2022年12月26日
鬼が笑うかも知れませんが
今年も残り1週間を切りました。
暑い時期の記憶はあるのですが、涼しくなった時期の記憶があまりありません。
月の満ち欠けを肌寒い思いで眺めていたことくらい・・・かな。
来年のことを言うと鬼が笑うと言いますが、1月と3月に嬉しい予定が入りました。
1月は地元の幼稚園児の前で太鼓の演奏と、園児に太鼓を叩いてもらいます。
これは幼稚園の行事で25年以上前から続いています。
この行事そのものよりも現在は闘病中ですが、
30年近く一緒に太鼓を叩いてきた仲間が、叩きたいと言ったことです。
人前で一緒に演奏したのは4年ほど前が最後で、その間もずっと病と闘ってきました。
石鹿太鼓ができて早い時期から一緒に演奏をしてきたメンバーは、
私を入れて4名になっています。
この4名だけで叩く最後の機会が1月にあるかも知れない、
これを逃すともう二度と4名が叩くことはないと、誰もが分かっています。
叩く曲は闘病中の仲間に合わせて選びたいと思っています。
実現する可能性は半分あるかどうか、
1年が過ぎるのが早いと言っていられるのは自分が健康だからかもしれません。
医師からもそれなりのことを告げられている、
闘病中の人間にすれば一日、一日が目覚めた喜びと眠る不安の連続かもしれません。
鬼が笑ってもいいからぜひとも実現させたい、そんなことを感じています。
もう一つは3月にえこーに講演の依頼がありました。
今年度に入って5回目の講演会です。
依頼元は地元の学区の人権推進協議会で、
ひきこもり、不登校のことを勉強させてほしい、ということでした。
ここでも、ひきこもり、不登校を人権問題としてとらえて
実態を知ろうという姿勢を嬉しく思います。
ただ、「知る」から「受け入れる」までには、
理解して認めるという事が必要にりますので、
ひきこもり、不登校の問題が地域でもようやく緒に就いた所だと感じています。
今後も講演会活動を通じて、ひきこもり、不登校への理解を深めてもらい、
受け入れて支援をしてくれる人が一人でも増えることを願っています。
暑い時期の記憶はあるのですが、涼しくなった時期の記憶があまりありません。
月の満ち欠けを肌寒い思いで眺めていたことくらい・・・かな。
来年のことを言うと鬼が笑うと言いますが、1月と3月に嬉しい予定が入りました。
1月は地元の幼稚園児の前で太鼓の演奏と、園児に太鼓を叩いてもらいます。
これは幼稚園の行事で25年以上前から続いています。
この行事そのものよりも現在は闘病中ですが、
30年近く一緒に太鼓を叩いてきた仲間が、叩きたいと言ったことです。
人前で一緒に演奏したのは4年ほど前が最後で、その間もずっと病と闘ってきました。
石鹿太鼓ができて早い時期から一緒に演奏をしてきたメンバーは、
私を入れて4名になっています。
この4名だけで叩く最後の機会が1月にあるかも知れない、
これを逃すともう二度と4名が叩くことはないと、誰もが分かっています。
叩く曲は闘病中の仲間に合わせて選びたいと思っています。
実現する可能性は半分あるかどうか、
1年が過ぎるのが早いと言っていられるのは自分が健康だからかもしれません。
医師からもそれなりのことを告げられている、
闘病中の人間にすれば一日、一日が目覚めた喜びと眠る不安の連続かもしれません。
鬼が笑ってもいいからぜひとも実現させたい、そんなことを感じています。
もう一つは3月にえこーに講演の依頼がありました。
今年度に入って5回目の講演会です。
依頼元は地元の学区の人権推進協議会で、
ひきこもり、不登校のことを勉強させてほしい、ということでした。
ここでも、ひきこもり、不登校を人権問題としてとらえて
実態を知ろうという姿勢を嬉しく思います。
ただ、「知る」から「受け入れる」までには、
理解して認めるという事が必要にりますので、
ひきこもり、不登校の問題が地域でもようやく緒に就いた所だと感じています。
今後も講演会活動を通じて、ひきこもり、不登校への理解を深めてもらい、
受け入れて支援をしてくれる人が一人でも増えることを願っています。
Posted by いとう茂 at 15:47│Comments(0)