2012年05月07日
ご縁
新快速ができるまでは、京都に行くのに
利用する駅は膳所駅でした。
平野学区にあるのに膳所駅という名称は如何なものか。
その議論は別にして、中の庄から京阪膳所も
京阪石山も3つ目の駅です。
京阪の駅からJRの駅までの距離の差で
利用する駅が決まっていたのでしょう。
そのことは、特別ご縁とは関係がないのですが、
「駅で電車に乗る」
当たり前のことですが、
旅先や仕事で遠くに出かけて電車を利用する、
ホームに行くと次の電車まであと何分か確かめる人が
多いと思います。
そこには、電車は待つものという無意識のうちの
認識がないでしょうか。
時には、ホームに降りた瞬間、電車が滑りこんでくる。
そうした経験を誰でもお持ちのことと思います。
「ラッキー」それでおそらく思考回路は停止。
待つことも、ラッキーと思うこともある種ご縁だと感じます。
基本的にダイヤ通りに運行している電車です。
向こうがこちらの行動に合わせるわけはなく、
こちらの行動が向こうのダイヤにたまたまあっただけ。
田舎の町で急いでホームに駆け降りると、無情にも
ドアが閉まり、電車は走り出します。
ふっと見ると窓越しに何十年もあっていない
昔好きだった女性。
大げさに言うなら仏教の愛別離苦(あいべつりく)。
時刻表に目をやると1時間待ち。
ホームで缶コーヒーを飲みながら待つこと1時間。
やってきた1両だけの電車。
発車のベルとともに飛び込んできたのは、
昔から犬猿の仲の男性。
怨憎会苦(おんぞうえく)。
会いたくない相手にも会わなくてはならない。
なんで、こんな田舎で出会うねん。
そう思っても、これが現実。
目を合わすともなく気配を伺っていると、
向こうも同じ様子。以心伝心。
不愉快極まりない一日だったでしょう。
それもご縁なのです。
そう思うしか心は休まりません。
70億人もいるこの地球で、会いたくない人に出会うことは
もしかするとご縁以外の何物でもないのかも知れません。
仮に毎朝、通勤で乗る電車で一緒になる人たち全員が
嫌いな人だったら、人間はいつか慣れてくるか、
乗る電車をずらすしかないでしょう。
逆に、電車に乗っている人全員が好きな人たちだったら、
毎日が楽しくて仕方がないのではないでしょうか。
好きも嫌いも心が決めているのです。
自分がそう思っている気持は相手に伝わります。
それが事実とするなら、私たちは人を嫌いになる努力より
積極的に好きにならなくても、せめて嫌いにならない
努力をするべきではないのでしょうか。
苦手を作らない、人の話をよく聞く、人を上から見ない。
当たり前のことですが、いざ、自分がするとなると・・・・。
昔、結婚式のスピーチで新郎、新婦に
人生は壁とのキャッチボール。
強いボールを投げたら強いボールが返ってくる。
優しいボールを投げたら優しいボールが返ってくる。
強いボールが返ってきても優しいボールを投げ返す。
難しいボールが返ってきてもまっすぐ優しいボールを返す。
その繰り返し、積み重ねを忘れずにいてください。
そんなことを話した覚えがあります。
避けられない四苦八苦があるのなら、
避けずに受け入れるのも人生かと最近思うようになりました。
ところで、新快速はどこまでいったやろ・・・・。
利用する駅は膳所駅でした。
平野学区にあるのに膳所駅という名称は如何なものか。
その議論は別にして、中の庄から京阪膳所も
京阪石山も3つ目の駅です。
京阪の駅からJRの駅までの距離の差で
利用する駅が決まっていたのでしょう。
そのことは、特別ご縁とは関係がないのですが、
「駅で電車に乗る」
当たり前のことですが、
旅先や仕事で遠くに出かけて電車を利用する、
ホームに行くと次の電車まであと何分か確かめる人が
多いと思います。
そこには、電車は待つものという無意識のうちの
認識がないでしょうか。
時には、ホームに降りた瞬間、電車が滑りこんでくる。
そうした経験を誰でもお持ちのことと思います。
「ラッキー」それでおそらく思考回路は停止。
待つことも、ラッキーと思うこともある種ご縁だと感じます。
基本的にダイヤ通りに運行している電車です。
向こうがこちらの行動に合わせるわけはなく、
こちらの行動が向こうのダイヤにたまたまあっただけ。
田舎の町で急いでホームに駆け降りると、無情にも
ドアが閉まり、電車は走り出します。
ふっと見ると窓越しに何十年もあっていない
昔好きだった女性。
大げさに言うなら仏教の愛別離苦(あいべつりく)。
時刻表に目をやると1時間待ち。
ホームで缶コーヒーを飲みながら待つこと1時間。
やってきた1両だけの電車。
発車のベルとともに飛び込んできたのは、
昔から犬猿の仲の男性。
怨憎会苦(おんぞうえく)。
会いたくない相手にも会わなくてはならない。
なんで、こんな田舎で出会うねん。
そう思っても、これが現実。
目を合わすともなく気配を伺っていると、
向こうも同じ様子。以心伝心。
不愉快極まりない一日だったでしょう。
それもご縁なのです。
そう思うしか心は休まりません。
70億人もいるこの地球で、会いたくない人に出会うことは
もしかするとご縁以外の何物でもないのかも知れません。
仮に毎朝、通勤で乗る電車で一緒になる人たち全員が
嫌いな人だったら、人間はいつか慣れてくるか、
乗る電車をずらすしかないでしょう。
逆に、電車に乗っている人全員が好きな人たちだったら、
毎日が楽しくて仕方がないのではないでしょうか。
好きも嫌いも心が決めているのです。
自分がそう思っている気持は相手に伝わります。
それが事実とするなら、私たちは人を嫌いになる努力より
積極的に好きにならなくても、せめて嫌いにならない
努力をするべきではないのでしょうか。
苦手を作らない、人の話をよく聞く、人を上から見ない。
当たり前のことですが、いざ、自分がするとなると・・・・。
昔、結婚式のスピーチで新郎、新婦に
人生は壁とのキャッチボール。
強いボールを投げたら強いボールが返ってくる。
優しいボールを投げたら優しいボールが返ってくる。
強いボールが返ってきても優しいボールを投げ返す。
難しいボールが返ってきてもまっすぐ優しいボールを返す。
その繰り返し、積み重ねを忘れずにいてください。
そんなことを話した覚えがあります。
避けられない四苦八苦があるのなら、
避けずに受け入れるのも人生かと最近思うようになりました。
ところで、新快速はどこまでいったやろ・・・・。
Posted by いとう茂 at
11:32
│Comments(0)
2012年05月07日
いっぱい
いっぱいあるでしょう。
いいたいこと、いえ、ぶちまけたいこと。
そんなことしても、問題の解決にはなりません。
うー、ごっくん。
飲み込むしかないのです。
解決にならなくても。
胃というものは食べ物の消化だけでなく
心の重しも消化しなくてはならないらしい。
自分のことは自分でする。
私だけではなく、みんなそうだよ。
今までどれくらいのものを飲み込んだのだろう。
自分では、いっぱい、いっぱいと思っているが、
ノー天気の自分故、たったこれだけって言われそうで・・・・。
だからって、もう飲まなくてもいいわけではない。
あるがままを飲む。わけがわからなくても。
でもねー。
負けへんよー。
今までいつも、何かに逆らって生きてきたような気がするから。
私が私である必須条件は「負けん気」だけ。
それがなくなったら、お・し・ま・い。
いいたいこと、いえ、ぶちまけたいこと。
そんなことしても、問題の解決にはなりません。
うー、ごっくん。
飲み込むしかないのです。
解決にならなくても。
胃というものは食べ物の消化だけでなく
心の重しも消化しなくてはならないらしい。
自分のことは自分でする。
私だけではなく、みんなそうだよ。
今までどれくらいのものを飲み込んだのだろう。
自分では、いっぱい、いっぱいと思っているが、
ノー天気の自分故、たったこれだけって言われそうで・・・・。
だからって、もう飲まなくてもいいわけではない。
あるがままを飲む。わけがわからなくても。
でもねー。
負けへんよー。
今までいつも、何かに逆らって生きてきたような気がするから。
私が私である必須条件は「負けん気」だけ。
それがなくなったら、お・し・ま・い。
Posted by いとう茂 at
00:56
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