2016年04月05日
handmade
handmade、手作りですが学生時代に手編みの手袋やマフラーを
女の子からいただいた記憶があります、こうした経験は男性なら
結構あると思います、編む方も一目一目心を込めて編んでくれて
いたのだと、今でも感謝の気持ちがわいてきます。
たぶんにやけながら身に着けていたのでしょうし、親の目を気にして
家ではカバンの中にしまっていたのも覚えています。
私はずっと膳所の町に住み続けていますが、多くの人は膳所を離れて
よその町で暮らしていますので、マフラーをいただいた女性も、
同窓会などで時折見かけるだけで、手袋やマフラーのことなど
とうにお忘れのことでしょう。
別に自慢話をしょうとは思っていません。
手作りと言う言葉が浮かびましたので、思い出したことの羅列です。
手作り、手縫いのスーツ、これは無縁です。
手作りの料理、こっちは日常のことで、おかげで命をながらえています。
地域では手作りのイベントが常ですし、身の回りには案外、手作りの
物が多くあります。
考えてみれば、私たちの人生もハンドメイド、手作りです。
マフラーよりもっと長くて複雑な織物かもしれません、一目一目を
時には丁寧に、時には小走りで雑に編み続けている気がします。
ここは丁寧にと思いながらも雑になってトラブルが起きたり、ここは
雑でもいいのに丁寧過ぎて相手に恐縮されたり、独り相撲で疲れたり、
後戻りできない織物を織り続け、オリジナルの織物が出来上がっていきます。
人生という道で出会う人によって、美しい柄になったり、何を織ったのか
判別できない部分があったり、人それぞれ誰とも交換はできませんし、
ほどいて織り直すこともできません。
時には織りあがった柄を見て、自分の人生はこんなものと自嘲することも
あるでしょうし、思った柄ではなくても満足することもあります。
歳を重ねるにつれて友だちが減っていくと言われますが、亡くなっていく人だけでなく、
出会いの機会が減ったり、友だちでいることをどちらかの理由でやめてしまう、
そんなことが原因なのかも知れません。
そういえば、年齢とともに頑固で融通がきかない部分が増えていき、逆に
淡白になっていく部分を自分の中に見ることがあります。
人より美しい織物にしたいとは思いませんが納得のいく織物にしたいと思います。
一人で生きているのではありませんので、周囲の人との関わりをどうするか、
まさか、ブツブツ人間関係を切って気の合う人とだけ付き合っていくということは
不可能ですし、こちらが望まなくても避けて通れない人間関係もあります。
漱石ではありませんが、「知に働けば角が立つ、情に棹させば流される、
意地を通せば窮屈だ、とかく人の世は住みにくい」。
これも織物の一部になります、時には陰影となり、独特の味をだすかもしれませんが、
織り傷になることもあります。
やり直しがきかないことを自覚して、緊張感も忘れずに誠実に織り続ける、
それしかないように思います。
そして、どんな織物になろうが、これが自分の作品とあるがままを受け入れる
そのことも忘れずにいたいと思います。
女の子からいただいた記憶があります、こうした経験は男性なら
結構あると思います、編む方も一目一目心を込めて編んでくれて
いたのだと、今でも感謝の気持ちがわいてきます。
たぶんにやけながら身に着けていたのでしょうし、親の目を気にして
家ではカバンの中にしまっていたのも覚えています。
私はずっと膳所の町に住み続けていますが、多くの人は膳所を離れて
よその町で暮らしていますので、マフラーをいただいた女性も、
同窓会などで時折見かけるだけで、手袋やマフラーのことなど
とうにお忘れのことでしょう。
別に自慢話をしょうとは思っていません。
手作りと言う言葉が浮かびましたので、思い出したことの羅列です。
手作り、手縫いのスーツ、これは無縁です。
手作りの料理、こっちは日常のことで、おかげで命をながらえています。
地域では手作りのイベントが常ですし、身の回りには案外、手作りの
物が多くあります。
考えてみれば、私たちの人生もハンドメイド、手作りです。
マフラーよりもっと長くて複雑な織物かもしれません、一目一目を
時には丁寧に、時には小走りで雑に編み続けている気がします。
ここは丁寧にと思いながらも雑になってトラブルが起きたり、ここは
雑でもいいのに丁寧過ぎて相手に恐縮されたり、独り相撲で疲れたり、
後戻りできない織物を織り続け、オリジナルの織物が出来上がっていきます。
人生という道で出会う人によって、美しい柄になったり、何を織ったのか
判別できない部分があったり、人それぞれ誰とも交換はできませんし、
ほどいて織り直すこともできません。
時には織りあがった柄を見て、自分の人生はこんなものと自嘲することも
あるでしょうし、思った柄ではなくても満足することもあります。
歳を重ねるにつれて友だちが減っていくと言われますが、亡くなっていく人だけでなく、
出会いの機会が減ったり、友だちでいることをどちらかの理由でやめてしまう、
そんなことが原因なのかも知れません。
そういえば、年齢とともに頑固で融通がきかない部分が増えていき、逆に
淡白になっていく部分を自分の中に見ることがあります。
人より美しい織物にしたいとは思いませんが納得のいく織物にしたいと思います。
一人で生きているのではありませんので、周囲の人との関わりをどうするか、
まさか、ブツブツ人間関係を切って気の合う人とだけ付き合っていくということは
不可能ですし、こちらが望まなくても避けて通れない人間関係もあります。
漱石ではありませんが、「知に働けば角が立つ、情に棹させば流される、
意地を通せば窮屈だ、とかく人の世は住みにくい」。
これも織物の一部になります、時には陰影となり、独特の味をだすかもしれませんが、
織り傷になることもあります。
やり直しがきかないことを自覚して、緊張感も忘れずに誠実に織り続ける、
それしかないように思います。
そして、どんな織物になろうが、これが自分の作品とあるがままを受け入れる
そのことも忘れずにいたいと思います。
Posted by いとう茂 at
18:11
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