2023年12月24日

勘違い

それまで元旦には300通を超える年賀状が届いていたのに、
大手企業の部長をしていた人が定年になった翌年には、
たった3通の年賀状しか届かなかった、この手の話はよく聞きます。
年賀状は肩書に届いていたので、表書きの名前は誰でもよかったのです。
ここで気がつく人はまだ救いがあるかも知れません、
同じく大手企業の重役だった人が、定年になって20年以上経っても、
その大手企業の若い社員だと聞くと、
耳をふさぎたくなるような高圧的な物言いをする。
若い社員にすれば元重役の顔はおろか名前も知らないのに、
平身低頭で聞かなければいけない。
気の毒としか言えませんが、こんなことも日常では起こっています。
肩書は借りものですし、巡りあわせでもあると思います。
そしていつか返さなければいけないものです、
肩書だけでなくお金や住んでいる家、乗っている車も同様かも知れません。
労働の対価として給料をもらっている、それが正解なのでしょうが、
労働の対価としてお金を貸してもらっている。
高齢者の年金も「もらっている」と言う表現を使いますが、
自分でかけてきた年金は、自分よりも上の世代のためにかけてきたもので
自分がもらう立場になれば、下の世代から借りているとも考えられます。
給料が少ない、年金が少ないと愚痴をこぼしますが、
給料なら質屋さんに自分を質に入れて、貸してくれるお金が少ないと
言っているようなものですし、年金は下の世代の働きが悪いから
掛け金が上がらない、それで自分の年金が少ないとボヤいている・・・
下の世代にとってはたまったものではありません。
と、一歩自分を社会の外に置いて見ると、
これまでの考えとは違う発想が出てくるように思います。
年の瀬だと言うのに、呑気なことを考えている私が勘違いをしているのか・・・。
  
Posted by いとう茂 at 17:45Comments(0)