2011年12月26日
お通夜にて
昨夜は、お通夜に参列しました。
故人は、そこそこ高齢でしたので参列者の
中には、高齢の方もちらほら。
しばらくお会いしていなかったので、
焼香をするときに、遺影を見て、
若いころはこんな風貌だったなぁと
思い出し、安らかのお休みくださいと
心の中で会話しました。
最後に遺族を代表して、喪主から
挨拶がありました。
私とほぼ同年代の方でしたが、
声を詰まらせて挨拶されました。
きっと、故人はその方にとって
大きな存在だったのだろうと想像できました。
式が始まる前に少しだけ話をする時間があり、
私がこの年になるまで生きてくれたことだけでも
幸せでしたと言っていた喪主ですが、
いざ、永の別れとなったことを実感したのでしょうか。
17年前に親を亡くした私にとって、彼の心うちが
伝わる挨拶でした。
そろそろ告別式が始まる時刻です。
多くの参列者があることでしょう。
どうか、義理か厄介でお参りしたとしても、
生前に故人に世話になったり、交流があった人には、
焼香の瞬間だけでも故人を偲び、
思いを込めてお別れをしていただけたらと念じます。
私が言うまでもないことで、どこかから怒声や叱責が飛んできそうですが。
故人は、そこそこ高齢でしたので参列者の
中には、高齢の方もちらほら。
しばらくお会いしていなかったので、
焼香をするときに、遺影を見て、
若いころはこんな風貌だったなぁと
思い出し、安らかのお休みくださいと
心の中で会話しました。
最後に遺族を代表して、喪主から
挨拶がありました。
私とほぼ同年代の方でしたが、
声を詰まらせて挨拶されました。
きっと、故人はその方にとって
大きな存在だったのだろうと想像できました。
式が始まる前に少しだけ話をする時間があり、
私がこの年になるまで生きてくれたことだけでも
幸せでしたと言っていた喪主ですが、
いざ、永の別れとなったことを実感したのでしょうか。
17年前に親を亡くした私にとって、彼の心うちが
伝わる挨拶でした。
そろそろ告別式が始まる時刻です。
多くの参列者があることでしょう。
どうか、義理か厄介でお参りしたとしても、
生前に故人に世話になったり、交流があった人には、
焼香の瞬間だけでも故人を偲び、
思いを込めてお別れをしていただけたらと念じます。
私が言うまでもないことで、どこかから怒声や叱責が飛んできそうですが。
Posted by いとう茂 at
13:23
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