2012年09月23日

6年4組物語⑤

この物語はフィクションであり
登場人物は架空の人物です


発表をあさってに控えても、井川君は悩んでいました。

(こっちから行くか、向こうから来てもらうか、どっちにしても
東北の支援なんやけどなぁ。みんなで向こうに行って同じ体験を
するのも貴重なことやし、向こうから来てもらって喜んで
もらうのも素晴らしいことやしなぁ。)

同じところを行ったり来たりの毎日です。

「繁和、どうした、何か悩みでもあるのか」
井川君のお父さんが声をかけました。
「なんか、最近、元気がないぞ、誰かとケンカでもしたのか」

「お父さん、そんなんと違うんや。あのな、修学旅行のコースを
考えてるんやけど、二つの内どっちかにせなあかんねん」

「どこと、どこで悩んでるんや」

「どこと、どこやのうて、行くか来てもらうかなんや」
「どういうことや、詳しく言うてみなさい」

「うん。クラスで修学旅行の行先を決める委員会に
入ってな。10人でコースを考えるんやけど、僕を入れて
4人がコースの発表をするんや。
それで、僕は東北に行って向こうの小学生との交流や、
仮設住宅のおじいさんやおばあさんの慰問と壊れた
家とかガレキの後片付けをするか、
東北の、修学旅行に行けへん小学生に僕らが積み立ててるお金を
送って、こっちに来てもろて、ホームスティしてもらって、観光に
行ったり遊んだりして交流するか、この二つの案をどっちか一つにせな
あかんねん、そんで迷ってるんや」

「どっちもええことやな。お父さんも迷うわ」
「せやろ、僕も毎日、毎日考えてるんやけど、
決められへんねん。発表は明日なんや、
決めたら、詳しいコースも考えなあかんし、
夏休みの宿題も残ってるし、頭が痛いんや」

「ウルトラマンかドラえもんやな」
「はー、何のこと、お父さん頭暑いんか?大丈夫?」

「大丈夫や!!、説明したげるわ。
繁和がウルトラマンやったとしょう。お前はどうする。」
意味が分からず井川君はキョトンとしています。

「繁和がウルトラマンやったら、悪い怪獣が出てきたら
何とかいう星から来て、そいつと戦うんと違うか」
「そうや、それがウルトラマンの仕事やんか」

「そしたら次、繁和がドラえもんやったらどうする」
「竹コプターとかどこでもドアとかいろいろ持ってるもんな」
「そや、それを使ってみんなと遊ぶやろ、繁和にしたら
どっちがええと思う」
「うーん、難しいわ」
「じっくり考えたらええ、お父さん、これから出かけるから、
夕方に結論聞かせてくれるか」

「そんな・・・・・」
一人になった井川君は、お父さんとのさっきの会話を
思い出して、お父さんは何が言いたかったのか、
必死で考えていました。

(ウルトラマンとドラえもんか、水戸黄門と長谷川平蔵、
大岡越前は1時間、ドラえもんは30分、ウルトラマンは
3分で問題解決やもんなぁ。でも、そんなことを言いたかったんと
違うし、何や、何や、何や・・・・・。あー、浮かばへん)

とうとう井川君は、投げ出して、ふて寝をしてしまいました。
1時間ほどたったでしょうか、お母さんが井川君を呼んでいます。

「繁和、繁和。スイカ切ったし食べにおいで」
「スイカあるん、冷えたーる?」
「冷えたんでぇ、昨日な、山科のおばちゃんがくれはったんや、
トマトやら野菜もくれはったんやで、暑いのに駅からコロコロひいて、
スイカ下げて来てくれはったんや。電話したら迎えに行ったのに、
そんで上がって麦茶ゴクッて飲んだら、帰るわやて。
いつものことやけど、ホンマ、せわしない人やわ。
うちは、ぎょうさんもろて、大助かりやけど」

「おばちゃん、足悪いんと違うん」

山科のおばさんはお母さんのお姉さんです。
10年ほど前に階段から落ちて足の骨を折ってしまい、
それ以来、左足が不自由になりました。

「はよ食べ。はい、タオル」
井川君の好物はたくさんあるのですが、夏はスイカ、
これからは、梨がとりわけ好物なのです。
「どや、甘いか」
「うん、甘い」
「せやけど、おばちゃん、こんな重いスイカ持って、コロコロ
引いて、駅から歩いてやったら大変やったやろなぁ、
足も悪いのに・・・・・」

井川君はおばさんの大変さを考えていました。
「おばちゃん、スイカを繁和に食べさせてやりたかった
のと違うか。お前がスイカが好きやて知ってはるさかい」

その時です、井川君は、ハッとしました。
「そうか、スイカや、おばちゃんや!」
「なんや急に、頭暑いのか、大丈夫か?」

「お母さんありがとう、また後で食うわ」
そう言うと小走りに井川君は部屋へ戻りました。
「ラップかけて冷蔵庫に入れとくさかい、後で食べなあかんで」
お母さんの言葉など耳には入りませんでした。
「ウルトラマン、ウルトラマンやー!」
井川君は有頂天です。

≪もうお分かりですね、聡明なあなたなら・・・・≫
≪えっ、分からない、そうですか・・・・・?≫


井川君はドラえもんではなく、ウルトラマンを選択したのです。
いろんな楽しみを期待して集まってくる人を満足させるのではなく、
困っている人を助けに行こうと決めたのです。

さぁ、忙しくなります。あと2日しかありません。
コースの確認をするには時間が足りないくらいです。

夕方お父さんが帰ってきました。
「繁和、どや決まったか」
井川君はニコニコ笑っています。
「そうか、東北に行くんやな」
「えっ、何で分かったん?」
「お前の顔に書いたぁる、何年お父さんしてると思ってるんや」
「12年」  「あほ、そんな年数のことと違う!」

(分かってるわ、ちょっと、かもただけやんか)
やっぱり父親は頼りがいがあると感じた井川君でした。

その夜に、清田さんと古谷君が井川君の家にやってきました。
「どないしたん、二人そろって」

古谷君が「東北支援のコースできた?」
「仙台に行くことにしたけど、何かあるん」

「よかった」二人は顔を見合わせて喜んでいます。

「何を笑ってんの」井川君にはその意味が分かりません。
「僕らな、井川君が東北に行くコースを発表したら
賛成しょうと思って来たんや、これで、すっきりしたわ、
ほな、帰るわ、おやすみ」

思わぬ応援団に井川君は大喜びです。
もう迷いません。
あとは、どれだけの人が賛成してくれるか、それだけです。
いよいよ、発表の日を迎えます。

Posted by いとう茂 at 12:37│Comments(0)
上の画像に書かれている文字を入力して下さい
 
<ご注意>
書き込まれた内容は公開され、ブログの持ち主だけが削除できます。