2015年01月15日

抜粋のつづり⑤

弘法は筆を選ばずと言う言葉がありますが、
凡人は筆を選ぶべきと言うのが持論です。
我が意を得たりと言う文章に出会いましたので紹介します。
筆記具に限らず色々な分野で通用する考え方だと思います。
確かにその時の出費は大きいものがあり、経済的に無理だと言う
考え方も理解できますが、例えば、古美術商、いわゆる骨董屋さんは
後継ぎには子どものころから本物を見せて目の訓練を行うという
話を聞いたことがあります。
これも、紹介する万年筆の教えに通じる考え方だと思います。

安物買いの銭失い、そんな言葉もありましたが、ケチるところはケチる、
金をかけるところはかけると言ったメリハリも大切だと思います。
価値観は人それぞれ違います。
ドラマを見ていたり読書をしていて、どんなところで笑うか、
どんなところに興味を持つかでその人の知的レベルがわかると言います。
知的レベルは別にして周囲に迷惑を掛けないのなら、その人の価値感は
尊重すべきです、人心の同じからずは、その顔の如し・・・・です。

孫が語るメイ牛山「万年筆の教え」

祖母メイ牛山が亡くなって4年。
昨年12月13日の命日には多くの方々からご挨拶をいただき、
祖母の大きさを改めて感じました。
生前、私と妻とがお手伝いをしてアップしていた祖母のブログには
亡くなった後も多くのアクセスがあります。

故人のブログが残っていて、しかも反響がある。
他には例がないと聞きました、現代の若い女性たちが祖母の
残した言葉から何かを感じ取って今を生きる糧にしてくれている。
本当にありがたく思うと同時に、祖母の偉大さを改めて感じています。

今、私は祖母の仕事の原点であるハリウッドビューティサロンの
代表をしています、サロンには祖母が最後まで愛用した文机があり
筆記用具もそのまま残してあります。
私は、これを見るたび祖母から教えられた多くのことを思い出します。
それは決して精神論ではなく、美容師と言う技術者であることに、
誇りを持っていた祖母らしい実践的な教えでした。

私が祖母の下で仕事を始めた頃のことです、「あなたは字が汚いわね、
今日からこれを使いなさい」そう言って渡されたのは立派な万年筆でした。
私は大学卒業後、10年程アメリカで暮らしました、
向こうの大学を出てそのまま現地のデザイン事務所で仕事をしていたのです。

アメリカはタイプ文化の国ですから意外と大人の字が汚い、
また、筆記具は最近では安くても良いペンが結構あるので、それで十分と考えていました。
「100円のボールペンでは100円の字しか書けないのよ、
良いペンを使えば自然とゆっくり、丁寧に、きれいに書こうと言う気になるでしょう。
良いペンは先の太さ、硬さ、インクなど選んで考えるでしょう、
そこで、こだわりが生まれ自分らしい事を書こうと言う気にもなるなよ。
字はね、心が出るのよ。
汚い字だと人間も安く見られます、逆に立派な人間は立派な字を書くのよ、
ペンも書道と同じね」
実際、その万年筆を使い始めてみると、自然と背筋が伸び自分の字が
普段と違ってくるのに気が付きます。

結婚式やお葬式の芳名帳など自分の名前を書く機会は社会人になると
意外と増えてきます、その時、横に著名な方があまり上手と言えない字で
名前を書いていると、ちょっと残念な気がします。
立ったまま自分の名前を書く練習をしたり、いい字を真似る練習等は
祖母のアイディアでした、ハリウッド化粧品の創業者である祖父清人は
大きく力溢れる字を書いていました。

祖父母が書いた社訓などは力強く見栄えがし、情熱が伝わってきます。
祖母が亡くなり後を継いで社長になってみると契約書等サインをする機会が増えました、
そのたびに万年筆を握り、この字で自分は値踏みされているのだと思いながら、
一画一画に気合を込めて自分の名前を書くようになりました。
そうやって、字をきちんと書く習慣が身についてくると、
おのずと中身もきちんとしてくるものではないでしょうか。

手紙をパソコンや安い事務用ペンで書いていたのを万年筆にかえると、
相手に何を伝えたいのかどういう印象を持ってもらいたいのか
じっくり考えて書くようになります。
祖父母は「手書きの葉書や手紙は時間がかかるし、失敗すると書き直さなくては
いけない、だから良いのよ。時間をかけて推敲した文章だから、
相手の心に届くのよ、ラブレターなんか一発で書かないでしょ」
なんて茶目っ気たっぷりに若手を指導をしていました。

祖母は、時間をかけるということの大切さをよく知っていました。
若い頃、アメリカ式の利用美容法を学び、それを日本に持ち込むことで
成功した祖母ですが、すぐに美しくなることを命題にしたアメリカ式のやり方より
実は時間をかけることで美しくなる過程を楽しむ方が、
本当の美しさに到達する道だと考えていました、それがメイ牛山式の美容論でした。

本人はすごくアイディア溢れ忙しく見える人でしたが、
「本物の美は時間をかけて、美を楽しむ、ゆっくりとした時間が作るもの」
と言う哲学を持っていました、例えば買い物はショーウインドーを眺め、
何ヶ月も買おうか買うまいか悩むから楽しいし、買っても思い出になり大切にします。
インターネットでホイホイ購入すると「消費」であって買い物ではないとも言っていました。

すぐに手に入ったものは、すぐになくなる、美容も時間をかけて美しくなるのを
楽しむと、心から美しい人間になるとよく言っていました。
人と人とのコミュニケーションは、時間をかけるべきところでしょう。
しかしそういう言い方では、心に残らないし実践しょうと言う気になりません。
祖母は一本の万年筆を渡しながら、多くを語らず、私にそのことを教えてくれたのだと思います。

今、私も20代の若い社員たちに、お客様や諸先輩へ手紙を書くときは
100円のペンではなく、必ず高価な良いペンを使いなさいと指導をしています。
半信半疑な社員も実践して初めて「やはり反応が違い間違いますね」といいます。
今も上着に差している万年筆を使うときは祖母の「ほらね」と言いたげな笑顔がよみがえってきます。


私のお気に入りのモンブラン、お世辞でも字がうまいとは言ってもらえません、
でも、どこか懐かしさがあるとか伊藤君らしい字だとは言われます。
万年筆は、ささやかなこだわりと言うか趣味です、
書く内容や書く相手で万年筆を変えてみる、
そんなことで自分自身が緊張したり楽しんだりして
気分転換や生活にメリハリをつけている部分を実感しています。



Posted by いとう茂 at 22:56│Comments(0)
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