2023年02月05日
2月3日は節分でした。
もとは、お寿司屋さんの陰謀だと思われる、恵方巻きもすっかり定着しました。
普段はあまり食卓に上らない鰯が主役の夕ご飯、
厄除けに鰯の頭を柊の枝にさして玄関先に吊るしてある光景も見かけなくなりました。
それと豆、節分の3点セットですが、子どもの頃は焼いた鰯が苦手でした。
食べにくいのが原因なのか、独特の匂いが嫌だったのかははっきりしません。
食後の豆は嬉しかった記憶があります。
「年の数より一つ多く食べるんやで」
そう言われて手のひらで豆を数えていました。
今のように味の付いた豆ではなく、大豆を炒った素朴なものでしたが、
家に買い置きのスナック菓子などあるわけもなく、
ご飯以外のものを口にするのがよかったのかも知れません。
どこかで聞いたか何かで読んだかそれもはっきりしませんが、
節分は1年に4回あって立春、立夏、立秋、立冬の前日が節分だと記憶しています。
季節の変わり目という意味で節分、
その中で2月の節分は年越しと祖母や祖父は呼んでいました。
厄年の区切りは大晦日ではなく節分になっています。
豆まきも小さい頃の思い出ですが、鬼と節分がどんな関係にあるのかは・・・・。
ただ、鬼に豆を投げて退治をした話は知っています。
京都に鬼が現れた時に鬼の目に豆を投げつけたら、鬼退治ができた・・・
その程度ですが・・・・。
豆は魔を滅するにつながり、そこから魔滅が豆になったとか・・・。
そこで家の中でも鬼は外と鬼を追い出すように豆まき、
ここまでは理解できますが・・・・豆を巻いて福は内・・・
どんな関係があるのか・・・分からない。
もしかすると、人はだれも心に様々な苦を抱えて生きています。
その苦を鬼に例えて1年に1度、苦よ出ていけ、
幸せよやってこいと声に出すことで心を軽くしていたのかも知れません。
文科省あたりが、節分をはじめとする日本の習わしの
統一した見解を出してくれれば、節分も文化として残っていくように感じますが、
日本の国にはそうしたゆとりもないのかも知れません。
普段はあまり食卓に上らない鰯が主役の夕ご飯、
厄除けに鰯の頭を柊の枝にさして玄関先に吊るしてある光景も見かけなくなりました。
それと豆、節分の3点セットですが、子どもの頃は焼いた鰯が苦手でした。
食べにくいのが原因なのか、独特の匂いが嫌だったのかははっきりしません。
食後の豆は嬉しかった記憶があります。
「年の数より一つ多く食べるんやで」
そう言われて手のひらで豆を数えていました。
今のように味の付いた豆ではなく、大豆を炒った素朴なものでしたが、
家に買い置きのスナック菓子などあるわけもなく、
ご飯以外のものを口にするのがよかったのかも知れません。
どこかで聞いたか何かで読んだかそれもはっきりしませんが、
節分は1年に4回あって立春、立夏、立秋、立冬の前日が節分だと記憶しています。
季節の変わり目という意味で節分、
その中で2月の節分は年越しと祖母や祖父は呼んでいました。
厄年の区切りは大晦日ではなく節分になっています。
豆まきも小さい頃の思い出ですが、鬼と節分がどんな関係にあるのかは・・・・。
ただ、鬼に豆を投げて退治をした話は知っています。
京都に鬼が現れた時に鬼の目に豆を投げつけたら、鬼退治ができた・・・
その程度ですが・・・・。
豆は魔を滅するにつながり、そこから魔滅が豆になったとか・・・。
そこで家の中でも鬼は外と鬼を追い出すように豆まき、
ここまでは理解できますが・・・・豆を巻いて福は内・・・
どんな関係があるのか・・・分からない。
もしかすると、人はだれも心に様々な苦を抱えて生きています。
その苦を鬼に例えて1年に1度、苦よ出ていけ、
幸せよやってこいと声に出すことで心を軽くしていたのかも知れません。
文科省あたりが、節分をはじめとする日本の習わしの
統一した見解を出してくれれば、節分も文化として残っていくように感じますが、
日本の国にはそうしたゆとりもないのかも知れません。
Posted by いとう茂 at
15:47
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