2019年01月31日
成長しなきゃ
火曜日は一昨年から始めた和太鼓講座の修了生、
全員ではありませんが有志が10名あまり講座の後も、
和太鼓を続けたいと希望したので開いている練習会でした。
昨日は子どもの部の練習と従来からの石鹿太鼓の練習会、
昼間はひきこもりや不登校等の相談と、火・水の夜は身動きが
とれない状態で会議や懇親会は極力断って、こちらに力を入れて
いるのが現状です。
子どもの方は昨日も5年生が一人入ってきました。
学校とは違う学年の枠を越えた交流があり、教室とは違う顔の
子どもたちがいると思います、こんなことも27年目に入ります。
毎年6年生までの子どもを見てきましたが、年によって
子どもたちも随分違うのを実感してきました。
話を聞ける子どもが多い年、少ない年、落ち着いた雰囲気の年、
騒がしい年、リーダーがまとめる年、まとまりがない年と
様々な年がありました。
子どもの和太鼓サークルは市内でもいくつかありますが、その中で
一番うまい演奏をしてほしいとは思っていません。
みんなでまとまりのある演奏をしてくれればいいと思っています。
ですから、遅れている子どもには叩けない指導をしたり子ども同士で
教え合いをさせて追いつかせるようにしています。
3年生から入会できますので、2年、3年と続けている子どもと
昨年入った子どもではバラつきがありますが、そんな中でも
1年目の子どもは自分なりに家で練習をしてきて、追いつこうとする
姿勢が見えるのが何より嬉しいことで、どんな習い事に行っても
続かないのに太鼓だけは楽しみにしているようで、早く行きたいと
いつも家で言っています、親からこんな話を聞くと思わず顔が
ほころびます。
大勢で叩くと音が消されたり、叩き忘れても分かりませんが、
一人で叩くと自分の力の再確認にもなりますし、しっかり覚える
ようになります、限られた時間の中ですので特定の子どもにだけ時間を
かけることは、周りが遊んでしまうのでなるべく避けています。
それでも、子どもたちは一人ずつ叩くテストをしてくれと希望することが
よくあります、全員が合格するわけではなく次週に持ち越しという子どもも
それなりにいますが、そうすることで追いつこうと練習してくるのか、
次週にはいきなりテスト、テストのコールが始まります。
悪い所を指摘する前に良い所を褒めたり、先に悪い所を指摘してから
褒めたりと顔を見て決めています。
成長のスピードはそれぞれ違いますが、ほんの少しの気づき、
コツというのでしょうか、それを覚えるのと周囲からの刺激で
思わぬ飛躍があることも経験として積んできました。
このことをもっと高い視点から生かして子どもたちの可能性を引き出したり
自信をもって生きられる自己を形成できる指導につなげられたら・・・・。
こちらも成長しないと・・・・・自戒です。
全員ではありませんが有志が10名あまり講座の後も、
和太鼓を続けたいと希望したので開いている練習会でした。
昨日は子どもの部の練習と従来からの石鹿太鼓の練習会、
昼間はひきこもりや不登校等の相談と、火・水の夜は身動きが
とれない状態で会議や懇親会は極力断って、こちらに力を入れて
いるのが現状です。
子どもの方は昨日も5年生が一人入ってきました。
学校とは違う学年の枠を越えた交流があり、教室とは違う顔の
子どもたちがいると思います、こんなことも27年目に入ります。
毎年6年生までの子どもを見てきましたが、年によって
子どもたちも随分違うのを実感してきました。
話を聞ける子どもが多い年、少ない年、落ち着いた雰囲気の年、
騒がしい年、リーダーがまとめる年、まとまりがない年と
様々な年がありました。
子どもの和太鼓サークルは市内でもいくつかありますが、その中で
一番うまい演奏をしてほしいとは思っていません。
みんなでまとまりのある演奏をしてくれればいいと思っています。
ですから、遅れている子どもには叩けない指導をしたり子ども同士で
教え合いをさせて追いつかせるようにしています。
3年生から入会できますので、2年、3年と続けている子どもと
昨年入った子どもではバラつきがありますが、そんな中でも
1年目の子どもは自分なりに家で練習をしてきて、追いつこうとする
姿勢が見えるのが何より嬉しいことで、どんな習い事に行っても
続かないのに太鼓だけは楽しみにしているようで、早く行きたいと
いつも家で言っています、親からこんな話を聞くと思わず顔が
ほころびます。
大勢で叩くと音が消されたり、叩き忘れても分かりませんが、
一人で叩くと自分の力の再確認にもなりますし、しっかり覚える
ようになります、限られた時間の中ですので特定の子どもにだけ時間を
かけることは、周りが遊んでしまうのでなるべく避けています。
それでも、子どもたちは一人ずつ叩くテストをしてくれと希望することが
よくあります、全員が合格するわけではなく次週に持ち越しという子どもも
それなりにいますが、そうすることで追いつこうと練習してくるのか、
次週にはいきなりテスト、テストのコールが始まります。
悪い所を指摘する前に良い所を褒めたり、先に悪い所を指摘してから
褒めたりと顔を見て決めています。
成長のスピードはそれぞれ違いますが、ほんの少しの気づき、
コツというのでしょうか、それを覚えるのと周囲からの刺激で
思わぬ飛躍があることも経験として積んできました。
このことをもっと高い視点から生かして子どもたちの可能性を引き出したり
自信をもって生きられる自己を形成できる指導につなげられたら・・・・。
こちらも成長しないと・・・・・自戒です。
Posted by いとう茂 at
20:39
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2019年01月30日
回復、快復、癒える
気になる言葉でいまさら人に聞けない、そんな単語や熟語が
時々出てきます。
回復と快復もそうでした、多くの人は使い方が分かって
ちゃんと使い分けをしているのでしょうが・・・・・・。
回復とは悪い状態になったものが、もとの状態に戻ること。
また、もとの状態に戻すこと。
ケガが回復した、景気が回復した、病気が回復した・・・・・。
快復は病気やケガが完全に治る場合にのみ使います、
全快、快気祝いなどは、病気が完全に治るという意味です。
快方に向かうも同じ意味での使用になるのでしょう。
狭い意味での健康、体に傷や病気がなく日々の生活で
体を動かしても、それほど苦労しない状態の人を健康と
呼びます、ありがたいことなのですが、逆説的な諺もあります。
健康な人は自分の健康に気がつかない。
病人だけが健康を知っている。
健康な人には病気になるという心配があるが、
病人には回復するという楽しみがある。
好事魔多しを再確認させるためのものだと認識している方が、
大きなケガをせずに済むように思います。
回復、快復と似たような意味の言葉に癒えるがあります。
癒えるは病気や傷がよくなる。なおる。
悲しみや苦しみがおさまる。
景気が癒えるとは言いませんので、回復とは違う使い方ですし、
病気に限定されている快復とも違います。
個人的な印象は見た目よりも内部がよくなる、深い心の
キズが癒える、側にいてほっとする人を癒し系と呼んだりもします。
ただ、快復のような全快、完治のイメージはありません。
そこに触ると傷口がジクジク痛む、まだ全力で何かをすることは
できない、自分を振り返っての客観的な判断、そんなところです。
今日は「えこ~」の日でした、不登校対策に取り組んでいる方が
顔を出してくれ、いろいろと話をしました。
不登校になった理由は人それぞれ、いじめや虐待もあります。
そうした人がもう一度社会で出番を迎える、その人の心の
傷は癒えたのか、決して快復したとは言えない不安定な心を
持って前向きに生きる道を選んだのだと推察します。
心は厄介なものになることもあります、こうすればいいと頭では
分かっていても心が邪魔をしたり制止させてしまう、そして、
そうした状態から抜けるのは自分の気づき、意識しかない
それもちゃんと分っている場合が多く、周囲の対応もそのあたりが難しい
ところで、気長に、急がず、慌てず、見守る姿勢を貫く、目も心も
離さない気持ちをもって・・・・・。
時々出てきます。
回復と快復もそうでした、多くの人は使い方が分かって
ちゃんと使い分けをしているのでしょうが・・・・・・。
回復とは悪い状態になったものが、もとの状態に戻ること。
また、もとの状態に戻すこと。
ケガが回復した、景気が回復した、病気が回復した・・・・・。
快復は病気やケガが完全に治る場合にのみ使います、
全快、快気祝いなどは、病気が完全に治るという意味です。
快方に向かうも同じ意味での使用になるのでしょう。
狭い意味での健康、体に傷や病気がなく日々の生活で
体を動かしても、それほど苦労しない状態の人を健康と
呼びます、ありがたいことなのですが、逆説的な諺もあります。
健康な人は自分の健康に気がつかない。
病人だけが健康を知っている。
健康な人には病気になるという心配があるが、
病人には回復するという楽しみがある。
好事魔多しを再確認させるためのものだと認識している方が、
大きなケガをせずに済むように思います。
回復、快復と似たような意味の言葉に癒えるがあります。
癒えるは病気や傷がよくなる。なおる。
悲しみや苦しみがおさまる。
景気が癒えるとは言いませんので、回復とは違う使い方ですし、
病気に限定されている快復とも違います。
個人的な印象は見た目よりも内部がよくなる、深い心の
キズが癒える、側にいてほっとする人を癒し系と呼んだりもします。
ただ、快復のような全快、完治のイメージはありません。
そこに触ると傷口がジクジク痛む、まだ全力で何かをすることは
できない、自分を振り返っての客観的な判断、そんなところです。
今日は「えこ~」の日でした、不登校対策に取り組んでいる方が
顔を出してくれ、いろいろと話をしました。
不登校になった理由は人それぞれ、いじめや虐待もあります。
そうした人がもう一度社会で出番を迎える、その人の心の
傷は癒えたのか、決して快復したとは言えない不安定な心を
持って前向きに生きる道を選んだのだと推察します。
心は厄介なものになることもあります、こうすればいいと頭では
分かっていても心が邪魔をしたり制止させてしまう、そして、
そうした状態から抜けるのは自分の気づき、意識しかない
それもちゃんと分っている場合が多く、周囲の対応もそのあたりが難しい
ところで、気長に、急がず、慌てず、見守る姿勢を貫く、目も心も
離さない気持ちをもって・・・・・。
Posted by いとう茂 at
22:46
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2019年01月29日
雪が降っています
1月20日から24節気の大寒を迎え、1年で一番寒い季節と
言われている通り、寒さが身に染みる日が続いています。
地域によっては豪雪で支障が出ているところもあります。
24節気の最後を飾るのはこの厳しい寒さで、2月3日までが
大寒とされ、24節気の1番目の立春は2月4日、名ばかりですが
春の始まりで、庭の梅がほころんできます。
昨夜は夜中に雨音が聞こえていました、暖かい朝になるのかと
期待して夢に飲み込まれましたが、緑のお爺さんに行くころには
雪がちらつき始め、期待が外れたのと、子どもたちも肩を
縮めての登校になりました。
市役所に向かう途中、三井寺の山門にもうっすら雪が積もり、
もの悲しさを演出しているようでした。
議員の控室から見える山にも雪が積もっています、山を白く
覆うような雪ではありませんが、淡雪と呼ぶにはまだまだ早い、
寒さを誘う雪です。
子どものころは、もっと雪が降っていた印象があります、雪が
積もると必ずと言っていいほど雪だるまが出現します。
時代が変わっても変わらぬ心があるのでしょうか。
雪が積もると、それまで見えていた景色や建物が白く覆われて
もとの形が変わってしまいます。
隠ぺいと言われる事件も、雪のように覆い隠すことでその場を
しのぎますが、いずれ雪解けと同じように衆人の目の前に
さらされるのが常で、論語の教えの、小人の過(あやま)つや、
必ず文(かざ)る。
つまらない人が失敗をすると、必ずあれこれ言い訳をする。
が、テレビなどで報道されています。
豪雪地帯は別にして、昔ほど雪が降らなくなったのは温暖化の
影響だと思いますが、自然が隠ぺいを減らし説明責任を果たしている、
そんな図式は成立しないのでしょうか。
人の世もこうありたい、そんなことの気づきです。
言われている通り、寒さが身に染みる日が続いています。
地域によっては豪雪で支障が出ているところもあります。
24節気の最後を飾るのはこの厳しい寒さで、2月3日までが
大寒とされ、24節気の1番目の立春は2月4日、名ばかりですが
春の始まりで、庭の梅がほころんできます。
昨夜は夜中に雨音が聞こえていました、暖かい朝になるのかと
期待して夢に飲み込まれましたが、緑のお爺さんに行くころには
雪がちらつき始め、期待が外れたのと、子どもたちも肩を
縮めての登校になりました。
市役所に向かう途中、三井寺の山門にもうっすら雪が積もり、
もの悲しさを演出しているようでした。
議員の控室から見える山にも雪が積もっています、山を白く
覆うような雪ではありませんが、淡雪と呼ぶにはまだまだ早い、
寒さを誘う雪です。
子どものころは、もっと雪が降っていた印象があります、雪が
積もると必ずと言っていいほど雪だるまが出現します。
時代が変わっても変わらぬ心があるのでしょうか。
雪が積もると、それまで見えていた景色や建物が白く覆われて
もとの形が変わってしまいます。
隠ぺいと言われる事件も、雪のように覆い隠すことでその場を
しのぎますが、いずれ雪解けと同じように衆人の目の前に
さらされるのが常で、論語の教えの、小人の過(あやま)つや、
必ず文(かざ)る。
つまらない人が失敗をすると、必ずあれこれ言い訳をする。
が、テレビなどで報道されています。
豪雪地帯は別にして、昔ほど雪が降らなくなったのは温暖化の
影響だと思いますが、自然が隠ぺいを減らし説明責任を果たしている、
そんな図式は成立しないのでしょうか。
人の世もこうありたい、そんなことの気づきです。
Posted by いとう茂 at
23:08
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2019年01月28日
嬉しい問い合わせ
昨日、知り合いの方から電話がありました。
「ご無沙汰しています、伊藤さん、保護司やったね」
「はい、保護司をやってます」
「私の事やないんやけど、知り合いがな飲食店を経営してて
職人を育てたいという事で人を探してるんやけど、思うような
人が見つからなくて、というよりも続かないようで相談が
あったんやけど、罪を犯した人でやる気がある人がいないか、
学歴とか関係なしで、手に職をつけていずれは独立して
商売をしてほしいから、そういう方面に詳しい人を紹介して
もらえないかという事やったんで電話をさしてもらったの」
「ありがとうございます、保護観察期間中か、保護観察が
終わった人がいいのかどっちですか」
「どう違うのか私はわからないけど、とにかくやる気のある
人を希望してるみたいやで」
「保護観察中なら保護司がつきますけど、期間が終了したら
保護司はつきません、保護司がついている方が相談もできるし、
そっちの方がいいのと違いますか、それに期間が終了した人に
アプローチするのは場合によっては個人情報の関係で難しかったり
問題が出ることもありますよ」
「それは、伊藤さんに任せるわ、とにかく厳しくしっかり教えるので
それに耐えられる人を希望という事やったよ、別に経営者が
意地悪とかそんなことはないんでまじめに仕事に取り組んでくれたら
寝るところも用意するという事やったわ」
「それはありがたい話ですね、いくつか当たってみますので
少し時間をください」
こんな内容の会話でした、今朝から観察所、ハローワーク、
先輩の保護司に相談していくつか方法が見つかりました。
ハローワークはとにかく求人票を出してくれという事で、
それをもとにして、更生を目指す人に紹介していくという話で、
先輩の保護司からは店があるエリアの中で、協力雇用主で
保護司をしている人を紹介するという事でした。
経営者自身も昔はやんちゃで、親に迷惑をかけた経験が
何度かあったようで、自分も厳しく鍛えられて仕事を覚えて
今があるので、第2、第3の自分を育てたいと思ったのでしょうか。
いずれにしても朗報です、この話がうまくまとまることを願います。
あまり表に出せる話ではありませんの、詳しい内容は伏せましたが
犯罪者の更生について理解ある人が増えて行けば犯罪件数の
減少にもつながります、犯罪がない社会が理想ですが、それには
再犯をさせない環境づくりも必要です。
「ご無沙汰しています、伊藤さん、保護司やったね」
「はい、保護司をやってます」
「私の事やないんやけど、知り合いがな飲食店を経営してて
職人を育てたいという事で人を探してるんやけど、思うような
人が見つからなくて、というよりも続かないようで相談が
あったんやけど、罪を犯した人でやる気がある人がいないか、
学歴とか関係なしで、手に職をつけていずれは独立して
商売をしてほしいから、そういう方面に詳しい人を紹介して
もらえないかという事やったんで電話をさしてもらったの」
「ありがとうございます、保護観察期間中か、保護観察が
終わった人がいいのかどっちですか」
「どう違うのか私はわからないけど、とにかくやる気のある
人を希望してるみたいやで」
「保護観察中なら保護司がつきますけど、期間が終了したら
保護司はつきません、保護司がついている方が相談もできるし、
そっちの方がいいのと違いますか、それに期間が終了した人に
アプローチするのは場合によっては個人情報の関係で難しかったり
問題が出ることもありますよ」
「それは、伊藤さんに任せるわ、とにかく厳しくしっかり教えるので
それに耐えられる人を希望という事やったよ、別に経営者が
意地悪とかそんなことはないんでまじめに仕事に取り組んでくれたら
寝るところも用意するという事やったわ」
「それはありがたい話ですね、いくつか当たってみますので
少し時間をください」
こんな内容の会話でした、今朝から観察所、ハローワーク、
先輩の保護司に相談していくつか方法が見つかりました。
ハローワークはとにかく求人票を出してくれという事で、
それをもとにして、更生を目指す人に紹介していくという話で、
先輩の保護司からは店があるエリアの中で、協力雇用主で
保護司をしている人を紹介するという事でした。
経営者自身も昔はやんちゃで、親に迷惑をかけた経験が
何度かあったようで、自分も厳しく鍛えられて仕事を覚えて
今があるので、第2、第3の自分を育てたいと思ったのでしょうか。
いずれにしても朗報です、この話がうまくまとまることを願います。
あまり表に出せる話ではありませんの、詳しい内容は伏せましたが
犯罪者の更生について理解ある人が増えて行けば犯罪件数の
減少にもつながります、犯罪がない社会が理想ですが、それには
再犯をさせない環境づくりも必要です。
Posted by いとう茂 at
21:53
│Comments(0)
2019年01月26日
中部会新年の研修会②
昨日に続いて奈良少年刑務所に服役している
27歳の受刑者の手記を紹介します。
「玉子焼き」
僕の好きな食べ物は、母親の作ってくれた玉子焼きです。
しかも冷めた物です。
母親は僕が小さいころから勤めに出ていて、学校から
帰ってきても家には誰もいなくて貧乏暮らしという事もあり、
おやつなんかもありませんでした。
あるのは母親が出勤前に作って置いてくれた
玉子焼きだけでした。
僕はそれを毎日おやつがわりに食べていたのです。
それを友達に笑われ、貧乏暮らしとバカにされた事で、
母親の気持ちも知らず毎日ゴミ箱にすてるようになったある日、
玉子焼きがなくなりおかしがありました。
うれしいはずが涙が出て、食べても寂しいだけでした。
僕にしたらどんな美味しいおかしよりも、母の作ってくれた
冷めた玉子焼きが心あたたまる食べ物なのです。
それで今でもそれが大好物です。
27歳の受刑者の手記を紹介します。
「玉子焼き」
僕の好きな食べ物は、母親の作ってくれた玉子焼きです。
しかも冷めた物です。
母親は僕が小さいころから勤めに出ていて、学校から
帰ってきても家には誰もいなくて貧乏暮らしという事もあり、
おやつなんかもありませんでした。
あるのは母親が出勤前に作って置いてくれた
玉子焼きだけでした。
僕はそれを毎日おやつがわりに食べていたのです。
それを友達に笑われ、貧乏暮らしとバカにされた事で、
母親の気持ちも知らず毎日ゴミ箱にすてるようになったある日、
玉子焼きがなくなりおかしがありました。
うれしいはずが涙が出て、食べても寂しいだけでした。
僕にしたらどんな美味しいおかしよりも、母の作ってくれた
冷めた玉子焼きが心あたたまる食べ物なのです。
それで今でもそれが大好物です。
Posted by いとう茂 at
10:20
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