2020年10月09日
こんな人周りにいませんか
人はすべて違います、姿かたちや性格、考え方、
育った環境など・・・・・。
違いを認めることが違いを受け入れることだと頭では理解
していますが、どうしても認められない場合があります。
潔癖症というのか人間の幅が狭いというのか、自分のことを
中心に考えて、周囲を巻き込んで平気な顔をしている人を
見ると・・・・。
今年はコロナの影響で、各種団体の総会もほとんどが書面で
審議されたと思います。
事業の報告、計画、予算決算の議案、それに役員の改選など、
書面審議ですと、ほぼ原案通り可決されます。
可決されることが悪いのではなく、それぞれが審議の過程で
考えて出す意見をリアルタイムで聞くことができません。
とは言え、今年については書面審議以外によい方法がないように
思いますので、いくつかの団体の総会を書面で審議
しました。
関わっている団体はかなり減ってきましたが、これまでに
関わった団体を振り返ると、とにかく役がしたい、肩書が欲しい、
そうした人もいないわけではありませんでした。
役に就いて何をするか、言い換えるとこうしたことがしたいので
役に就く。
役に就くことが手段でしたいことが目的になります。
ところが何の思いも考えもなく、ただ役に就きたい。
役に就くことが目的で、手段と言えば・・・・ゴマすり・・・・かな。
こうした人が所属する団体の中には「やりたいって言うてるん
やったら、させてやったらいいやん」と上から目線の賛成派と
「あんな奴何も考えとらへん、あんなんにさせたらアカン」と
こちらも上から目線の反対派がいることがあります。
そして多くの人は静観派、もしかすると役が欲しい人と同じで
特別な思いや考えがなく団体の事業を言われた通りこなしている、
違うのは役は嫌いだと思っていることかも知れません。
こうした人が役に就き活動が始まると、させてやったらと言っていた
人たちの多くは手のひらを返したように、あんなんにさせたら
アカン派に鞍替えしてしまいます。
誰にも支持されていないのに、役に就きたい人は自分が裸の
王様であることに気づかず、ふんぞり返って歩いて周囲には
上から目線で接し、さらに見向きもされない存在になる。
こうなると団体の活動は停滞し、声の大きい人の顔色を窺い
役に就きたい人は、さも自分の意見であるように声の大きい
人の意見の受け売りをする。
こうした事態はどこにでもあることのような気がします。
誰が悪いのか考えると・・・・役に就きたい人を役に就かせた人たち、
世の中、大勢が悪者になるよりは、一人を悪者にした方がいいと、
大勢は考えてしまうのでしょうか、「選んだ自分が悪かった」と
理にかなわない、つじつまの合わない、役に就きたい人の言動を
自己責任として受け入れ、従う人は少ないように思います。
育った環境など・・・・・。
違いを認めることが違いを受け入れることだと頭では理解
していますが、どうしても認められない場合があります。
潔癖症というのか人間の幅が狭いというのか、自分のことを
中心に考えて、周囲を巻き込んで平気な顔をしている人を
見ると・・・・。
今年はコロナの影響で、各種団体の総会もほとんどが書面で
審議されたと思います。
事業の報告、計画、予算決算の議案、それに役員の改選など、
書面審議ですと、ほぼ原案通り可決されます。
可決されることが悪いのではなく、それぞれが審議の過程で
考えて出す意見をリアルタイムで聞くことができません。
とは言え、今年については書面審議以外によい方法がないように
思いますので、いくつかの団体の総会を書面で審議
しました。
関わっている団体はかなり減ってきましたが、これまでに
関わった団体を振り返ると、とにかく役がしたい、肩書が欲しい、
そうした人もいないわけではありませんでした。
役に就いて何をするか、言い換えるとこうしたことがしたいので
役に就く。
役に就くことが手段でしたいことが目的になります。
ところが何の思いも考えもなく、ただ役に就きたい。
役に就くことが目的で、手段と言えば・・・・ゴマすり・・・・かな。
こうした人が所属する団体の中には「やりたいって言うてるん
やったら、させてやったらいいやん」と上から目線の賛成派と
「あんな奴何も考えとらへん、あんなんにさせたらアカン」と
こちらも上から目線の反対派がいることがあります。
そして多くの人は静観派、もしかすると役が欲しい人と同じで
特別な思いや考えがなく団体の事業を言われた通りこなしている、
違うのは役は嫌いだと思っていることかも知れません。
こうした人が役に就き活動が始まると、させてやったらと言っていた
人たちの多くは手のひらを返したように、あんなんにさせたら
アカン派に鞍替えしてしまいます。
誰にも支持されていないのに、役に就きたい人は自分が裸の
王様であることに気づかず、ふんぞり返って歩いて周囲には
上から目線で接し、さらに見向きもされない存在になる。
こうなると団体の活動は停滞し、声の大きい人の顔色を窺い
役に就きたい人は、さも自分の意見であるように声の大きい
人の意見の受け売りをする。
こうした事態はどこにでもあることのような気がします。
誰が悪いのか考えると・・・・役に就きたい人を役に就かせた人たち、
世の中、大勢が悪者になるよりは、一人を悪者にした方がいいと、
大勢は考えてしまうのでしょうか、「選んだ自分が悪かった」と
理にかなわない、つじつまの合わない、役に就きたい人の言動を
自己責任として受け入れ、従う人は少ないように思います。
Posted by いとう茂 at
14:35
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