2024年07月25日
贅沢
ささやかな贅沢の話です。
エアコンのない部屋で寝ています、布団は夏も冬も同じ分厚い布団で、汗をかきながらの睡眠になります。
朝は割れ鐘のような蝉の声に起こされます、起きると網戸を通して熱気が部屋に充満していますが、蝉の声を聞くのは夏場だけで小鳥のさえずりには及ばないかも知れませんが、目覚まし時計の代わりだと思えば納得できます。
洗面所に行くと小さい犬が待ってましたとばかりに足元でワンワン、こちらが歯を磨いている間も髭を剃っている間もワンワン、エサが欲しくて待ちきれません。
蝉の声も犬の鳴き声もゆとりのない時なら耳障りで仕方がないのに、すんなり体に入ってきます。
エサを揃えて小さい犬のいる台所へ、「これからか」「こっちがいいか」その意味が分かるのか小さい犬はちょこんとそばに座ってこちらを見上げています。
「ゆっくり食べや」そう言いながら体をさすって首輪をほどいて、用意した餌を与え、なくなると「はい、おしまい」と両手を裏表にします。
この次に小さい犬は水を飲みに行き、エサの時は私の右手にいたのが左手に移動して、ちょこんと座ります。
これは白いご飯とちりめんじゃこ、それに納豆が欲しい合図で、納豆のパックにご飯とじゃこを入れてぐるぐる。
これを平らげると昼まで寝る時間になります、小さい犬が横になるとこちらは活動の時間になります。
横になった小さい犬をさすりながら「ゆっくり寝ぇや」、これで朝の行事は終わりです。
小さいことばかりで特別なこともありませんが、こちらも小さい犬も元気で朝を迎えられる、いつか終わりが来るのですが、ささやかな贅沢だと感じています。
エアコンのない部屋で寝ています、布団は夏も冬も同じ分厚い布団で、汗をかきながらの睡眠になります。
朝は割れ鐘のような蝉の声に起こされます、起きると網戸を通して熱気が部屋に充満していますが、蝉の声を聞くのは夏場だけで小鳥のさえずりには及ばないかも知れませんが、目覚まし時計の代わりだと思えば納得できます。
洗面所に行くと小さい犬が待ってましたとばかりに足元でワンワン、こちらが歯を磨いている間も髭を剃っている間もワンワン、エサが欲しくて待ちきれません。
蝉の声も犬の鳴き声もゆとりのない時なら耳障りで仕方がないのに、すんなり体に入ってきます。
エサを揃えて小さい犬のいる台所へ、「これからか」「こっちがいいか」その意味が分かるのか小さい犬はちょこんとそばに座ってこちらを見上げています。
「ゆっくり食べや」そう言いながら体をさすって首輪をほどいて、用意した餌を与え、なくなると「はい、おしまい」と両手を裏表にします。
この次に小さい犬は水を飲みに行き、エサの時は私の右手にいたのが左手に移動して、ちょこんと座ります。
これは白いご飯とちりめんじゃこ、それに納豆が欲しい合図で、納豆のパックにご飯とじゃこを入れてぐるぐる。
これを平らげると昼まで寝る時間になります、小さい犬が横になるとこちらは活動の時間になります。
横になった小さい犬をさすりながら「ゆっくり寝ぇや」、これで朝の行事は終わりです。
小さいことばかりで特別なこともありませんが、こちらも小さい犬も元気で朝を迎えられる、いつか終わりが来るのですが、ささやかな贅沢だと感じています。
Posted by いとう茂 at
20:36
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2024年07月24日
二日続きで
今月に入って二日続きで義兄と従姉妹が亡くなりました。
義兄は82歳で従姉妹は70歳でした。
義兄は脳梗塞で長期の入院でした、従姉妹も病気で先月から緩和ケアの方で療養していました。
今年は1月の母親に始まって、身近な人が亡くなっています。
いいことは重ならないものですが悪いことは重なるものです。
どちらも告別式と通夜は兄弟と子どもだけで行うということでしたので、式には参列していません。
初盆にお参りに行こうと考えています。
近い人が亡くなるのは平成7年以来です、この年は親父、祖母、義父、母方の伯母夫婦と相次いで亡くなりました。
私が本厄の年で、周りからはそれだけ殺したら厄払いができたと、本音とも冗談ともとれる言葉をかけられました。
亡くなった二人との思い出はたくさんあります。
しかし、もう懐かしい昔話に興ずる事はできなくなりました。
いずれ私の番がやって来ます、明日か明後日か、それとも10年、20年後かも知れません。
その順番が分からないから前向きに生きられるのかも知れません。
自分の部屋のカレンダーにだけ黒い縁取りをした日があったら、死の恐怖から発狂する人も多いように思います。
そう考えると地球の最後の日が来ても、それでもリンゴの木を植え続けると言った人は偉いなぁと感じます。
死ぬまでおいしいものを食べて、美しい風景を見て暮らす人もいるでしょう。
でも、すべての人がそうできるわけではありません、できるなら死ぬまで人の足を引っ張ったりせず、影に回って悪口を言わない人間になれたら、死んで行くときの風景も違うように感じられる気がします。
義兄は82歳で従姉妹は70歳でした。
義兄は脳梗塞で長期の入院でした、従姉妹も病気で先月から緩和ケアの方で療養していました。
今年は1月の母親に始まって、身近な人が亡くなっています。
いいことは重ならないものですが悪いことは重なるものです。
どちらも告別式と通夜は兄弟と子どもだけで行うということでしたので、式には参列していません。
初盆にお参りに行こうと考えています。
近い人が亡くなるのは平成7年以来です、この年は親父、祖母、義父、母方の伯母夫婦と相次いで亡くなりました。
私が本厄の年で、周りからはそれだけ殺したら厄払いができたと、本音とも冗談ともとれる言葉をかけられました。
亡くなった二人との思い出はたくさんあります。
しかし、もう懐かしい昔話に興ずる事はできなくなりました。
いずれ私の番がやって来ます、明日か明後日か、それとも10年、20年後かも知れません。
その順番が分からないから前向きに生きられるのかも知れません。
自分の部屋のカレンダーにだけ黒い縁取りをした日があったら、死の恐怖から発狂する人も多いように思います。
そう考えると地球の最後の日が来ても、それでもリンゴの木を植え続けると言った人は偉いなぁと感じます。
死ぬまでおいしいものを食べて、美しい風景を見て暮らす人もいるでしょう。
でも、すべての人がそうできるわけではありません、できるなら死ぬまで人の足を引っ張ったりせず、影に回って悪口を言わない人間になれたら、死んで行くときの風景も違うように感じられる気がします。
Posted by いとう茂 at
17:12
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2024年07月23日
暑い中でも
毎日、暑い日が続いています。
それでも時間は等しく流れています、暑いからと休んでいても用事は終わりませんし、暑い、暑いと言い続けていても涼しくはなりません。
当たり前のことですので、来月に旧志賀町で行う講演会の準備をしていました。
対象は民生委員で、講演会の資料はスタッフ会議で決めますが、委員に配布する広報紙の準備をしました。
えこーを法人化して以来、これまでに13号の広報紙を発行しています。
これまでの講演会でも広報紙を配布してきました。
今回の民生委員は50名あまりで1号から並べていくと、いくつか少ない号があります。
机の上に並べて1部ずつ取っていきますが、1度に13部は並びませんので、2回に分けて並べてそれをまとめて完成ですが、アナログの作業でかなり手間がかかりました。
しかも、予備も入れて60部用意しましたので、かなりずっしりと重量感があり1つのカバンには入りきらず、30部ずつを2つに入れました。
手にした参加者が時間のある時に読んで、ひきこもりと不登校への理解を深めてくれたら・・・これはえこーの願いです。
講演会の内容については先方と打ち合わせが終わっていますので、あとは資料に何を盛り込むかの会議だけです。
持ち時間は質疑を入れて80分ですので、少しタイトですがこちらの思いを余すことなく伝えられたらと考えています。
仙台市の調査では10軒に1軒がひきこもりだという調査もあります。
当事者も家族もひきこもりであることを隠すために、表面化しにくいのですが、見過ごしては通れない課題です。
声なき声を聴く、見えない姿を見る、そうした地味な活動をする人が増えることを願います。
それでも時間は等しく流れています、暑いからと休んでいても用事は終わりませんし、暑い、暑いと言い続けていても涼しくはなりません。
当たり前のことですので、来月に旧志賀町で行う講演会の準備をしていました。
対象は民生委員で、講演会の資料はスタッフ会議で決めますが、委員に配布する広報紙の準備をしました。
えこーを法人化して以来、これまでに13号の広報紙を発行しています。
これまでの講演会でも広報紙を配布してきました。
今回の民生委員は50名あまりで1号から並べていくと、いくつか少ない号があります。
机の上に並べて1部ずつ取っていきますが、1度に13部は並びませんので、2回に分けて並べてそれをまとめて完成ですが、アナログの作業でかなり手間がかかりました。
しかも、予備も入れて60部用意しましたので、かなりずっしりと重量感があり1つのカバンには入りきらず、30部ずつを2つに入れました。
手にした参加者が時間のある時に読んで、ひきこもりと不登校への理解を深めてくれたら・・・これはえこーの願いです。
講演会の内容については先方と打ち合わせが終わっていますので、あとは資料に何を盛り込むかの会議だけです。
持ち時間は質疑を入れて80分ですので、少しタイトですがこちらの思いを余すことなく伝えられたらと考えています。
仙台市の調査では10軒に1軒がひきこもりだという調査もあります。
当事者も家族もひきこもりであることを隠すために、表面化しにくいのですが、見過ごしては通れない課題です。
声なき声を聴く、見えない姿を見る、そうした地味な活動をする人が増えることを願います。
Posted by いとう茂 at
15:19
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2024年07月22日
日曜日の読書
毎週日曜日の夜は読書の日、そう決めてからもうすぐ1年になります。
新しく本を買って読むよりも再読を中心にやっていこう、が基本です。
母親の不動産の相続の関係で、本が大移動しています。
棚に並べていると、もう一度読みたい本が顔を出します。
棚は2つありますので、ぜひ読みたい本と出来れば読みたい本を分けて入れています。
ぜひ読みたい本が案外多いのに驚いていますが、作家にすると20名もいませんから偏った好みかも知れません。
読み直して作家の印象が変わることもあります。
1晩に4冊を休憩を入れながら読んでいます、読むのに時間がかかる本もありますが、これは作家の書き方と自分が持っている読むリズムが合わないからかと考えています。
明治に書かれた本は現在と言い回しも違い、読みにくい時もありますが、この時代の作家はほとんどが同様ですので、同時に読まない選択できました。
昨夜は4冊中3冊を読了しましたので、次回は新しい3冊が入ります。
暑い夜に読書はしんどいものがありますが、将来の自分の守りの習慣に向けて続けるしかありません。
新しく本を買って読むよりも再読を中心にやっていこう、が基本です。
母親の不動産の相続の関係で、本が大移動しています。
棚に並べていると、もう一度読みたい本が顔を出します。
棚は2つありますので、ぜひ読みたい本と出来れば読みたい本を分けて入れています。
ぜひ読みたい本が案外多いのに驚いていますが、作家にすると20名もいませんから偏った好みかも知れません。
読み直して作家の印象が変わることもあります。
1晩に4冊を休憩を入れながら読んでいます、読むのに時間がかかる本もありますが、これは作家の書き方と自分が持っている読むリズムが合わないからかと考えています。
明治に書かれた本は現在と言い回しも違い、読みにくい時もありますが、この時代の作家はほとんどが同様ですので、同時に読まない選択できました。
昨夜は4冊中3冊を読了しましたので、次回は新しい3冊が入ります。
暑い夜に読書はしんどいものがありますが、将来の自分の守りの習慣に向けて続けるしかありません。
Posted by いとう茂 at
23:22
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2024年07月21日
皮をかぶった詐欺師
私よりも少し年下の知り合いから聞いた話です。
大学時代のクラブの恩師が、皮をかぶった詐欺師だといいます。
体育会系のクラブで、試合があると大勢の先輩が観戦に訪れて、観客席はちょっとした同窓会だと言います。
試合があるたびに応援ですから1年に何度も出かける人もいれば、1試合だけの人もいるそうですが、試合の後は近い学年が集まって飲み会になるそうで、結構盛り上がるようです。
知り合いも試合観戦と飲み会に参加したのですが、その席で何人かが連絡先の交換をして恩師もその輪に加わったと言います。
その場はそれで終わったのですが、その年の12月に恩師から電話があり、金を貸して欲しいと頼まれました。
知り合いは秋に父親の跡を継いで社長になっていましたので、飲み会でその話題も出たのだと思います。
金額はそれほど大きくなかったので、了解の返事をして日時を決めて電話を切ったと言います。
その後に、恩師がそんなに金に困るのかと疑問を持ち、連絡先を交換した仲間に事情を話しました。
仲間の言葉では「そら、断れんわな」と理解をしてくれたのですが、何に金が必要なのか、やはり同じ疑問を持ったようで、以後この恩師からの電話には出ないし、他の仲間にも連絡するということでした。
知り合いは決めた日に恩師に会って金を貸しました、その際に丁寧に借用書を渡されたということで、元クラブの部員と恩師の関係で大そうなことだと感じたと言います。
借りる時に恩師は3月末には返すからと話したのに借用書にはその記載がなく、そのことも引っかかったようです。
その後、何人かから連絡があり、恩師から電話があったが出なかったと報告を受けました。
時間は流れて4月5月になり年が変わっても恩師からは連絡がありません。
仲間からは恩師から電話があったという報告は続きました、試合があると出かけるようにして恩師との出会いを試みましたが、その後、恩師は来なくなりました。
詐欺だとは思いたくないが、金額の多寡の問題ではなく教え子が断われない弱みに付け込む恩師のやり方が許せない、自分たちが恩師だと信じていた人間は何だったのか。
1度借りて返せないことが恩師の足かせになっているので2度目は言い出せないと考えているようです。
それにしても、若い頃の恩師とは別人の詐欺師、自分たちがやってきたクラブそのものの意義にも疑問を感じているようでした。
大学時代のクラブの恩師が、皮をかぶった詐欺師だといいます。
体育会系のクラブで、試合があると大勢の先輩が観戦に訪れて、観客席はちょっとした同窓会だと言います。
試合があるたびに応援ですから1年に何度も出かける人もいれば、1試合だけの人もいるそうですが、試合の後は近い学年が集まって飲み会になるそうで、結構盛り上がるようです。
知り合いも試合観戦と飲み会に参加したのですが、その席で何人かが連絡先の交換をして恩師もその輪に加わったと言います。
その場はそれで終わったのですが、その年の12月に恩師から電話があり、金を貸して欲しいと頼まれました。
知り合いは秋に父親の跡を継いで社長になっていましたので、飲み会でその話題も出たのだと思います。
金額はそれほど大きくなかったので、了解の返事をして日時を決めて電話を切ったと言います。
その後に、恩師がそんなに金に困るのかと疑問を持ち、連絡先を交換した仲間に事情を話しました。
仲間の言葉では「そら、断れんわな」と理解をしてくれたのですが、何に金が必要なのか、やはり同じ疑問を持ったようで、以後この恩師からの電話には出ないし、他の仲間にも連絡するということでした。
知り合いは決めた日に恩師に会って金を貸しました、その際に丁寧に借用書を渡されたということで、元クラブの部員と恩師の関係で大そうなことだと感じたと言います。
借りる時に恩師は3月末には返すからと話したのに借用書にはその記載がなく、そのことも引っかかったようです。
その後、何人かから連絡があり、恩師から電話があったが出なかったと報告を受けました。
時間は流れて4月5月になり年が変わっても恩師からは連絡がありません。
仲間からは恩師から電話があったという報告は続きました、試合があると出かけるようにして恩師との出会いを試みましたが、その後、恩師は来なくなりました。
詐欺だとは思いたくないが、金額の多寡の問題ではなく教え子が断われない弱みに付け込む恩師のやり方が許せない、自分たちが恩師だと信じていた人間は何だったのか。
1度借りて返せないことが恩師の足かせになっているので2度目は言い出せないと考えているようです。
それにしても、若い頃の恩師とは別人の詐欺師、自分たちがやってきたクラブそのものの意義にも疑問を感じているようでした。
Posted by いとう茂 at
15:04
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