2015年11月05日

雨は悪者?

天気予報では今週末から下り坂ということです。
画面は見ずに音声だけを聞いていました、聞きなれた言葉で、すぅーと
耳に入り、週末は雨か、伯母の四十九日の法要が土曜日にありますので
天気予報が外れるといい、そう思っていました。
ここまでは普通の日常の出来事です。

引っかかったのは、布団に入ってからでした。
今週末から下り坂?
そういえば天気が悪いという言葉もあるなぁ。
だったら、雨は悪で晴れは善なのかぁ?
雨から晴れに向かうことを上り坂って言ったかなぁ。

晴耕雨読という言葉があります。
あるがままに生きる、悠々自適に似た意味そんな感覚です。
晴れた日は働き、雨の日は休む。
解釈をひねると晴れた日は体を鍛え雨の日は心を養う。
晴耕雨読の晴れと雨はどちらも悪い意味として使われていません。
いつの頃から雨が悪になったのかは分かりません。

雨が望んだことでもないのに、天気予報では回復という言葉も
よく耳にします、この言葉は雨にとっては悪を決定する、まさに
だめ押しでしょう。
ゲリラ豪雨は悪ですが、その原因はもしかすると人間が作っているかもしれません。

子供の頃に梅雨に雨が降るとお百姓さんが喜ぶということを聞きました。
風が吹けば桶屋が儲かるではありませんが、悪の雨を喜ぶお百姓さんも悪になるのか?
ここまでくると少し馬鹿らしくなりますが、週末に雨が降っても、洗濯物が干せない、
出かけるのに鬱陶しい、せっかくのイベントが台無し、晴れ着が濡れる。
思うのは自由ですがゆめゆめ雨を悪く思ったり、恨めしく思わないでください。
お足もとがお悪い中ですが、お気をつけてお出かけください。

降る雨は、人間が祈ろうが祈るまいが、降るだけは降る。
山頭火もそう言っています。
365日、自分たちの都合で物事を決め、好きなことをしている人間。
宇宙の手のひらでコロコロされているのに気づかず、もっと便利に、
もっと儲けたい、小さなソロバンばかりはじいている多くの人間。
雨に責任はありません、もしかすると、傲慢になった人間を戒めているのでしょうか?

Posted by いとう茂 at 12:29│Comments(0)
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