2024年02月01日
ふるさとを離れない
東日本大震災も今回の能登半島地震もそうですが、被災して住む家がなくなっても、その土地を離れない人が大勢います。
住み慣れた土地を離れたくないと、インタビューでは口を揃えて話をしている姿を見て、人間は保守的な生き物という考えよりも、ふるさとの空気がいいんだろうなぁと感じます。
これがもし、東京で大震災が発生して、高層マンションに住めなくなったら同じ話になるのでしょうか。
地方から出てきた人は帰る土地があるかも知れませんが、生まれてずっと東京という人もいると思います。
高い防潮堤を津波が乗り越えて多くの犠牲を出し、建築物はほとんど流れた東北でも、海岸の近くがいいと土地をかさ上げして家を建てている人もいます。
普段は病院が遠いだの、大きなスーパーがないから買い物が不便だと言っている人が、被災して初めてふるさとの良さに気がつくのかと考えたりもしますが、インタビューを聞いているとそれだけではないように感じます。
知り合いや友人がいる、知らない土地に行って周りに知り合いもいない、この不安も大きな要素かも知れません。
中越地震で山古志村が被災して、村ごと長岡市に避難しました。
山古志村は確か7つか8つの集落に分かれていて、長岡市に避難して順番に仮設住宅に入居させましたが、高齢者が日に日に元気をなくしていく。
それで、全員を外に出して小さな集落ごとに入れ替えると、元気を取り戻したという話を聞きました。
阪神淡路の時にはこうしたことがされずに、災害関連死が増加したようですが、困ったとき、苦しい時に同じ地域の人と、避難所や仮設住宅で暮らした連帯感からも、離れがたい気持ちは出てくるのだと思います。
誰もいないふるさとでもいいと感じる人は少ない気がします。
人を支えるものはふるさとの空気と風景、それと同じふるさとに住む人間が不可欠なのかもしれません。
住み慣れた土地を離れたくないと、インタビューでは口を揃えて話をしている姿を見て、人間は保守的な生き物という考えよりも、ふるさとの空気がいいんだろうなぁと感じます。
これがもし、東京で大震災が発生して、高層マンションに住めなくなったら同じ話になるのでしょうか。
地方から出てきた人は帰る土地があるかも知れませんが、生まれてずっと東京という人もいると思います。
高い防潮堤を津波が乗り越えて多くの犠牲を出し、建築物はほとんど流れた東北でも、海岸の近くがいいと土地をかさ上げして家を建てている人もいます。
普段は病院が遠いだの、大きなスーパーがないから買い物が不便だと言っている人が、被災して初めてふるさとの良さに気がつくのかと考えたりもしますが、インタビューを聞いているとそれだけではないように感じます。
知り合いや友人がいる、知らない土地に行って周りに知り合いもいない、この不安も大きな要素かも知れません。
中越地震で山古志村が被災して、村ごと長岡市に避難しました。
山古志村は確か7つか8つの集落に分かれていて、長岡市に避難して順番に仮設住宅に入居させましたが、高齢者が日に日に元気をなくしていく。
それで、全員を外に出して小さな集落ごとに入れ替えると、元気を取り戻したという話を聞きました。
阪神淡路の時にはこうしたことがされずに、災害関連死が増加したようですが、困ったとき、苦しい時に同じ地域の人と、避難所や仮設住宅で暮らした連帯感からも、離れがたい気持ちは出てくるのだと思います。
誰もいないふるさとでもいいと感じる人は少ない気がします。
人を支えるものはふるさとの空気と風景、それと同じふるさとに住む人間が不可欠なのかもしれません。
Posted by いとう茂 at
10:05
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