR西日本と国と三分の一ずつ、1億円で今年度、来年度に着工
されるということです。
大津市というのは県都です、県都の駅周辺というのは、最低、3つ4つの
機能が必要です。
土産物の販売、食事ができる所できるなら滋賀県の特産品が食べられる所、
休憩できる、お茶が飲める、こうした機能を持った駅前が必要になる。
そういう意味でもう少し長期、大きな目で駅周辺の整備、開発を考えてもらいたい。
市民が一体となって考える。
大津商工会議所の有志の委員会がもう少し抜本的に、具体的に言えば、
京都からの1号線に大津駅のところに左折の道路を作って、駅舎の上を越えて
大通りにつなげる、駅舎も2・3階にする、県都の駅舎ですので多くの乗降客がある、
そういうことからも、長期ビジョンで考えていく必要がある気がします。
最後に、大津まちづくりは官民一体となって長期ビジョンで。
先ほど紹介いただきましたように、まちづくり大津の設立以来、社長を
仰せつかりまして8年間ほど務めました。
なぎさのテラス、旧大津公会堂あのあたりの事業につきましては、
市の支援もありまして比較的順調に進めることができました。
毎年来訪者も増えて盛況なわけですが、三番目の事業については
なかなか進まずに来たわけですが、いくつか報告しますと、
町家じょうほうかん、ということで空町家を貸したい、借りたいの情報を
集約して、空町家を有効活用して活性化を図ろうということが
ぼちぼち情報が入りだしたということです。
もう一つは大津公共空間活用事業、5月2日に試験的に実施したのですが、
ジャズフェスティバルに合わせて大津駅前広場、大通公園、なぎさ公園という
公共空間でイベントやオープンカフェをやろうということで、警察の許可を
現在、とりつつあるところです。
何かをしなければ人が集まらないということで企画を練っているところです。
何と言いましても、まちづくりは大津市と大津商工会議所、株式会社まちづくり、
株式会社大津百町、そして市民と、手を携えてみんなで考える、みんなで知恵を出し合う、
誰が欠けてもいけません。
Posted by いとう茂 at
16:42
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2015年07月28日
人として②
この前、ブログを読んでいただいている方から「人として」という
テーマで何か書いてほしいと頼まれ書きました。
その時に、一つでなくできればいくつかということでしたので、
自分のこれまでの生き様の中から、ふさわしいことがないか
考えてみました。
一般的に人として、こうすべき、こうしてはダメという
両方の切り口があると思います、物事を肯定的に表現するか
否定的に表現するかということですが、たとえば、約束は守る、
否定的には約束を破らない、同じ内容です。
嘘をつかない、責任は果たす、困っている人がいれば助ける、
受けた恩を忘れない、悪いことをしたら謝罪する、悪いことを
悪いと言う・・・・・・。
ほかにもたくさんありそうです。
普通に生きていれば、これがなかなか難しいのですが、
自らの言動はこれに照らして、1.真実か どうか 2.みんなに公平か
3.好意と友情を 深めるか 4.みんなのためになるかどうか
所属しているクラブで一月に一度唱和する4つのテストです。
仏教では自律・自戒ということで10の戒めがあります。
不殺生(ふせっしょう)むやみに生き物を傷つけない
不偸盗(ふちゅうとう)ものを盗まない
不邪婬(ふじゃいん)男女の道を乱さない
不妄語(ふもうご)うそをつかない
不綺語(ふきご)無意味なおしゃべりをしない
不悪口(ふあっく)乱暴なことばを使わない
不両舌(ふりょうぜつ)筋の通らないことを言わない
不慳貪(ふけんどん)欲深いことをしない
不瞋恚(ふしんに)耐え忍んで怒らない
不邪見(ふじゃけん)まちがった考え方をしない
当たり前のことですが、時として頭から離れてしまい、
自分の感情だけで走ってしまうこともあります。
具体的な事柄を一つ一つ書き出すときりがありません、
動きのある日常生活で瞬時に判断をしなければいけないことも多々あります。
そんな時、必要になるのは物差し、指針といえばいいのか、
4つのテストもそうですし、ブレない基準を持たなければいけないと思います。
自分一人で生きているのではありませんので、誰かに支えられ、支えて
日々を送っています、その中で迷惑をかけることもありますし、逆もあります。
迷惑をかけたら謝罪、助けてもらったら感謝、簡単なことですが、
案外難しいものです、この二つが自然にできれば世の中8割くらい
うまくいくと思っています。
人の役に立つ人間になることは大切なことですが、
それ以前に、ありがとうとごめんなさい。
人としてこの二つのほうが大切な気もします。
テーマで何か書いてほしいと頼まれ書きました。
その時に、一つでなくできればいくつかということでしたので、
自分のこれまでの生き様の中から、ふさわしいことがないか
考えてみました。
一般的に人として、こうすべき、こうしてはダメという
両方の切り口があると思います、物事を肯定的に表現するか
否定的に表現するかということですが、たとえば、約束は守る、
否定的には約束を破らない、同じ内容です。
嘘をつかない、責任は果たす、困っている人がいれば助ける、
受けた恩を忘れない、悪いことをしたら謝罪する、悪いことを
悪いと言う・・・・・・。
ほかにもたくさんありそうです。
普通に生きていれば、これがなかなか難しいのですが、
自らの言動はこれに照らして、1.真実か どうか 2.みんなに公平か
3.好意と友情を 深めるか 4.みんなのためになるかどうか
所属しているクラブで一月に一度唱和する4つのテストです。
仏教では自律・自戒ということで10の戒めがあります。
不殺生(ふせっしょう)むやみに生き物を傷つけない
不偸盗(ふちゅうとう)ものを盗まない
不邪婬(ふじゃいん)男女の道を乱さない
不妄語(ふもうご)うそをつかない
不綺語(ふきご)無意味なおしゃべりをしない
不悪口(ふあっく)乱暴なことばを使わない
不両舌(ふりょうぜつ)筋の通らないことを言わない
不慳貪(ふけんどん)欲深いことをしない
不瞋恚(ふしんに)耐え忍んで怒らない
不邪見(ふじゃけん)まちがった考え方をしない
当たり前のことですが、時として頭から離れてしまい、
自分の感情だけで走ってしまうこともあります。
具体的な事柄を一つ一つ書き出すときりがありません、
動きのある日常生活で瞬時に判断をしなければいけないことも多々あります。
そんな時、必要になるのは物差し、指針といえばいいのか、
4つのテストもそうですし、ブレない基準を持たなければいけないと思います。
自分一人で生きているのではありませんので、誰かに支えられ、支えて
日々を送っています、その中で迷惑をかけることもありますし、逆もあります。
迷惑をかけたら謝罪、助けてもらったら感謝、簡単なことですが、
案外難しいものです、この二つが自然にできれば世の中8割くらい
うまくいくと思っています。
人の役に立つ人間になることは大切なことですが、
それ以前に、ありがとうとごめんなさい。
人としてこの二つのほうが大切な気もします。
Posted by いとう茂 at
14:10
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2015年07月27日
どちらがいいのだろう?
愛憎という言葉があります、仏教の教えに四苦八苦というのがあります。
手抜きをしてネットから・・・・釈迦(しゃか)は人生の現実を直視して、
自らの思うままにならぬもの・ことの満ちあふれているさまをつきとめ、
それを苦とよんだ。
それは自己の外部だけではなくて、自己の内にもあり、
究極は人間の有限性とそれから発する自己矛盾とに由来する。
その苦を分析すると、生(しょう)(生まれる)・老・病・死の四苦が最大であり、
ついで、愛するものと別れなければならない(愛別離苦)、
怨(うら)み憎むものと出会わなければならない(怨憎会苦(おんぞうえく))、
求めても得られない(求不得苦(ぐふとくく))、
いっさいは苦に満ちている(五蘊盛苦(ごうんじょうく))の四つがあげられて、
あわせて八苦とされる。
これらは避けようとしても避けられず、
むしろそれら苦のありのままをそのまま知り体験を深めることによって、
それからの超越すなわち解脱(げだつ)を釈迦および仏教は説く。
のちにこの四苦八苦の語は広く日常語化されて、
とくに激しい苦をさしていうようになっている。
四苦八苦の話とは直接関係がありませんが、仏教の教えにも
愛という文字も憎という文字も出てきます。
この中で怨憎会苦、怨み憎むものと出会わなければならない、
その苦しみは理解できますが、自分が誰かに怨まれ憎まれていることと
その人に忘れ去られること、こちらの心の底にはその人に対する
強い愛情があるときですが、どんなに怨まれ憎まれても覚えていてほしい、
忘れ去られるよりはその方がいいと思う気持ちがあるのかどうか・・・・。
いくら強い愛情があったとしても、自分では忘れてくれる方がいい、
自分に強い怨みや憎しみがあっても忘れてしまいたい。
私はそう思いますが、それは身勝手な思いでしょうか。
うまく表現できません、自分の心にいつまでも怨みや憎しみを持ち続ける
よりも、忘れられたら楽になることは知っていても、
忘れられないから持ち続けるのだと思いますし、この怨みや憎しみは
死ぬまで忘れないと自分に誓い、それをバネにして生きることもあると思います。
自分で自分の心を縛り続けるのはすごくエネルギーがいることですが、
それでも縛り続けるのが人間かもしれません。
愛と憎、自分では同じ根っこのように感じます。
明と暗の関係といえばいいのか、明があるから暗が浮かび上がる、
暗があるから明が際立つ、どちらが欠けても成立しない関係だと思います。
新幹線で流れる風景を見ていて、ふっとトンネルに入り闇の世界、
急に視界が開け田園が広がる、それの繰り返しの中でボーとした頭で感じたことです。
愛別離苦、これは現実です。
亡くなったと知らせが入ったのは金曜日でした。
私より20歳ほど年下の男性の急死でした。
実は、今月初めにある会で一緒にお酒を飲みました。
寡黙な人で多くを語りませんが、私もそれほど口数が多い方ではありませんので、
二人でいても沈黙の安らぎ、そんなものがあり気をつかわなくてもよく、
居心地のいい人でした。
重苦しい告別式、参列者の誰もがこわばった表情で、まだ小さい子供さんを
眺めながら行く末を案じているようでした。
奥さんの最後のお礼のあいさつで、夢か現実か、目が覚めたら元の生活が・・・・。
声にならない挨拶は心が凍てつくようでした。
先輩である分、ずいぶん無理も言ってきたと思います、嫌な顔をせずに
立ててくれました。
ありがとうございました、どうぞ安らかにお眠りください。
月並みな感謝と馬鹿野郎!こんなに早く逝きやがって。
そんな悔しさが交差しています。
手抜きをしてネットから・・・・釈迦(しゃか)は人生の現実を直視して、
自らの思うままにならぬもの・ことの満ちあふれているさまをつきとめ、
それを苦とよんだ。
それは自己の外部だけではなくて、自己の内にもあり、
究極は人間の有限性とそれから発する自己矛盾とに由来する。
その苦を分析すると、生(しょう)(生まれる)・老・病・死の四苦が最大であり、
ついで、愛するものと別れなければならない(愛別離苦)、
怨(うら)み憎むものと出会わなければならない(怨憎会苦(おんぞうえく))、
求めても得られない(求不得苦(ぐふとくく))、
いっさいは苦に満ちている(五蘊盛苦(ごうんじょうく))の四つがあげられて、
あわせて八苦とされる。
これらは避けようとしても避けられず、
むしろそれら苦のありのままをそのまま知り体験を深めることによって、
それからの超越すなわち解脱(げだつ)を釈迦および仏教は説く。
のちにこの四苦八苦の語は広く日常語化されて、
とくに激しい苦をさしていうようになっている。
四苦八苦の話とは直接関係がありませんが、仏教の教えにも
愛という文字も憎という文字も出てきます。
この中で怨憎会苦、怨み憎むものと出会わなければならない、
その苦しみは理解できますが、自分が誰かに怨まれ憎まれていることと
その人に忘れ去られること、こちらの心の底にはその人に対する
強い愛情があるときですが、どんなに怨まれ憎まれても覚えていてほしい、
忘れ去られるよりはその方がいいと思う気持ちがあるのかどうか・・・・。
いくら強い愛情があったとしても、自分では忘れてくれる方がいい、
自分に強い怨みや憎しみがあっても忘れてしまいたい。
私はそう思いますが、それは身勝手な思いでしょうか。
うまく表現できません、自分の心にいつまでも怨みや憎しみを持ち続ける
よりも、忘れられたら楽になることは知っていても、
忘れられないから持ち続けるのだと思いますし、この怨みや憎しみは
死ぬまで忘れないと自分に誓い、それをバネにして生きることもあると思います。
自分で自分の心を縛り続けるのはすごくエネルギーがいることですが、
それでも縛り続けるのが人間かもしれません。
愛と憎、自分では同じ根っこのように感じます。
明と暗の関係といえばいいのか、明があるから暗が浮かび上がる、
暗があるから明が際立つ、どちらが欠けても成立しない関係だと思います。
新幹線で流れる風景を見ていて、ふっとトンネルに入り闇の世界、
急に視界が開け田園が広がる、それの繰り返しの中でボーとした頭で感じたことです。
愛別離苦、これは現実です。
亡くなったと知らせが入ったのは金曜日でした。
私より20歳ほど年下の男性の急死でした。
実は、今月初めにある会で一緒にお酒を飲みました。
寡黙な人で多くを語りませんが、私もそれほど口数が多い方ではありませんので、
二人でいても沈黙の安らぎ、そんなものがあり気をつかわなくてもよく、
居心地のいい人でした。
重苦しい告別式、参列者の誰もがこわばった表情で、まだ小さい子供さんを
眺めながら行く末を案じているようでした。
奥さんの最後のお礼のあいさつで、夢か現実か、目が覚めたら元の生活が・・・・。
声にならない挨拶は心が凍てつくようでした。
先輩である分、ずいぶん無理も言ってきたと思います、嫌な顔をせずに
立ててくれました。
ありがとうございました、どうぞ安らかにお眠りください。
月並みな感謝と馬鹿野郎!こんなに早く逝きやがって。
そんな悔しさが交差しています。
Posted by いとう茂 at
14:02
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