2019年12月31日
今日を限りに
元号が改まってから最初の年も今日が限りになりました。
振り返ってどんな1年だった、そう考えることは多いのですが、
あと何回大晦日を迎えられるか、新しい年が迎えられるか、
そんなことは考えていませんでした。
ネットで生年月日と性別を入力するだけで余命日数がわかる
サイトがあります。
信じるかどうか、正確性があるか、どう思うかそれは個人の自由です。
余命カウントダウンタイマーというサイトでさっそく自分の生年月日と
性別を入れると・・・・・・・残り7039日、余命19,275年でした。
この先、大晦日を19回迎えることができるという予想です
元気かどうかは別にしてですが・・・・・・。
平均寿命から考えられた余命日数なのでしょうが、人生100年時代の
割には、16年ほど短い人生になる予定です。
これまでに77,2%を過ごしてきて残りが22,8%となっています。
2039年4月10日が私の命日になるとの予想も出ています。
人間はいつ死ぬのか分からないから生きていられる部分があります、
冷静に安心して生きられるのはそのためですし、悲しんだり苦しんだり、
時には辛い事に耐えられるのもいつ死ぬか分からないからできる、
もし今日で命が尽きるとわかっていれば、冷静さをなくすでしょうし、
苦しみから遠ざかると思います。
同じ生年月日なら余命日数は同じですが、誕生日は同じでも2歳違い、
3歳違いでは単純に365日の2倍、3倍とは違う結果になります。
これは平均寿命が生まれた年で微妙に違う結果だと思いますが、
多少の幅はあっても、いつかは生まれた以上必ず死にます。
年の暮れに縁起の悪い話になってしまいましたが、私の場合で
考えれば、残り19年、健康かどうかは分かりませんが子犬を新しく
飼っても子犬よりはおそらく長生きすることになります。
子犬を飼う予定があるというのではなく、この先の時間の長さを
何に例えれば、具体的なイメージがつかめるか・・・だけです。
7000余りの日々を、まだまだあると考えるか、もうそれだけしか、
そう考えるかで、この先の1日1日の過ごし方の意識が変わると
思いますが、問題はどれだけ、そうした意識を持続できるか、
振り返り、振り返りしながら残りの日々を意識することを
思い出せるか、そのあたりが課題です。
余命は貯金と違い増えることはありません、少しずつですが減って
いきます。
お金なら無駄な買い物をしたと思っても、ほとんどの場合、
レシートがあれば返金してもらえますし、働けばお金は
手に入りますが、時間の流れは「しまった」と思っても
「やったー」と叫んでも戻ることはありません。
そんなことは誰でも知っていることで改めて書く必要もないの
ですが、間違いがあるのが人間です。
「私、失敗しないから」そう言って失敗しない人がいたとしても、
失敗するのが人間、その鉄則を破っています、言い換えると
それも失敗だと思います。
残りの7000余りの日々をどう生きたか、細切れにして1か月単位で
そんな検証ができればと思っています。
2019年のブログは今日で最後です、つたない文章を飽きもせずに
読んでいただきありがとうございました。
私のブログは基本的に年中無休で・・・・そう考えておりますので、
新年は明日から開始します。
新しい年が皆様に有意義な年でありますことを心からお祈り
申し上げます。
振り返ってどんな1年だった、そう考えることは多いのですが、
あと何回大晦日を迎えられるか、新しい年が迎えられるか、
そんなことは考えていませんでした。
ネットで生年月日と性別を入力するだけで余命日数がわかる
サイトがあります。
信じるかどうか、正確性があるか、どう思うかそれは個人の自由です。
余命カウントダウンタイマーというサイトでさっそく自分の生年月日と
性別を入れると・・・・・・・残り7039日、余命19,275年でした。
この先、大晦日を19回迎えることができるという予想です
元気かどうかは別にしてですが・・・・・・。
平均寿命から考えられた余命日数なのでしょうが、人生100年時代の
割には、16年ほど短い人生になる予定です。
これまでに77,2%を過ごしてきて残りが22,8%となっています。
2039年4月10日が私の命日になるとの予想も出ています。
人間はいつ死ぬのか分からないから生きていられる部分があります、
冷静に安心して生きられるのはそのためですし、悲しんだり苦しんだり、
時には辛い事に耐えられるのもいつ死ぬか分からないからできる、
もし今日で命が尽きるとわかっていれば、冷静さをなくすでしょうし、
苦しみから遠ざかると思います。
同じ生年月日なら余命日数は同じですが、誕生日は同じでも2歳違い、
3歳違いでは単純に365日の2倍、3倍とは違う結果になります。
これは平均寿命が生まれた年で微妙に違う結果だと思いますが、
多少の幅はあっても、いつかは生まれた以上必ず死にます。
年の暮れに縁起の悪い話になってしまいましたが、私の場合で
考えれば、残り19年、健康かどうかは分かりませんが子犬を新しく
飼っても子犬よりはおそらく長生きすることになります。
子犬を飼う予定があるというのではなく、この先の時間の長さを
何に例えれば、具体的なイメージがつかめるか・・・だけです。
7000余りの日々を、まだまだあると考えるか、もうそれだけしか、
そう考えるかで、この先の1日1日の過ごし方の意識が変わると
思いますが、問題はどれだけ、そうした意識を持続できるか、
振り返り、振り返りしながら残りの日々を意識することを
思い出せるか、そのあたりが課題です。
余命は貯金と違い増えることはありません、少しずつですが減って
いきます。
お金なら無駄な買い物をしたと思っても、ほとんどの場合、
レシートがあれば返金してもらえますし、働けばお金は
手に入りますが、時間の流れは「しまった」と思っても
「やったー」と叫んでも戻ることはありません。
そんなことは誰でも知っていることで改めて書く必要もないの
ですが、間違いがあるのが人間です。
「私、失敗しないから」そう言って失敗しない人がいたとしても、
失敗するのが人間、その鉄則を破っています、言い換えると
それも失敗だと思います。
残りの7000余りの日々をどう生きたか、細切れにして1か月単位で
そんな検証ができればと思っています。
2019年のブログは今日で最後です、つたない文章を飽きもせずに
読んでいただきありがとうございました。
私のブログは基本的に年中無休で・・・・そう考えておりますので、
新年は明日から開始します。
新しい年が皆様に有意義な年でありますことを心からお祈り
申し上げます。
Posted by いとう茂 at
20:50
│Comments(0)
2019年12月30日
孫の帰省
昨日の昼前に孫が二人帰ってきました。
帰ってきたという言葉が適切かどうか・・・・・、孫は嫁に行った、
これも今どき聞かない言葉です・・・・男女共同参画・・・・・。
孫は結婚して姓が変わった娘が愛知県で生んでいますから、
私の家が実家となるのは娘だけ、そんな解釈が普通なのですが、
爺バカにすると、娘も孫も実家はここという認識があります。
新快速を乗り継いで、石山からは京阪で来ますが、これも
もう慣れていて、迷う心配はありません。
母親は曾孫の帰りを店の前に出て待っていました、ホームから
こちらに向かってくるのを見て手を振ってお出迎えです。
昨年の夏に娘の家に行っていますので、半年ぶりの再会です。
昼食を食べた後は下の娘のマンションの掃除、もちろん有償です。
掃除の後は夕食も下の娘が負担して・・・・お好み焼きですが・・・・・。
孫の一日目は案外穏やかに終わりました。
今日は大津の土産を買いたいというので、じいじの出番です、
と言っても浜大津のアーカスまでの運転手ですが・・・・・・・。
それでも出番があるだけ喜ばないといけません、二人で土産物を
物色、じいじは店内をうろうろして買い物が終わるまでは待機。
誰に買ったのか尋ねると「友だち~」どうやらイニシャルが入った
キーホルダーを買ったようです。
小学生の孫は、名前とローマ字が一致しないようで、〇〇ちゃんて
Hでいいの、体はそこそこ大きくなりましたがまだまだ子どもです。
うちに来て特別何がしたいという事はないようですが、誰にも
ああしなさい、こうしなさいと言われずに自分の時間を過ごせるのが
いいのだと思います。
気が向いた時にテレビを見て、小さい犬とじゃれる、そしてゲーム。
来る前に冬休みの宿題は全部してきたという事で、よけいに
気分的に開放感があるのでしょう。
明日は大みそか、と言ってもどこに行きたいという希望もなく
だらだら過ごす、それが望みのようです。
掃除の手伝いを頼んでも、特別嫌でもなさそうで気持ちよく
手伝ってくれますし、自分たちのことは自分でできます。
娘の子ども時代を思い出してみると・・・・・誰に似たのか、誰が
しつけをしたのか・・・・・隔世遺伝だという事にしておきます。
1月3日に送って行く予定ですが帰省のピークで車が走るか、
そんなこちらの事情とは関係ない所で、孫たちは家に帰る時間が
遅くなるから嬉しんでいるように思います。
物は考えよう・・・・・です。
帰ってきたという言葉が適切かどうか・・・・・、孫は嫁に行った、
これも今どき聞かない言葉です・・・・男女共同参画・・・・・。
孫は結婚して姓が変わった娘が愛知県で生んでいますから、
私の家が実家となるのは娘だけ、そんな解釈が普通なのですが、
爺バカにすると、娘も孫も実家はここという認識があります。
新快速を乗り継いで、石山からは京阪で来ますが、これも
もう慣れていて、迷う心配はありません。
母親は曾孫の帰りを店の前に出て待っていました、ホームから
こちらに向かってくるのを見て手を振ってお出迎えです。
昨年の夏に娘の家に行っていますので、半年ぶりの再会です。
昼食を食べた後は下の娘のマンションの掃除、もちろん有償です。
掃除の後は夕食も下の娘が負担して・・・・お好み焼きですが・・・・・。
孫の一日目は案外穏やかに終わりました。
今日は大津の土産を買いたいというので、じいじの出番です、
と言っても浜大津のアーカスまでの運転手ですが・・・・・・・。
それでも出番があるだけ喜ばないといけません、二人で土産物を
物色、じいじは店内をうろうろして買い物が終わるまでは待機。
誰に買ったのか尋ねると「友だち~」どうやらイニシャルが入った
キーホルダーを買ったようです。
小学生の孫は、名前とローマ字が一致しないようで、〇〇ちゃんて
Hでいいの、体はそこそこ大きくなりましたがまだまだ子どもです。
うちに来て特別何がしたいという事はないようですが、誰にも
ああしなさい、こうしなさいと言われずに自分の時間を過ごせるのが
いいのだと思います。
気が向いた時にテレビを見て、小さい犬とじゃれる、そしてゲーム。
来る前に冬休みの宿題は全部してきたという事で、よけいに
気分的に開放感があるのでしょう。
明日は大みそか、と言ってもどこに行きたいという希望もなく
だらだら過ごす、それが望みのようです。
掃除の手伝いを頼んでも、特別嫌でもなさそうで気持ちよく
手伝ってくれますし、自分たちのことは自分でできます。
娘の子ども時代を思い出してみると・・・・・誰に似たのか、誰が
しつけをしたのか・・・・・隔世遺伝だという事にしておきます。
1月3日に送って行く予定ですが帰省のピークで車が走るか、
そんなこちらの事情とは関係ない所で、孫たちは家に帰る時間が
遅くなるから嬉しんでいるように思います。
物は考えよう・・・・・です。
Posted by いとう茂 at
21:52
│Comments(0)
2019年12月29日
ひと言を・・・・・
年賀状を出す人が減ってきて、発売枚数が
右肩下がりだというニュースがありました。
最も多く出されていた頃の半分くらいにまで落ちていると
言うことで、高齢になって年賀状と縁を切る人も増えているようです。
スマホのラインやメールがあるので、実際に縁を切ることには
ならないので、抵抗もないという事でした。
年賀状を作成する手間が省けるのと、はがき代の節約にも
なり、年金生活者にとっては、これも断捨離なのか・・・・・・。
元旦の朝に届く年賀状を差出人の顔を思い浮かべて
楽しみながら読む。
そこに添えられてあるひと言に「ほっ」としたり、「くすっ」と
笑いが出たり・・・・・・。
そんな、ささやかな楽しみもどんどん減っていくのでしょうか、
これは受取人だけでなく、差出人も送る人の顔を思い浮かべて
「ご無沙汰」してるなぁ、「子ども」も大きくなったんだろうなぁ、
「ふるさと」はどんな景色になってるのかなぁ、そんなことを
ひと言添えることで、一方通行のメッセージが年賀状をこの人に
出しているという感覚が加わり、今年も年賀状を出せた、
そんな自分を得心させるメッセージに変わるのかも知れません。
昔、自分の出していた年賀状を思い出してみると、無地の
ハガキいっぱいに一人ずつ手書きで文字を書いていました。
もちろん、こちらは友人や親しい人専用で、他は店で出す
印刷した年賀状に1行程度を添えるものでしたが、お気に入りの
万年筆ではがきの表書きをして、出す人を思い浮かべて
書きだすのですが、1枚目を書くまでが時間がかかります。
自分のテンションが上がらなかったのか、年賀状の世界に
入れずに、入り口でうろうろ・・・・・。
そのうち手書きの年賀状を出す人がどんどん増えて、とても
年末に時間が取れずに、「げんき通信」を年賀状代わりに
出すようになりました。
これだと仕事が終わってから、夜の8時ころから日付が変わる
頃まで作業をすれば、5日あればできます、原稿を書くのに2日、
校正に1日、印刷に表と裏で2日、印刷をしている間に封筒の
あて名書きができます、こちらもお気に入りの万年筆です。
それでも、げんき通信にひと言を添えたくなり2行ほど・・・・。
一人2行でも全員だと3時間ほど、適当に間引いても2時間。
これくらいなら許容範囲・・・・・これだけは今も続いています。
あて名はラベルに変わりましたが・・・・・・。
今日は昼間に「この一言」を書いていました。
毎年書いているのですが、これが今の自分の体と心の状態を
簡潔に表現していると感じています、手にしていただいた
方にはどう伝わっているのか・・・・・・。
来年からは年賀状ではなく寒中見舞いとして発送します。
スマホに無縁の人間にとって、こうした挨拶状は自己満足でも
続けていきたい・・・・人恋しいのではないと思うのですが・・・・・・。
右肩下がりだというニュースがありました。
最も多く出されていた頃の半分くらいにまで落ちていると
言うことで、高齢になって年賀状と縁を切る人も増えているようです。
スマホのラインやメールがあるので、実際に縁を切ることには
ならないので、抵抗もないという事でした。
年賀状を作成する手間が省けるのと、はがき代の節約にも
なり、年金生活者にとっては、これも断捨離なのか・・・・・・。
元旦の朝に届く年賀状を差出人の顔を思い浮かべて
楽しみながら読む。
そこに添えられてあるひと言に「ほっ」としたり、「くすっ」と
笑いが出たり・・・・・・。
そんな、ささやかな楽しみもどんどん減っていくのでしょうか、
これは受取人だけでなく、差出人も送る人の顔を思い浮かべて
「ご無沙汰」してるなぁ、「子ども」も大きくなったんだろうなぁ、
「ふるさと」はどんな景色になってるのかなぁ、そんなことを
ひと言添えることで、一方通行のメッセージが年賀状をこの人に
出しているという感覚が加わり、今年も年賀状を出せた、
そんな自分を得心させるメッセージに変わるのかも知れません。
昔、自分の出していた年賀状を思い出してみると、無地の
ハガキいっぱいに一人ずつ手書きで文字を書いていました。
もちろん、こちらは友人や親しい人専用で、他は店で出す
印刷した年賀状に1行程度を添えるものでしたが、お気に入りの
万年筆ではがきの表書きをして、出す人を思い浮かべて
書きだすのですが、1枚目を書くまでが時間がかかります。
自分のテンションが上がらなかったのか、年賀状の世界に
入れずに、入り口でうろうろ・・・・・。
そのうち手書きの年賀状を出す人がどんどん増えて、とても
年末に時間が取れずに、「げんき通信」を年賀状代わりに
出すようになりました。
これだと仕事が終わってから、夜の8時ころから日付が変わる
頃まで作業をすれば、5日あればできます、原稿を書くのに2日、
校正に1日、印刷に表と裏で2日、印刷をしている間に封筒の
あて名書きができます、こちらもお気に入りの万年筆です。
それでも、げんき通信にひと言を添えたくなり2行ほど・・・・。
一人2行でも全員だと3時間ほど、適当に間引いても2時間。
これくらいなら許容範囲・・・・・これだけは今も続いています。
あて名はラベルに変わりましたが・・・・・・。
今日は昼間に「この一言」を書いていました。
毎年書いているのですが、これが今の自分の体と心の状態を
簡潔に表現していると感じています、手にしていただいた
方にはどう伝わっているのか・・・・・・。
来年からは年賀状ではなく寒中見舞いとして発送します。
スマホに無縁の人間にとって、こうした挨拶状は自己満足でも
続けていきたい・・・・人恋しいのではないと思うのですが・・・・・・。
Posted by いとう茂 at
21:08
│Comments(0)
2019年12月28日
年越しの準備
令和最初のお正月が目前に迫り、買い物に出かける
家族も多い事だと思います。
お正月と言ってもスーパーは年中無休で営業していますので、
別に年内に買い物に行かなくてもいいように思うのですが、
これもけじめ、風習、慣習・・・・・・条件反射。
年末は売りつくし、年明けは初売り、そんなポップに踊らされず、
必要なものを必要なだけ、お買い求めいただければ・・・・・。
買い物とは無縁の私も年越しの準備はあります。
2月から、ひきこもりの講座を4回シリーズで開催しますが、
講師の予定が確定しなかったので、会場を2つ押さえていました。
それが決まりましたので、1つはキャンセルしてきました、
そして、えこ~の相談室も広報紙やなんやと、机が結構散らかって
いますので、ここも整理しなくてはいけませんが、これまで元旦に
着くように作成していた「げんき通信」を今年から寒中見舞いに
送ろうと思い、それの印刷物がありますので、まだ片付けが
できない状況です。
机の上は後回しにして周囲から整理をしようと思います。
年末に知り合いから喪中のため新年のあいさつを辞退する
ハガキが年ごとに多くなります。
私だけでなく知り合いも年を重ねているわけで、その家族も
同じように年を重ねていますので、亡くなる方も増えています。
そんなことを考えて、年賀状代わりにではなく寒中見舞いとして
げんき通信を発送することにしました。
印刷は機械がしてくれますが、折る作業は手作業でしか
できません、これが一番時間がかかりますので早目、早目の
準備をしています。
そして、一般社団法人えこーの賛助会費を頂いた方にお礼状を
同封しようと思っています、こちらの文章の作成も年内に
終わらせようと思います。
予想外と言えば失礼に聞こえるかもしれませんが、ありがたいことに
こちらが考えていた以上の方から賛助会費をいただき、運営面で
ずいぶん楽になりそうです。
年の暮れに人の情けをしみじみ感じて感謝する気持ちと、いただいた
会費を有効に使わせていただき、相談者が少しでも楽になるように
わずかでも笑顔が増えるように活動をしていかなければと痛感しています。
明日の午前中に孫が二人やってきます、来たら来たで手がかからない
と言っても何かしら時間をとられます、それも嬉しいのですが・・・・・。
まだまだ部屋の掃除もありますし、小さい犬の部屋の掃除、溜まっている
書類の整理と、年末にけじめをつけておかないと、この先ずっと
出来ない気がしていますので、孫の手も借りて・・・・・・甘いことを
考えています。
家族も多い事だと思います。
お正月と言ってもスーパーは年中無休で営業していますので、
別に年内に買い物に行かなくてもいいように思うのですが、
これもけじめ、風習、慣習・・・・・・条件反射。
年末は売りつくし、年明けは初売り、そんなポップに踊らされず、
必要なものを必要なだけ、お買い求めいただければ・・・・・。
買い物とは無縁の私も年越しの準備はあります。
2月から、ひきこもりの講座を4回シリーズで開催しますが、
講師の予定が確定しなかったので、会場を2つ押さえていました。
それが決まりましたので、1つはキャンセルしてきました、
そして、えこ~の相談室も広報紙やなんやと、机が結構散らかって
いますので、ここも整理しなくてはいけませんが、これまで元旦に
着くように作成していた「げんき通信」を今年から寒中見舞いに
送ろうと思い、それの印刷物がありますので、まだ片付けが
できない状況です。
机の上は後回しにして周囲から整理をしようと思います。
年末に知り合いから喪中のため新年のあいさつを辞退する
ハガキが年ごとに多くなります。
私だけでなく知り合いも年を重ねているわけで、その家族も
同じように年を重ねていますので、亡くなる方も増えています。
そんなことを考えて、年賀状代わりにではなく寒中見舞いとして
げんき通信を発送することにしました。
印刷は機械がしてくれますが、折る作業は手作業でしか
できません、これが一番時間がかかりますので早目、早目の
準備をしています。
そして、一般社団法人えこーの賛助会費を頂いた方にお礼状を
同封しようと思っています、こちらの文章の作成も年内に
終わらせようと思います。
予想外と言えば失礼に聞こえるかもしれませんが、ありがたいことに
こちらが考えていた以上の方から賛助会費をいただき、運営面で
ずいぶん楽になりそうです。
年の暮れに人の情けをしみじみ感じて感謝する気持ちと、いただいた
会費を有効に使わせていただき、相談者が少しでも楽になるように
わずかでも笑顔が増えるように活動をしていかなければと痛感しています。
明日の午前中に孫が二人やってきます、来たら来たで手がかからない
と言っても何かしら時間をとられます、それも嬉しいのですが・・・・・。
まだまだ部屋の掃除もありますし、小さい犬の部屋の掃除、溜まっている
書類の整理と、年末にけじめをつけておかないと、この先ずっと
出来ない気がしていますので、孫の手も借りて・・・・・・甘いことを
考えています。
Posted by いとう茂 at
21:07
│Comments(0)
2019年12月27日
残りが100時間を・・・・
今年も4日余り、100時間を切りました。
毎年この時期になると1年を振り返りますが、あの時ああしとけば、
何であんなことを言ったんやろ、もうちょっと他に方法が、
そんな悔いとも反省ともつかない思いがあります。
悔しい思いもありました、それは周囲からの
心無いというのか勝手な思い込みと言うのか、突然
手紙が来て、読むと・・・・・事実誤認も甚だしい・・・・
その後はメールでくどいほどの罵詈雑言・・・・すべて無視!
そんなことで説明するのも馬鹿馬鹿しくなりずっと無言を通しました。
その人の本性を見た気持ちになりました。
この人にはこれからは心を開くのはやめよう、ずいぶん過激な
決断をしました。
悔しさはこの出来事がダントツです。
悲しいことを振り返ると・・・・・。
こちらはいくつかあります、可愛がってもらった叔父が亡くなったこと。
問題行動の相談で、日本語が通じなかったこと、小学生でも
理解できることが分かってもらえず、その後も誹謗中傷が
続きました、5か月が経ってようやく収まった感がありますが、
詳しく書けませんが、えっ、そんなことで・・・・・・。
というレベルの事で、よく切れずに耐えられたと思います。
嬉しかったことは・・・・・・。
議員を退任、所属していた会を退会、どちらも私のわがままに
近い形で辞めたのに、慰労会と送別会を開催してもらいました。
これは照れくさいが半分入っていますが・・・・・。
えこ~を一般社団法人にできたこと、そして、多くの人が
賛助会員になってくれたこと。
人の情けが身に沁みました。
読書の時間が取れたのも嬉しい事でした、老眼鏡がないと
読めないのは悲しい事ですが・・・・・。
そして・・・・何より元気で新しい年を迎えられそうなこと、
今年も3回の献血に協力できました、残り4年余りで
協力できなくなることは寂しい事ですが・・・・・・。
悔いではありませんが、残念なことは無職老人であるのに
四国遍路に一度も行けなかったことです。
お大師さんは無職の老人はあまり好きでないのか、こちらが
忙しくしている時に限って、四国に来なさいと仰います。
ちゃんと定職に就いてお金が入ったらまた呼んで下さるでしょ。
良いのか悪いのか分かりませんが、感情の振れ幅が小さく
なったように思います、許せないほどの怒りよりもじわっと来る
怒り、深い悲しみよりも細い針が音もなく突き刺さっていくような
悲しみ、爆発するような喜びよりもじわじわ沁みこんでくる喜び、
どんどん沈む底なしの寂しさは感じなかったように思いますが、
激と言うもの烈というものが少ないように感じています。
これも前期高齢者になったからでしょうか。
毎年この時期になると1年を振り返りますが、あの時ああしとけば、
何であんなことを言ったんやろ、もうちょっと他に方法が、
そんな悔いとも反省ともつかない思いがあります。
悔しい思いもありました、それは周囲からの
心無いというのか勝手な思い込みと言うのか、突然
手紙が来て、読むと・・・・・事実誤認も甚だしい・・・・
その後はメールでくどいほどの罵詈雑言・・・・すべて無視!
そんなことで説明するのも馬鹿馬鹿しくなりずっと無言を通しました。
その人の本性を見た気持ちになりました。
この人にはこれからは心を開くのはやめよう、ずいぶん過激な
決断をしました。
悔しさはこの出来事がダントツです。
悲しいことを振り返ると・・・・・。
こちらはいくつかあります、可愛がってもらった叔父が亡くなったこと。
問題行動の相談で、日本語が通じなかったこと、小学生でも
理解できることが分かってもらえず、その後も誹謗中傷が
続きました、5か月が経ってようやく収まった感がありますが、
詳しく書けませんが、えっ、そんなことで・・・・・・。
というレベルの事で、よく切れずに耐えられたと思います。
嬉しかったことは・・・・・・。
議員を退任、所属していた会を退会、どちらも私のわがままに
近い形で辞めたのに、慰労会と送別会を開催してもらいました。
これは照れくさいが半分入っていますが・・・・・。
えこ~を一般社団法人にできたこと、そして、多くの人が
賛助会員になってくれたこと。
人の情けが身に沁みました。
読書の時間が取れたのも嬉しい事でした、老眼鏡がないと
読めないのは悲しい事ですが・・・・・。
そして・・・・何より元気で新しい年を迎えられそうなこと、
今年も3回の献血に協力できました、残り4年余りで
協力できなくなることは寂しい事ですが・・・・・・。
悔いではありませんが、残念なことは無職老人であるのに
四国遍路に一度も行けなかったことです。
お大師さんは無職の老人はあまり好きでないのか、こちらが
忙しくしている時に限って、四国に来なさいと仰います。
ちゃんと定職に就いてお金が入ったらまた呼んで下さるでしょ。
良いのか悪いのか分かりませんが、感情の振れ幅が小さく
なったように思います、許せないほどの怒りよりもじわっと来る
怒り、深い悲しみよりも細い針が音もなく突き刺さっていくような
悲しみ、爆発するような喜びよりもじわじわ沁みこんでくる喜び、
どんどん沈む底なしの寂しさは感じなかったように思いますが、
激と言うもの烈というものが少ないように感じています。
これも前期高齢者になったからでしょうか。
Posted by いとう茂 at
21:41
│Comments(0)