2016年04月17日

遠くから青年がひとり目をぎらつかせて歩いてきます、道の傍らの石に
老人が腰掛けて、その姿を眺めていました。
青年が老人の前を通り過ぎようとするときに老人が言いました。
「お若いの、何をそんなに急いでいる」
不意に声を掛けられて青年は足を止めました。
「なんだ、爺さんか、俺は金儲けで忙しいんだ」
「ほぉー、金儲けか、それがお前さんの夢か、金をもうけてどうするんじゃ」
「爺さん、俺はこの国で一番の金持ちになって立派な家に住んで
美しい嫁をもらって、毎日おいしいものや酒をいっぱい食らい
召使いもいっぱい使って何不自由ない贅沢な暮らしをするんだ」
「それがお前さんの夢か」
「そうだ悪いか、俺は金儲けのことで頭がいっぱいなんだ」
「悪いとはいってないぞ、生きていくのに金は必要だ、しかし、
必要以上の金は災いを招くことがある、立派な家に住みたいなら、
よく走る馬も欲しいだろう、着飾る服も欲しいだろう」
「厩いっぱいの駿馬も欲しいし箪笥に入りきらないほど着飾る服も欲しい、
毎日着飾って馬で野山を駆け巡りたい」

「駿馬が何頭もいても着飾る服がいっぱいあっても、お前さんの体は
一つじゃ、一度に二頭の馬には乗ることはできんぞ」
「爺さん、今日乗れない馬には明日に乗ればいいし、今日きることが
できない服は明日きればいい、だから、金儲けがしたいんだ」
青年は爺さんと話しをするのが面倒くさくなり立ち去ろうとします。

「爺さん、俺は先を急ぐんだ、こんなところで爺さんの説教を聞いている
時間も惜しいんだ」
「そうか、そうか、それは悪いことをした、お若いの、これだけ聞いてくれ」
「爺さん、何だ」
「うん、夢と欲は違うということだ」
「夢と欲か・・・・・」
「そうだ夢は周りも応援して叶えようと力を貸してくれるが、欲は周りに
協力する者よりも敵を作るものだ」
青年は納得しない顔をしてその場を立ち去りました。

爺さんは、青年に自分の若い頃の姿を見ていたのでしょうか、
「若いということは良いことだ、間違ったり失敗してもやり直せばいい、
物事に夢中になると、山に躓(つまず)かずして垤(てつ)に躓く、
そのことが分かるには何かに夢中になって失敗しないと分からないものだ、
また、どこかで青年に会うことがあるだろう」

「垤」は蟻塚(ありづか)、大きなことや目立つことには注意するが、
小さなことには油断して失敗しがちである。見えにくいものに人はつまずくものだというたとえ。


爺さんにも夢があった、負けないぞと歯を食いしばって励んだときがあった。
そんな爺さんがいつも心にしまっておいて、苦しくなると噛みしめて、また歩き出せる詩があった。

しいの木とかしのみ

思うぞんぶん はびこった
山のふもとの しいの木は
根もとへ草も よせつけぬ
山の中から ころげ出て
人にふまれた かしのみが
しいを見上げて こういった

「今に見ていろ ぼくだって
見上げるほどの 大木に
なってみせずに おくものか」

何百年か たった後
山のふもとの 大木は
かのしいの木か かしの木か

八波則吉作詞

そんな気持ちの頃の爺さんも、すっかり年をとってしまったが
それでも爺さんの心には、まだ熱い思いが流れている。

Posted by いとう茂 at 22:55│Comments(0)
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