2019年11月05日
面白い話⑳
今日はかなり長くなりますが、安岡正篤さんの
訳された小説のコピーですから編集は楽でした。
アメリカのナサニエル・ホーソーンという人の短編小説の
後ろの方です。
村にある大きな岩は人の顔に似ており、村にはいつか
この岩に似た顔の偉大な人が現れるという言い伝えがあり、
主人公のアーネストはつつましく貧しい暮らしの中で、
毎日、毎日、何十年もその岩を眺めて偉大な人が現れるのを
待っています。
何人か、そうした人が来るのですがそのたびにアーネストは
失望してしまいます。
時が経って谷間の人々の心が冷静になると、彼等は
ブラッド・アンド・サンダー将軍の獰猛な人相と山腹の優しい
顔との間に類似があると想像した誤りを認めました。
しかし今度は一人の政治家が出てきました。
彼は雄弁で、どんなことを取り上げても、邪も正に見え、
正も邪に見えました。
彼の雄弁はついに彼を大統領に選ぶようにと彼の国の人々を
説きつけました。
彼の礼賛者たちは深い感銘を受け、この有名な紳士を迎えるための
盛大な準備がされました。
すべての人々は仕事を止め、彼が通るのを見るため、路傍に
沿って集まりました。
これらの人々の中にアーネストいました。
再三失望したけれども、彼は何でも美しく思われるもの、善いと
思われるものを、いつでも進んで信用しました。
彼は絶えず胸襟を開いていました。
そこで、今度もまた、「巨巌の顔」の似顔を見るために出かけて行きました。
四頭の白馬に引かれた無蓋の四人乗りの四輪馬車がやってきました。
馬車のなかには大きな顔の有名な政治家が座っていました。
しかしアーネストは憂欝になり、ほとんど落胆して眼をそらしました。
彼の数々の失望の中で、これがもっとも悲しいものでした。
しかし「見よ、私はここにいる。 アーネストよ」と、やはり優しい顔は
言うようなきがしました。
「私はお前より長く待っていた。 でも私は待ちくたびれはしない。
心配するな。 予言の人は現れるだろう」。
歳月は白髪をもたらし、彼の顔には皺を、また頬にも深い筋を創りました。
しかしいたずらに年を取ったのではありません。
アーネストは無名の人物ではなくなりました。
求めずして、衒わずして、多くの人々が遠近から慕いよってきました。
共に語り合っていると、アーネストの顔は知らず知らず輝いて、
彼等を照らすのでした。
そして充ち足りた思いで、客たちは帰途につきました。
谷間を登って行きながら、「巨巌の顔」を仰ぎ、この顔に似た人間を
どこかで見たが、どこで見たのか思い出せないと考えました。
この地に一人の詩人が来ました。
彼もこの谷間で生まれたが、遠くで生涯の大部分を過ごしていたけれども、
彼が幼少のころ見慣れていた山々が、彼の詩の中に、
その雪を頂いた峰をしばしばもたげるのでした。
「巨巌の顔」も、忘れられてはいませんでした。
詩人はそれを抒情詩のなかで褒め讃えていたからです。
詩は雄大で「巨巌の顔」自身の唇から詠われたと思われるほどでした。
詩人の作品はアーネストのところまで伝わっていました。
彼は百姓家の入口に腰をおろして、それを読みました。
彼は魂をゆさぶる詩の一節一節を読みながら、眼をあげて、
巨大な顔を眺めるのでした。
「おお、尊厳なる友よ」と、彼は「巨巌の顔」に呼びかけました。
「この詩人は、あなた似てもはずかしいことはないのではないか」
「巨巌の顔」は微笑するようにも見えたが、一言も答えませんでした。
ある日、詩人はアーネストのことを噂に聞いて、是非この人に
会いたいと汽車に乗って出かけました。
彼とアーネストとは語り合いました。
詩人はこれまで機智に富んだ人々や賢明な人々と交際してきたが、
アーネストのような人と交際したことは一度もありませんでした。
彼の思想感情は非常に自然に淀みなく湧き出しました。
そして偉大な真理を単純に言い表して、それを親しみやすいものにしました。
一方アーネストはその詩人によっていたく感激させられました。
「あなたは、どなたですか。 天賦の才あるお客様」と彼は言いました。
詩人はアーネストが読んでいた本を指差しました。
「あなたは、これらの詩をお読みになりましたね。
では、あなたは私をご存知です。-私がそれらをそれらを書いたのですから」
アーネストは詩人の眼鼻をじっと見ました。
それから、「巨巌の顔」の方に向き、合点のゆかぬ顔つきで客を見ました。
彼は頭を振り、溜息をつきました。 彼は頭を振り、溜息をつきました。
「なぜ貴方は憂欝なのですか」と詩人は尋ねました。
アーネストは答えました。
「私はずっと、予言の実現されるのを待っていました。
私はこれらの詩を読んだ時に、予言は貴方が実現して下さるんだと望んでおりました」
詩人は微かに微笑みながら答えました。
「アーネストさん、私はあそこに見える慈悲深い威厳のある姿によって
表されるだけの価値は、決してありません」
長い間の習慣で、日没後にアーネストは戸外で、近所に住む人々に
説教することになっていました。
彼と詩人は腕を組みあって語りつつそこへ行きました。
それは山間のささやかな片隅でうしろには灰色の絶望がありました。
その自然の教壇へアーネストはのぼりました。
そして語りはじめました。
この教師の口から発せられるのは生命の言葉でした。
耳を傾けていると、アーネストの生涯と人格とは、それまでに
書いたことがないほど高尚な調子の詩であると、
詩人は抑えきれない衝動に駆られて叫びました。
「見よ。 アーネストこそ、『巨巌の顔』の写しだ!」
人々は驚いて、じっと見比べました。
そして詩人の言ったことが真実だと分かりました。
予言は実現されたのです。
しかしアーネストは、演説を終わってしまうと、詩人の腕を取り、
ゆっくりと家の方に歩いてゆきました。
そして、誰か彼よりも賢明で、徳のすぐれた人が、
「巨巌の顔」に似た姿で、程なく現れるだろうと、いつもの通り望んでいました。
どんな感想をお持ちになったかは、人それぞれだと思います。
改めて自分と対比してしまいました・・・・・反省、謙虚。
訳された小説のコピーですから編集は楽でした。
アメリカのナサニエル・ホーソーンという人の短編小説の
後ろの方です。
村にある大きな岩は人の顔に似ており、村にはいつか
この岩に似た顔の偉大な人が現れるという言い伝えがあり、
主人公のアーネストはつつましく貧しい暮らしの中で、
毎日、毎日、何十年もその岩を眺めて偉大な人が現れるのを
待っています。
何人か、そうした人が来るのですがそのたびにアーネストは
失望してしまいます。
時が経って谷間の人々の心が冷静になると、彼等は
ブラッド・アンド・サンダー将軍の獰猛な人相と山腹の優しい
顔との間に類似があると想像した誤りを認めました。
しかし今度は一人の政治家が出てきました。
彼は雄弁で、どんなことを取り上げても、邪も正に見え、
正も邪に見えました。
彼の雄弁はついに彼を大統領に選ぶようにと彼の国の人々を
説きつけました。
彼の礼賛者たちは深い感銘を受け、この有名な紳士を迎えるための
盛大な準備がされました。
すべての人々は仕事を止め、彼が通るのを見るため、路傍に
沿って集まりました。
これらの人々の中にアーネストいました。
再三失望したけれども、彼は何でも美しく思われるもの、善いと
思われるものを、いつでも進んで信用しました。
彼は絶えず胸襟を開いていました。
そこで、今度もまた、「巨巌の顔」の似顔を見るために出かけて行きました。
四頭の白馬に引かれた無蓋の四人乗りの四輪馬車がやってきました。
馬車のなかには大きな顔の有名な政治家が座っていました。
しかしアーネストは憂欝になり、ほとんど落胆して眼をそらしました。
彼の数々の失望の中で、これがもっとも悲しいものでした。
しかし「見よ、私はここにいる。 アーネストよ」と、やはり優しい顔は
言うようなきがしました。
「私はお前より長く待っていた。 でも私は待ちくたびれはしない。
心配するな。 予言の人は現れるだろう」。
歳月は白髪をもたらし、彼の顔には皺を、また頬にも深い筋を創りました。
しかしいたずらに年を取ったのではありません。
アーネストは無名の人物ではなくなりました。
求めずして、衒わずして、多くの人々が遠近から慕いよってきました。
共に語り合っていると、アーネストの顔は知らず知らず輝いて、
彼等を照らすのでした。
そして充ち足りた思いで、客たちは帰途につきました。
谷間を登って行きながら、「巨巌の顔」を仰ぎ、この顔に似た人間を
どこかで見たが、どこで見たのか思い出せないと考えました。
この地に一人の詩人が来ました。
彼もこの谷間で生まれたが、遠くで生涯の大部分を過ごしていたけれども、
彼が幼少のころ見慣れていた山々が、彼の詩の中に、
その雪を頂いた峰をしばしばもたげるのでした。
「巨巌の顔」も、忘れられてはいませんでした。
詩人はそれを抒情詩のなかで褒め讃えていたからです。
詩は雄大で「巨巌の顔」自身の唇から詠われたと思われるほどでした。
詩人の作品はアーネストのところまで伝わっていました。
彼は百姓家の入口に腰をおろして、それを読みました。
彼は魂をゆさぶる詩の一節一節を読みながら、眼をあげて、
巨大な顔を眺めるのでした。
「おお、尊厳なる友よ」と、彼は「巨巌の顔」に呼びかけました。
「この詩人は、あなた似てもはずかしいことはないのではないか」
「巨巌の顔」は微笑するようにも見えたが、一言も答えませんでした。
ある日、詩人はアーネストのことを噂に聞いて、是非この人に
会いたいと汽車に乗って出かけました。
彼とアーネストとは語り合いました。
詩人はこれまで機智に富んだ人々や賢明な人々と交際してきたが、
アーネストのような人と交際したことは一度もありませんでした。
彼の思想感情は非常に自然に淀みなく湧き出しました。
そして偉大な真理を単純に言い表して、それを親しみやすいものにしました。
一方アーネストはその詩人によっていたく感激させられました。
「あなたは、どなたですか。 天賦の才あるお客様」と彼は言いました。
詩人はアーネストが読んでいた本を指差しました。
「あなたは、これらの詩をお読みになりましたね。
では、あなたは私をご存知です。-私がそれらをそれらを書いたのですから」
アーネストは詩人の眼鼻をじっと見ました。
それから、「巨巌の顔」の方に向き、合点のゆかぬ顔つきで客を見ました。
彼は頭を振り、溜息をつきました。 彼は頭を振り、溜息をつきました。
「なぜ貴方は憂欝なのですか」と詩人は尋ねました。
アーネストは答えました。
「私はずっと、予言の実現されるのを待っていました。
私はこれらの詩を読んだ時に、予言は貴方が実現して下さるんだと望んでおりました」
詩人は微かに微笑みながら答えました。
「アーネストさん、私はあそこに見える慈悲深い威厳のある姿によって
表されるだけの価値は、決してありません」
長い間の習慣で、日没後にアーネストは戸外で、近所に住む人々に
説教することになっていました。
彼と詩人は腕を組みあって語りつつそこへ行きました。
それは山間のささやかな片隅でうしろには灰色の絶望がありました。
その自然の教壇へアーネストはのぼりました。
そして語りはじめました。
この教師の口から発せられるのは生命の言葉でした。
耳を傾けていると、アーネストの生涯と人格とは、それまでに
書いたことがないほど高尚な調子の詩であると、
詩人は抑えきれない衝動に駆られて叫びました。
「見よ。 アーネストこそ、『巨巌の顔』の写しだ!」
人々は驚いて、じっと見比べました。
そして詩人の言ったことが真実だと分かりました。
予言は実現されたのです。
しかしアーネストは、演説を終わってしまうと、詩人の腕を取り、
ゆっくりと家の方に歩いてゆきました。
そして、誰か彼よりも賢明で、徳のすぐれた人が、
「巨巌の顔」に似た姿で、程なく現れるだろうと、いつもの通り望んでいました。
どんな感想をお持ちになったかは、人それぞれだと思います。
改めて自分と対比してしまいました・・・・・反省、謙虚。
Posted by いとう茂 at 21:55│Comments(0)