2021年08月21日

まだですわ

ひきこもりの面談をしていて、子を思う親の気持ちの強さに頭が
下がる思いの日が何度もあります。
子をもつ親として、自分はこれだけ子のことを心にかけて
生きてきただろうか、多少はじけたところがある子どもでしたので、
心配はしましたが、多くのひきこもりの子をもつ親のように
生活の中で四六時中気にしていたかと言えば・・・・・。
親として成長する機会を失ってきた、そんな気持ちに
なることもあり、まだまだですわ、としか言えません。
生きづらさとか発達障害と言えば簡単ですが、
いつ明けるか分からない闇でもがき苦しんでいる親や当事者、
長くひきこもってきた子どもを抱える親は、
気の遠くなる時間を暗い気持ちで過ごしてきています。
血を分けた我が子のために何ができるか、
その努力に比べたら凡人の苦しみとか悩みと言えば
今月は乗り切れるか・・・・。
もちろんそのことも大切なことだと思いますが・・・・・。
今月には結論が出ますし、大部分のことは
何とかなっていくものです。
親の子に対する愛情、なのだと考えればいいのかも
知れませんが、愛情を越えた執着、そんなものを
感じることもあります。

面談をしていてどこか他人事のように子どものことを話す
親もいます、実際に冷めている親もいるかも知れませんが、
それよりはるかに多い数の親は、もがき苦しんで疲れ果て、
その結果が冷めているように映るのだと思います。
もがき苦しんでいるのに、外からは「親が過保護すぎる」
「本人が甘えている」としか言われず、
これも親にとっては辛いことです。
「なりたくてひきこもっているんじゃない」
ひきこもり親子の本音だと思います。

そのことをどうすれば周りに理解してもらえるか、
自治体により差はあってもひきこもりの本人や
親に対しての支援は行われています。
しかし、押しなべてひきこもりへの理解を求める
啓発については、まだまだ不十分だと痛感しています。

Posted by いとう茂 at 19:47│Comments(0)
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