2018年07月10日

更生保護関係者のつどい

今日は1時30分から合同庁舎で更生保護関係者の
つどいの本番でした。
準備がありますので11時に会場入りして最終の打ち合わせでした。
開会前に8日に逝去された保護司の冥福をお祈りするために
黙とうをささげること、来賓紹介が終了するまでが司会の担当で、
その後に席の移動をしてもらい、開催趣旨を協力組織部の部長が
説明する。
変更点と確認事項の打ち合わせを行い、マイクの確認、来賓席の
名札の点検・・・・・・・。

1時間足らずで私の持ち分の確認は終わりました。
今日のメインは2名の協力雇用主の体験談と観察所の所長の
講話でした。
出所者や保護観察処分で仮出所した人を先代から2代にわたって
雇用している建設会社の社長の話は興味深いというより
厳しい現実の中で更生させようと支援している姿に打たれました。
過去の犯罪歴を社員にフルオープンにする、それが雇用の条件で、
ありのままの姿を最初から見せることで信頼関係を構築していく
道もあることに気づかされました。

今日の話を聞いていての気づきは、生きづらさを抱えている人、
障害者であり、引きこもっている人であり、生活困窮、生活保護受給
家庭の子どもであり、更生を目指す人たちに必要なのは、
自己肯定感だと感じました。
知的障害者が全社員の3分の2を超えるチョークのトップメーカーの
日本理科学工業の先代社長が障害者を雇用するときに相談に
行ったお寺のお坊さんが、自己肯定感について愛されていること、
褒めてもらえること、役に立っていること、必要とされていることを
諭されたという有名な話がありますが、生きづらさを抱えている人の
ほとんどに共通する与えられていない要素でもあります。

居場所と出番、最近よく耳にしますが、これも同じことを示して
いるように思います。
指導ではなく支援、これはこうするという枠にはめるのではなく、
その人の持っている能力でできることから始める、常識で
考えるということも時には捨てる必要があるかも知れません。
みんながこうしているからとか、こうする方が君のためだからとか、
そうした指導ではなくまずは寄り添う支援。
相手の目の高さで一緒になって生きてみるということが
求められているようにも感じました。
  
Posted by いとう茂 at 23:05Comments(0)