2018年01月29日

その人を笑えますか㊶


「木こりと松の木」

木こりが松の木を割って、まきを作っていました。
松の材木でこしらえた台に乗せて割るのですが、
こうすると割りやすいので、どんどんまきが出来るのでした。
そこで、松の木は言いました。
「わたしは、わたしを割るオノよりも、わたしから作られた、
あの台の方が憎らしい」

知らない人からひどい事をされる方が、身内からひどい事を
されるよりも、ずっとましだと、このお話しは教えています。
誰が信用できて誰が裏切るか、そのことを見極めるのは
難しいことですが、こちらが信用しないと相手も信用しない、
そんな部分もあります。
人を見る目を養うことは自分の人間性を高める以外にないように
思います。


「セミとキツネ「」

セミが、高い木の上で鳴いていました。
 キツネがそのセミを食べたいと思って、ある作戦を思いつきました。
「セミくん、きみはいい声をしていますね。いや、本当にいい声だ。
そんなにいい声で歌う方と、是非ともお友だちになりたいので、
どうか降りて来てくれませんか」
キツネの悪巧みに気づいたセミは、木の葉を一枚むしって
キツネの前に落としました。
キツネはそれをセミだと思い、飛びついて食べてしまいました。
それを見たセミは、
「やっぱりね。おあいにくさま。わたしが降りて行くと思ったら、
大間違いですよ」
騙されたキツネは言いました。
「この前はこの作戦が成功したのに。どうして、わたしがきみを
食べようとしている事がわかったんだ」
セミはそばにあるキツネのフンをさしていいました。
「だって、きみのフンの中に、セミの羽が混じっているじゃないか」

身近な人の失敗は、わたしたちを利口にしてくれます。
利口になったつもりでも、思わぬところで失敗するのも人間です。
同じ失敗を繰り返す人もいれば、同じ失敗は二度としないが、
新しい失敗をする人もいます。
痛い目にあったことを忘れずにいたいものです。

「難船した男 」

アテネのお金持ちが、他の船客と一緒に航海をしていました。
ところが激しい嵐が起こって、船がひっくり返ってしまいました。
乗っていた人たちは一生懸命泳いで、何とか助かろうとしていました。
ところが、お金持ちの男は、
「アテネの女神さま、もしわたしの命が助かったら、
立派なお供え物を差し上げます。いくらでもお供えしますので、
助けて下さい」
と、叫ぶだけでした。
そばで、せっせと泳いでいた人が言いました。
「あなた、アテネの女神に助けを求めるのは良いけれど、
自分の腕にも助けてもらったらどうですか?」

不幸な目に会った時は、何よりもまず自分の力で
切り抜けようと努力しなければなりません。
神さまの助けを求めるのは、その後です。
依頼する癖がつくと依頼しても叶わないと、怒り出す人を
知っています、トイレや食事は自分でできるのに……ね。

「ヘビとイタチとネズミ」

ある家の中で、ヘビとイタチがケンカをしていました。
いつもヘビにもイタチにもいじめられて、食べられているネズミたちは、
そのケンカを見て、安心して穴から出てきました。
ところがネズミたちを見た途端、ヘビとイタチはケンカを止めて、
そろってネズミに飛びかかりました。

人間も同じ事です。
力のある人たちのケンカに首をつっこむ人は、
その両方から攻められるのです。
攻められても動じない、そんな人間になることは
難しいのでしょうか。
自己の確立、それは自分の意見を持つ、自分で考える、
自分の足で行動する。
頭では分かっているのですが………。

Posted by いとう茂 at 23:20│Comments(0)
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