2024年05月24日
石鹿っ鼓②
今年度をもって解散する石鹿っ鼓ですが、振り返ると色んなことがありました。
もう20年ほど前になりますが、日吉大社で市内の子ども太鼓などの演奏会がありました。
和太鼓は石鹿っ鼓を入れて4団体だったと思います。
多い所では50名を超える子どもの太鼓グループもありました。
当時の石鹿っ鼓のメンバーは20名余りだったと思います。
演奏会は和太鼓だけでなく他の楽器の演奏もありましたので、出番が来るまで大広間で4グループが休憩をしているはず・・・・。
ところが石鹿っ鼓のメンバーは全員が境内を走り回っています、こちらの引率は3名と付き添いの親たちでした。
休憩しているはずの子どもたちがここにも一人、あそこにも一人と歓声を上げて走っています。
「こらっー、何をしてるんや控室に戻れ!」・・・馬耳東風とはこのことです、そして付き添いの親が叫んでも知らん顔。
子どもらしくてこれもいいかぁ、そして演奏はどのグループにも負けない素晴らしいものでした。
ちゃんと自主性とメリハリをつける気持ちは育っています、怖い指導者が力で抑えても遊びたい気持ちは抑えられません。
他のグループの子どもたちもさぞ羨ましかっただろうと思います。
ただ付き添いの親たちは恥ずかしかったのか、それ以後の練習には当番で顔を出すようになりました。
練習に来る子どもに家を出る前に「ええか、今日はお母さんが当番やから走り回ったら承知せえへんで」そんな言葉があったかもしれません。
付け焼刃の躾は子どものためか、親が恥ずかしい思いをしたくないからか・・・。
そんなことも子どもはすっかりお見通しだったと思います。
子どもらしく伸び伸びと、これは暗黙の指導方針でした。
振りや声出しは厳しく言いましたが、間違っても叱ることはありませんでした。
そこで何かを感じて学んでくれたらいいのです。
もう20年ほど前になりますが、日吉大社で市内の子ども太鼓などの演奏会がありました。
和太鼓は石鹿っ鼓を入れて4団体だったと思います。
多い所では50名を超える子どもの太鼓グループもありました。
当時の石鹿っ鼓のメンバーは20名余りだったと思います。
演奏会は和太鼓だけでなく他の楽器の演奏もありましたので、出番が来るまで大広間で4グループが休憩をしているはず・・・・。
ところが石鹿っ鼓のメンバーは全員が境内を走り回っています、こちらの引率は3名と付き添いの親たちでした。
休憩しているはずの子どもたちがここにも一人、あそこにも一人と歓声を上げて走っています。
「こらっー、何をしてるんや控室に戻れ!」・・・馬耳東風とはこのことです、そして付き添いの親が叫んでも知らん顔。
子どもらしくてこれもいいかぁ、そして演奏はどのグループにも負けない素晴らしいものでした。
ちゃんと自主性とメリハリをつける気持ちは育っています、怖い指導者が力で抑えても遊びたい気持ちは抑えられません。
他のグループの子どもたちもさぞ羨ましかっただろうと思います。
ただ付き添いの親たちは恥ずかしかったのか、それ以後の練習には当番で顔を出すようになりました。
練習に来る子どもに家を出る前に「ええか、今日はお母さんが当番やから走り回ったら承知せえへんで」そんな言葉があったかもしれません。
付け焼刃の躾は子どものためか、親が恥ずかしい思いをしたくないからか・・・。
そんなことも子どもはすっかりお見通しだったと思います。
子どもらしく伸び伸びと、これは暗黙の指導方針でした。
振りや声出しは厳しく言いましたが、間違っても叱ることはありませんでした。
そこで何かを感じて学んでくれたらいいのです。
Posted by いとう茂 at 15:17│Comments(0)