2011年12月09日
生きるとは Ⅱ
生きることは、私のわずかな人生経験からですが、
生きることは、周囲の人を傷つけることだと思います。
半面、周囲の人から傷つけられるのも生きている
証なのかもしれません。
結局、生きていることは、狭い路地を尖った棒を横に持って
歩くようなものなのでしょう。
誰かを傷つけなければ生きられない、
誰かに傷つけられているから生きていられる。
矛盾だらけが人間だと思います。
愛するとは許すこと、
許せなくなったらおしまい。
それでも人間は甘えたがりだから、
許してくれる人を求める。
その繰り返しが人生なのかもしれない。
その繰り返しの中で、一番最初に傷つけた人のことを
すっかり忘れている。
否。
忘れたいと願って繰り返しを望むとも言えるだろう。
勝手な生き物、その名は人間。
誰か、ソフトバンクの犬に行ってやってよ。
生きることは、周囲の人を傷つけることだと思います。
半面、周囲の人から傷つけられるのも生きている
証なのかもしれません。
結局、生きていることは、狭い路地を尖った棒を横に持って
歩くようなものなのでしょう。
誰かを傷つけなければ生きられない、
誰かに傷つけられているから生きていられる。
矛盾だらけが人間だと思います。
愛するとは許すこと、
許せなくなったらおしまい。
それでも人間は甘えたがりだから、
許してくれる人を求める。
その繰り返しが人生なのかもしれない。
その繰り返しの中で、一番最初に傷つけた人のことを
すっかり忘れている。
否。
忘れたいと願って繰り返しを望むとも言えるだろう。
勝手な生き物、その名は人間。
誰か、ソフトバンクの犬に行ってやってよ。
Posted by いとう茂 at
22:15
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2011年12月09日
人として、しっかり覚えておこう
日中戦争が太平洋戦争に代わって
1日が過ぎました。
そして、今年は開戦70周年です。
戦争の語り部がどんどん少なくなって、
それでもまだ、語り部として悲惨な戦争を
伝えている老人がいます。
翻って、セシウムの半減期は30年といわれています。
セシウムで被害を受けた人はどんな話をするのでしょう。
その被害の語り部は何年生きるのでしょう。
愚かな人間たちは、その場を立ち去った後は
聞いた話は右から左に放射能まみれの川に
全部捨てて生きていくのでしょうか。
なんかいやだね。
ぜったいいやだね。
1日が過ぎました。
そして、今年は開戦70周年です。
戦争の語り部がどんどん少なくなって、
それでもまだ、語り部として悲惨な戦争を
伝えている老人がいます。
翻って、セシウムの半減期は30年といわれています。
セシウムで被害を受けた人はどんな話をするのでしょう。
その被害の語り部は何年生きるのでしょう。
愚かな人間たちは、その場を立ち去った後は
聞いた話は右から左に放射能まみれの川に
全部捨てて生きていくのでしょうか。
なんかいやだね。
ぜったいいやだね。
Posted by いとう茂 at
21:45
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