2020年10月31日

思い出し遍路㊵

自分が歩いた道を振り返る「思い出し遍路」も40回目に
なっています。
遍路に関心がない人には読んでいても面白くない記事だと
思いますが・・・・・。
国民宿舎土佐をゆっくり目に出て、36番の青龍寺に向かう
山道を下って、昨日お参りした札所を通って4キロほど先の
宇佐大橋を目指します。
国民宿舎から車道を降りてもよかったのですが、そちらは距離が
ありますのでショートカットです。
宇佐大橋からは左右に海が見えます、左手は奥の深い湾に
なっていて、アルファベットのUの字を逆にして横に引き延ばした
イメージです。
宇佐大橋を渡り左手に行くのは歩きと同じですが、500mほど
先の加工場に入って海まで行くと1隻の船が係留されています。
これが半島と陸地を結ぶ市営の船です。
歩きですとUの字のようにルートは二つありますが、この時は
どちらも選ばずにUの字の真ん中を船で移動です。
須崎市が市民の通勤や通学、買い物のために奥の深い湾の
左右に立ち寄って船着き場で待っている市民を拾っていきます。
時間にして1時間ほどでしょうか、距離は10キロほど、国民宿舎から
早朝に出て歩くのと大差はありませんが、疲労度は違いますし、
昔、空海が陸路が整備されていない時に乗ったという言い伝えもあり、
気分転換で乗船を決めました。
この船にはもう一度乗っています、その時も国民宿舎に泊まりました。

ちょっと横道にそれて、その時の記憶をたどってみます。
高知駅に高速バスで着いて、駅前からバスで長浜営業所まで移動し、
そこから徒歩で雪蹊寺までですが500mもありません。
ゆっくりお参り、車での遍路はいましたが歩きの遍路は見当たりません。
高知駅でゆっくりして昼食も済ませていましたので、時刻は昼を回っています。
1日目は次の種間寺までの歩きで、宿泊は送迎をしてくれる春野競馬場の
近くのスポーツ施設にしました。
施設は明るくてきれいでしたが建てられてそこそこ年数が経って
いるようで特別きれいというわけではありませんが、従業員は
若いスタッフが多く気持ちのいい接客で今でも印象に残っています。
次の日は種間寺まで送ってもらい歩き遍路の再開です。
宿泊はもちろん国民宿舎土佐、1回目よりは歩く距離も短くゆとりを
もって35番の清瀧寺にお参りして、昼食はこちらもスーパーマルナカ、
36番の青龍寺を目指しました。

途中の塚地峠は遍路道を行こうと決めていましたので、峠の手前の東屋で
休憩しようと立ち寄ると、男性3人と女性が一人休んでいます。
トンネルを通るか遍路道を行くかで迷っているようでしたので、結構長い
トンネルだったことを話して今回は遍路道を行こうと思うと言うと、
女性が一緒に連れてくださいと・・・・えっ、仲間じゃないのぉ。
私よりも年長だと思いますが、いきなりそんなことは言えません。
あ~あ、時間が来ました、横道の話は次回に・・・・・。
  
Posted by いとう茂 at 10:55Comments(0)

2020年10月30日

髪は落ちましたが、神は降りてきませんでした

先月の末からえこーのハートレター3号のあいさつ文を
考えてきました。
1度目も2度目もスタッフ会議で「代表らしさがない」の一言で、
書き直しになっていました。
10月も押し詰まって残すは明日のみ、おしりに火が付いた
状態で、気持ちはあるのですが言葉がつながりませんでした。
頭をぼりぼり、髪は落ちますが・・・・神は降りてこない。
そんな日を何日か経験して、焦りが出てきました。
こりゃ駄目だ、気持ちを切り替えて落ち着けよう・・・・・・。
寒空をじっと眺めて星の数を数える、長い時間眺めていると
見えている星の横に小さい星も見えるようになります。
金子みすゞの詩の一節が・・・・・見えないけれどもあるんだよ
見えぬものでもあるんだよ。
そうだ・・・・出てこない言葉もきっとあるんだ、つながらないのと
言葉がないのとは違うんだ。
ゴマ粒よりも小さい星に力づけられて、昨夜も白紙のノートに
向かいました。

昼間に県の環境部に釣り竿を返しに行ったときに、何気なく
スタッフと話していたことが頭に浮かんできました。
そして、ノートに向かっているうちに、石川洋さんの
「子供が親に詫びるほど 親は子供に詫びたことがあるだろうか」
という言葉と、今月27日に命日を迎えた吉田松陰の辞世の句
「親思う 心にまさる 親心 けふのおとずれ 何ときくらん」が
出てきました。
松陰の句も私は親への詫びの言葉だと思っています。
そこで、これまでのえこーでの相談者の言葉で子どもが親に
詫びた言葉、親が子どもに詫びた言葉を思い出して、そこから
組み立てを試みました。
字数の制限がありますが、とにかく書くだけ書いて多かったら削ろう、
そのスタンスで・・・・・書いては消して、書いては消してでしたが
何とかできました。
今夜に校正をして完成・・・・スタッフのOKが必須条件ですが・・・・。

ひきこもりや不登校で悩んでいる当事者や家族に比べたら
悩んだうちには入らない・・・・・ダメ出しがあっても折れることなく
4度目にチャレンジする気力は残してあるつもりです、5度目は・・・・。
遅れて遅れてのハートレター3号ですが、何とか11月中には発行を
したいと思っています。
家族の会での外来魚駆除の釣り大会も終わり、11月は通常の家族会に
戻りますが、12月から来年3月までは家族だけでなく、ひきこもっている
子どもとひきこもりから脱して生活訓練を受けている人や就労に
結びついた人を対象に和太鼓の体験会を実施します。
その際に石鹿太鼓の曲の披露も考えていますので、そちらの組み立ても
普段の練習日だけでは時間が足りませんので、別の日に練習する
必要があります。

さらに、今年度最大の事業であるひきこもり、不登校当事者と家族に
自分の思いを手紙に書いてもらい冊子を制作する事業も進行して
いますので、途中経過の確認があります。
加えて、来年1月16日にえこーの主催でひきこもり講座を公開で
開催しますので、そちらのチラシ作りと関係機関への配布にも
時間が必要です。
もちろん週2回の面談も続けていきます、11月もほぼ詰まって
残り1日あるかどうかというところです。
とにかく思いが強くなると形にしたくなるえこーのメンバー達です。
自分たちで仕事を作って自分たちで忙しくしている、これを負の連鎖と
呼ぶか、前向きととらえるか・・・・・です。
  
Posted by いとう茂 at 15:32Comments(0)

2020年10月29日

思い出し遍路㊴

34番の種間寺から35番の清瀧寺は歩きで2度、車で
2度お参りをしています。
およそ10キロの道のりで、2時間30分程度と計算していました。
途中には宮尾登美子の小説の題名になった仁淀川が流れ、
清流で魚も橋の上から確認できました。
しばらく仁淀川沿いを歩いて左に折れて歩き続けて地図通りに
右折、左折しながら山の方に向かいます。
山門をくぐり正面の本堂、左手の大師堂にお参りして納経所へ
山には違いないのですが、それほど高いところではなく丘の上と
言った感じの札所でした。
来た道を戻って本日最後の札所の36番の青龍寺を目指します。
距離は14キロほど、3時間はかかります、清瀧寺には
遍路姿の人もいましたが、ほとんどが車の遍路で札所に着くと
白衣を着て金剛杖を持ってお参りしますが、荷物が納経帳だけで
真新しい白衣は88番までお参りしても、それほどくたびれた感じは
しませんが、歩きですと白衣が真っ白から少し変わります。
ちゃんと洗っているのですが時間の経過が感じられるようになり、
金剛杖もヒノキが茶色に変色して多少は短くなっています。

青龍寺に向かう途中に、地元のスーパーのマルナカが
あります、四国のどこに行ってもマルナカはあり、トイレも含めて
よく利用しました。
この時もマルナカで遅めの昼食を買って店の前のベンチで
いただきました、手のひらほどもあるサツマイモのてんぷらや
地元の魚を使った寿司なども安く手に入ります。
ここで元気を取り戻して青龍寺に向かいますが、塚地峠はトンネルと
旧の遍路道があり迷いました。
距離的には変わらないのですが、遍路道は200mほどの丘を越えて
の道になりますので、車の音がやかましいトンネルを選択しました。

この峠も歩きで2回通っています、トンネルと遍路道の歩き比べをしました。
遍路道は考えていたほど急な上りではなく、距離もトンネルを歩くより
短い感覚でした。
峠の手前に東屋があり、歩き遍路の人と出会いました、話をするわけでなく
ただにっと笑って会釈するだけです。
私の方が後からでしたので、こちらが休んでいる間に先に出ていきましたが
たぶん同じ国民宿舎に泊まっていたはずですが、一期一会です。
トンネルを抜けると残りは4キロ弱ですが、時間が5時を回り納経所が
閉まってしまいます。
こういうこともあろうかと、事前に国民宿舎の方に遅くなったら迎えが
あるか確認していましたので、宇佐大橋を渡ったところから電話をして
迎えに来てもらいました。
次の日は、国民宿舎から歩いて迎えに来てもらったところまで来れば、
道がつながります。

さぁ、待ちに待った国民宿舎土佐に到着です。
遍路パックですから豪華な夕食ではありませんし、パックは基本的に
山側で海が見えません、部屋もそれほどきれいでもなく建物も古い。
何を楽しみにして、待ちに待ったのか。
それは露天風呂です、それほど広くはなく細長い湯舟は5人も入れば
いっぱいになりそうですが、この時期は日が長く誰もいない時に
入れます。
180度とは言いませんが高知の海が視界いっぱいに広がります。
この景色が見たさに歩いてきた・・・・そんな一面もあります。
1日歩いたご褒美にお大師さんが晴れた高知の海を見せて
くださった、暗くなってからも露天風呂に入りましたが、この時も貸し切りで
海は暗くて見えませんが、イカ釣り船でしょうか漁火がいくつも見えて
夕方とはまた違う風情がありました。
今回はここまで、次回はお大師さんも通ったと言われるところを
通ります。
  
Posted by いとう茂 at 15:18Comments(0)

2020年10月28日

今日もフル稼働

水曜日と言えば、えこーの面談と和太鼓の練習日です。
今日も相談者が来ました、今月の初めに出前えこーで
お宅にお邪魔した相談者で、お宅にお邪魔したと言っても
ひきこもりの当事者には会えていませんが、親の方が
いろんなものを背負い込んで、吐き出す場所もなく一人で
苦しんでいる状態でしたので、その時に次は一人でえこーに
来ませんか、溜まっているものを吐き出してください、そうする
ことで少しでも楽になってもらえれば嬉しいので、何でも
聞かせてもらいますと、話をして今日を迎えました。

どれだけ吐き出せたか分かりませんが、えこーでなら何でも
話をできるということは実感してもらえたと思います。
親が元気でなければ子どもも元気になりません。
2時間余り話して帰っていきましたが、本人の感想は
「えっ、こんなに時間が経っているの」でした。
ずっと昔のことも交えて、これまでのことを話してくれました。
今まで誰にも言ったことのない話もあったのだと思います。
次回は12月の予約になりますが、次回も一人で来ることを
約束してくれました。
出前えこーで子どもにはハガキなどを届け、えこーでは親の
面談を通して心の中のものを出してもいいんだ、と安心して
話すことで徐々に元気になってもらう、こうしたことを当面は
継続していくことになります。

夜は和太鼓、12月からひきこもり、不登校家族の会で、
和太鼓の体験をシリーズで考えています。
えこーのスタッフは元をたどれば全員が同じ和太鼓のメンバー、
こちらの方が得意分野かもしれません。
家族の会で、披露する曲はフルメンバーではありませんので、
1人がいくつかの太鼓を叩くことになります。
それの練習も今日は行いました、それほど細かい打ち合わせも
せずに、担当だけ決めて叩きました。
その時の気持ちの良かったこと・・・・と言えば他のメンバーには
失礼ですが雑音がない。
雑音とは絞め太鼓のリズムよりも遅れて叩くとか早く叩く人が
出す音で、そうした音がないのはとても叩きやすくリズムも
安定します。
もちろんプロではありませんので一糸乱れぬ演奏とは
いきませんが、大勢で叩くよりも迫力があったと思います。
そんなわけで満たされた気分で、フル稼働の水曜日の締めくくりを
することができました。
  
Posted by いとう茂 at 23:07Comments(0)

2020年10月27日

秋の夜長に

天気がいい昼間は風が心地よく、秋なんだと実感
しますが、朝夕の冷え込みは秋ってこんなに寒い季節
だったのかと、改めて考えている自分がいます。
昼間の時間が短くなり朝も5時ではまだ薄暗く、
夕方も6時近くになると暗くなってきます。
これでもまだクールビズの期間・・・・・なのか。
まだまだ夏物が出ている私の部屋は秋一色ではなく、
秋物をタンスから引っ張り出しては着て、次の日もタンスから
引っ張り出す・・・・そんな毎日です。
そのせいでハンガーに吊るしてある夏物は秋物に押されて
ギュッと凝縮されています。
着るものの入れ替えを急がないと・・・・気持ちはあるのです。
そんな日々を送っていますが、今日から読書週間が始まります。

最近は本を読んでいないなぁ、他にすることがたくさんあって
読書とは疎遠になっている自分がいます。
することがたくさんあるのですが、こちらも遅々として進んでいません。
一度に全部済ませてしまおうと思う悪い癖があるようで、
優先順位をつけて取り掛かってはいるのですが、気になることがあると
そちらに目移りしてしまう。
そういえば小学校の時の成績表に「落ち着きがない」と担任の
コメントが書いてあったのを思い出しました。

読んでみたい本がないわけではありません。
23歳で戦死した竹内浩三の、ぼくもいくさに征くのだけれどを
はじめとした詩集を読んでみたいと思っています。
原爆詩人と言われた峠三吉の本も書棚で立ちっぱなし、
何ページか読んだのですが、面白くて仕方がないという詩では
ありませんので、こちらにゆとりがないと本を手に取ってみようと
いう気にはなりません。
竹内浩三の名前だけは以前から知っていましたが、テレビで
特集番組がありましたので、それを録画して保存してあります。
こっちなら峠三吉よりも読みやすいように思いましたので、一度
読んでみたいと思っています。

若い人の活字離れ・・・・もう死語かもしれませんが・・・・・・。
親がネット世代で、子どものころから本の読み聞かせも少なく、
家の中で親が読書をしている後姿を見て育った子どもも少なく、
動画を見て育った子どもが成人してから活字に触れる機会は
あっても、じっくり本を読んでみようと思う確率は低いと思います。
来るべくして来た時代かもしれず、対策として小学校などで
始業前に読書の時間を設けていますが、教科の授業に追われて
十分な読書の時間が確保できていないように思います。
国際社会で通用する日本人、そのために小さい時から英語教育も
理解できますが、国語力がなくては英語の意味を理解するのに
知識不足ではないのかと考えています。
この年になって国際社会でどうこうとは思いませんし、国際社会も
必要としないでしょうが、この世紀を生きる子どもたちには豊富な
知識でより的確な表現力を身に着けて欲しいと願います。

ともあれ、読書週間の初日、眠っている本を起こしてみますか。

  
Posted by いとう茂 at 15:06Comments(0)