2020年06月24日

今日は面談日

気が付くと6月も残り1週間、年の半分が終わります。
今年は年明けの武漢のコロナウイルスの感染拡大から
始まり、全世界に広がりを見せて自粛、自粛、家から出ない、
人と人とのコミュニケーションがネットや電話でしかとれなく
なりました。
家庭内暴力や夫婦間のDVも急増していますが、そのあたりの
ことはマスコミでもあまり報道されません。
コロナウイルスは感染の危険性だけではなく、人間同士の
つながりや精神的な安心感が案外もろいものである、
そんな教訓も示しているようにも思います。

今日はえこーの相談日でした、コロナでキャンセルが続いていた
相談もようやくここにきて以前のペースを取り戻しつつあるように
思います。
非常に熱心な相談者で、少しでも役に立つのならとネットなどで
情報収集を続けています。
親思う心に勝る親心・・・・吉田松陰ではありませんが、当事者が
相談者である親の気持ちに気づくことがあれば、自分の中に
何とかしょうと言った気持が芽生えるように思います。
相談に初めて来た頃には、ある一定の枠がありその中にどうすれば
当事者が収まるのか、いわば親の都合を前面に出しての相談
でしたが、何度か面談を繰り返しているうちに変化が出てきて、
当事者の選択する道の助けになるような情報集が増えてきたように
感じます。

これでなくてはから、こんな選択肢もあるに変わってきました。
家庭でこうした相談者の考え方の変化は、そのまま当事者にも
伝わり、随分居心地もよくなったのではないかと思いました。
いつもは長い時間話して帰る相談者ですが、今日はマッサージを
してあげるという約束をして出てきたために、早めに話を終わり、
次の面談日を決めて帰りました。
まだまだ課題がありますが、ここの家庭は大丈夫、何の根拠も
ありませんがちゃんと当事者とスキンシップを図り、居場所も
確保してあげている、そのことが当事者にとってどれだけ
大きな支えであるか、今は両者が気付かずにいますが、
いつか、振り返った時にあの時、家にいられたからとか、
接点を持っていてくれたからと言う言葉が出てくると信じます。

いつものように来た時とは別人のような明るい顔で帰ったことが
えこーの何よりの喜びでもあります。
  
Posted by いとう茂 at 22:33Comments(0)

2020年06月23日

納経帳

4番札所の大日寺あたりから足の豆がつぶれ、指のあたりが
じくじくしだして皮がむけているところが痛くてたまらなくなり、
歩く姿勢もおかしな形になり余計に疲れがでました。
なんとやわな歩き遍路、今ならそう思いますが当時は痛い、痛いを
心の中で唱えながら歩いていました。
気分を変えて納経帳についてアップします。

四国88か所や西国33か所などのお参りに行く人の
大部分が持っている納経帳、お参りした証にいただく
御朱印で、四国では御朱印帳と呼んでいる人もいました。
本来は経を納めることだと思います。
般若心経を写した用紙を専用の箱に納める、あるいは
読経でもいいのかもしれませんが、真偽のほどは・・・・・。
歩きでも自動車でも、そしてツアーでもほとんどの遍路は
納め札を写経の代わりに納めます。
この納め札にも回った回数で色が変わるという取り決めが
ありますが、これは後付けのしきたりだと思っています。

もともと、札所と言うくらいですからお参りした人が、その証拠に本堂や山門に木の札を打ち付けていたことから、札所と言う名称が
生まれたということで、お参りの人が多くなりあちこちに札を
打ち付けられては大変ということで、現在のような紙の札が
誕生したのでしょう。
歩き遍路にとって辛いのは重い荷物です、少しでも荷物は少なく、
着替えも洗えるなら最低限、雨着も防寒着と兼用、いらなく
なった荷物は宅配便で送り返す・・・・様々な工夫をしながら
歩いている人が多いのが現実だと思います。
お金を節約するということで野宿を選択する人は、それなりに
大きな荷物を背負っていますが、季節のいいときに1泊くらいなら
気分転換になりますが、あまり気色のいいものではありません。

荷物を軽くするという理由で納経帳も最初は小さくて軽いものに
しましたが、これだと88か所全部の納経が収まりません。
途中で買い足し、買い足しして別格や奥の院の御朱印もいただき
ましたので、お礼参りに高野山に行ったときには3冊目になって
いました。
奥の院で前の人がB5の納経帳に御朱印をいただいているのを見て、
その場でB5の納経帳を購入して、新たに御朱印をいただきました。
2度目からのお参りは朱印だけで、4度以上同じ札所をお参りすると
朱印が重なってしまいますが、それはそれで歴史を感じることができ、また違う味わいがあるものです。

この納経帳ですが、最後はどうするということですが棺桶に入れる、
家族に残しておく、札所に納めると特別な決まりはないようです。
御朱印をいただいた半襦袢は亡くなった人にかけるのが習慣に
なっていますが、納経帳にはそうした決まりがない・・・・・・。
4冊の納経帳をどうしょう・・・・・。
  
Posted by いとう茂 at 15:11Comments(0)

2020年06月22日

思い出し遍路⑤

3番札所の金泉寺を出て右手へ4番札所の大日寺までは
5・6キロだったと思います。
平地から少し山手に入っていったのを覚えていますが、
それも最後の方だけだったように記憶しています。
相変わらず幹線道路と並行した道でのんびり歩けます。
時々、出会う人はほとんどがあいさつをしてくれ、遍路姿が
珍しいものではなく日常的に目にしているのも関係が
あるのかもしれません。

40分ほど歩くと愛染院に着きます。
細長い境内ですがお寺と言うよりは通り道と言った感覚で、
ひっそりしたたたずまいで迎えてくれます。
山門には人なれした犬が1匹、床几に腰を下ろして休憩、
足元に犬が近づいてきて物欲しそうな顔でこちらを見上げていました。
ここでも納経してもらえますが、札所のような納経所は見当たらず、
住職も普段着で僧侶のようには見えませんでした。
写真を見てもらえばわかるように、ここの納経は筆ではなく
刷毛で書かれています。
88番の大窪寺の納経と見比べてもらえば、その違いが分かると
思います。

しばらく休んだ後、重くなった足で大日寺を目指します。
遍路道には方向を示す立て札や遍路マークがあり、導いて
くれますが・・・・こっちに行くの・・・・・民家の軒下を歩き、
田んぼのあぜ道を歩いていきます。
それが終わると山の方に向かい周囲は林ばかりになってきます。
そこを通り過ぎると太い道と合流、幹線道路からバスや自家用車が
上がってきて追い抜いていきました。

大日寺の前は広い駐車場になっていて、山門の横では地元の
果物などを販売していました、いくら安くても歩きですので買うわけには
いかず、横目で見ながら通り過ぎお参りです。
まだまだ不慣れで手と口を清めるのを忘れたり、人がいると般若心経を
唱える声も小さく・・・・・口の中でもごもご・・・・早口。
時刻は昼前で、お腹もすいてきますがファミレスや食堂があるはずもなく
広い道路を下って5番札所の地蔵寺を目指します。
  
Posted by いとう茂 at 14:44Comments(0)

2020年06月21日

いよいよ開幕

先週からプロ野球が開幕しました。
ひいきのチームが勝った負けたと一喜一憂するファンも多い
と思います、・・・・・負けると「ざまー見ろ」「あーすっとした」
そんなことを言われる常勝チームのファンです。
今日はプロ野球の話ではなく、えこーの話です。
3月29日に大津市では初めてとなる、ひきこもり・不登校
家族の会えこちゃんステーション(通称:えこステ)が来週の
日曜日に開幕します。

予定では3月設立、4月から定例会の開催でしたが、
コロナウイルスの感染拡大で公共施設が使用停止、3密を
避けるために会合等の自粛ということで、ここまで延期に
なっていました。
年間スケジュールも決めていましたが、開幕が遅れて予定の
変更を余儀なくされて、今日は年間スケジュールの見直しと
当日の進行の確認をスタッフで行いました。
家族の会と言っても組織の形態をとる以上、入会の後先で
目に見えない軋轢が生まれることがありますので、会には
会長はいません、入会についても参加すれば入会です。
すべての会員は同じ立場であることを3月に確認し、
誰が上でも下でもなく同じ苦しみや課題を持つ
者同士がそれぞれが悩みや苦しみを話し、一人で抱え込まずに
参加者とともに悩みや苦しみを改善、解消していく、悩みや
苦しみを発信することで、同じ悩みや苦しみを持つ仲間からの
情報を得られる。
そして、ここでは身構えなくてもいいんだ、ありのままの今の自分の
姿を話しても安心できる、そんな相談者や当事者の居場所に
なればと考えています。

そして、この会に来る人だけが安心するのではなく、一人で
苦しみや悩みを抱え込んでいる家族や当事者にも、家族の会の
存在を発信して参加を呼び掛ける事業も実施したいと考え、
オープン講座の形式も考えています。
企画はえこーで、決定するのは家族の会、実施の準備と進行は
再びえこーと役割を決めています。
大津市内だけでなくいくつかの市からもぜひとも参加したいと、
開幕を心待ちにしている家族も何組かあります。
このことからもわかるように、どの市町でもこうした会がほとんどなく
一人で抱え込んでいる家族が多くいるということです。
行政にこの種の組織の立ち上げを・・・・・と言っても時間がかかる
割には効果が見込めない家族の会は無理だと思います。

だから行政には金銭的な支援を・・・・とは思っていません。
えこーには心強い賛助会員の皆さんがいます、この人たちに支えられ
活動をしていこうと決めています。
ともあれ、少しの不安と大きな期待、そんな会の開幕です。
どこが勝った負けたの話もいいのですが、動き始める会は1年で
結果が出るのもでもなければ、何年続ければ結果が出るというもの
でもありません。
徳川家康ではありませんが、人の一生は重き荷を負うて遠き道を
行くが如し急ぐべからず・・・・・です。
  
Posted by いとう茂 at 22:13Comments(0)

2020年06月20日

思い出し遍路④

2番の極楽寺から3番の金泉寺までは3キロ足らず、
だったと思います。
幹線道路に並行した道を歩きますので、車も少なく
道路幅も結構ありましたので歩きやすい平坦な道です。
途中に大きな神社があったように思います。
もう札所に着いたのかと錯覚したのを覚えていますが、
この辺りで足の裏に豆ができそうな気配で、普段から車中心の
生活をしてきたツケが回ってきたのを実感していました。
初回に選んだ靴はウォーキングシューズでした、これが大きな
間違いだったことを1泊2日の歩きで痛感することになりますが、
靴選びにはこの先も試行錯誤を重ねて、自分に合った靴が
見つかるのはずっと先になりました。

40分ほどの歩きで、田園風景を見たり幹線道路の
向こうを走るJRの電車の音を聞きながら金泉寺を目指します。
ほとんど店舗はありません、2番で出会った広島の男性の姿も
見えず、時々すれ違う地元と人とあいさつを交わす程度で
自分の中から考える力がなくなり、ただ歩いている、そんな
自分と出会えるようになりつつありました。
金泉寺も印象が薄い札所の一つですが、山門をくぐって
境内に入った記憶がありませんでした。
塀をよじ登ったり、入り口でないところから無理に入った記憶も
なく、遍路道沿いに歩くと境内に入っていた、そんな印象でした。

幹線道路とは100メートルほどしか離れていませんので車での
遍路ならそちらを走ることになるのですが、コンビニの看板が目に
入りましたので立ち寄った記憶があります。
何を買ったのかは覚えていませんが、食料になるようなものは
買っていないはずです。
これも小さな失敗で、食べるものが買えるところや食堂があれば
時間が多少早くても食べておく・・・・・これは私の中でこの後は
鉄則になりました。
「四国をなめてはいけない」が大きな教訓です。
この当時はセブンイレブンは四国に進出していなくて、ローソン、
サンクス、セイコーマートなどのコンビニがありましたが、それも
自動車が往来する幹線道路沿いに点在するだけで、遍路道のような
生活道路や普段は人が通らない道にはあるはずがありません。

歩いていても感覚は自動車で移動している普段のままですが、
自動車で1時間のところは歩けば丸1日歩いても到着しない。
当たり前のことですが、そうしたことも経験して初めて身につきます。
金泉寺でもお参りを済ませて4番の大日寺に向かいますが、
大日島での距離が今日一番長い歩く距離で約5キロほどだったと思います。
札所で広島の男性と再会した記憶があります、どちらが先に到着
していたのか・・・・・覚えていません。
少し山手にある大日寺へ出発です。
  
Posted by いとう茂 at 15:18Comments(0)