2014年08月03日
久しぶりのイソップ物語
以前何度かイソップ物語をアップしました。イソップの原典は
紀元言6世紀とも言われています、釈迦や孔子が生まれた時期で、
2500年以上昔になります。
そのころの話が多少肉づけがあったにせよ現在も
伝えられているということにある種驚きがあります。
ほとんどかどうか分かりませんが私が知っている話しは
戒めが多く反面教師の物語です。
いくつか紹介します、ご存知の話もあるか分かりませんが
暑い時期気持ちも体もだらけることが多いので背筋を伸ばして
生きるために・・・・・そこまでは大げさで・・・・・・・ないと思います。
あえて感想はつけません、皆さんはどうこの話を人生の教訓として
活かされるのか、愚才にとってはありがたい教訓です。
「ウマと男」
ウマの世話をするために雇われている男がいました。
その男は大酒のみで、ある日の晩、有り金を全部はたいて、
タラフクお酒を飲んでしまいました。
一文無しになった男は次の晩もお酒を飲みたくなり、
とうとうウマの餌である大麦まで売ってお金に換えて飲んでしまいました。
しかし、その次の朝、男を雇っている主人がウマの様子を見に来ることになったため、
男はせっせとウマにブラシをかけました。
それを見たウマは、男にこう嫌みを言いました。
「僕を本当に毛並みのいい立派なウマに見せたかったら、
二度と餌を売らないでくれよ。
ろくに餌もよこさないで、毛並みのいい立派なウマもヘチマもあったもんじゃない」
「ヤギとヤギ飼い」
昼寝をしていて寝過ごしてしまったヤギ飼いが、あわてて放していた
ヤギたちを檻に戻そうと呼び寄せました。
しかし、数頭のヤギが草を食べたりグズグズしていて、
ヤギ飼いの言うことを聞きません。
腹を立てたヤギ飼いは石を投げつけました。
すると、偶然にも一頭のヤギの角に当たって折れてしまいました。
びっくりしたヤギ飼いは、そのヤギに向かって、こう懇願しました。
「ごめん、痛くなかったかい?
このことはご主人様には内緒にしてほしいんだ。
そんなことが知れたら、僕はどんな仕打ちを受けるか分からない。
それに僕は君の角を折るつもりなんて全くなかったんだからね」
すると、そのヤギが言いました。
「僕が黙っていたって、この折れた角を見れば、
君の不注意を隠すことなんてできるわけないさ」
「負けたニワトリ」
昔、ギリシャのタナグラという地方のニワトリは、
気性がとても激しく、人間に似ていると言われていました。
そのタナグラで、ある日、オスのニワトリ同士が餌の取り合いで
激しい喧嘩を始めました。けんかに負けてしまったニワトリは、
恥ずかしくていたたまれなくなり、自分の住み家に戻り、
身を縮めていました。
一方、喧嘩に勝ったニワトリは、餌を独り占めして食べた後、
屋根に上がり、他のニワトリを見下して、
「コケコッコー」と自慢げに鳴きました。
すると、その声を聞きつけたワシが屋根の上のニワトリ目がけて
襲って餌食にしてしまったのです。
その後、喧嘩に負けたニワトリは、仲間たちと、
餌を分け合い、仲良く食べることができました。
「ワシとキツネ」
ワシとキツネがとても仲良くなり、近くに住むことにしました。
ワシは大きな木に巣を作り、キツネはその木の根元の草むらを
住み家にして、お互いに子どもを産んだのです。
ところが、キツネが餌を探しに出かけたすきを狙って、
食べ物がなくて困っていたワシはキツネの赤ちゃんをさらい、
ヒナたちと一緒に食べてしまいました。
帰ってきたキツネはワシの仕打ちに激怒し、大いに悔しがりました。
しかし、ワシの住む高い木の上では仕返しもできないため、
一層腹を立てて、ワシのことを呪ったのでした。
「親友だなんて言っておきながら、私の赤ちゃんを餌にするなんて、
あまりにもひどすぎる。
今すぐにでも、ワシの巣に上がって仕返ししたいけど、
あんな高い所まではとても上がれない、天罰でも下ればいいんだ」
数日後、キツネの望みどおりのことがおこりました。
神様への儀式としてヤギが焼かれている時、
ワシは火のついたヤギの内臓を盗んで巣に持ち帰ったまではいいのですが、
その火が巣に燃え移って火事になり、
ワシのヒナは地面に落ち、キツネに食べられてしまったのです。
「旅人と神」
一人の旅人が長い旅路を終え、故郷に戻りました。
しかし、あまりにも疲れていたので、自宅に辿りつく前に、
井戸端に倒れ込んで眠りこけてしまいました。
相当疲れていたのでしょう、旅人は寝相が悪く、
今にも井戸の中に落ちそうなことに気がつきません。
今にも落っこちる、すんでのところで神様が現れ、
旅人を起こしてこう言いました。
「もう少しで井戸に落ちるところであったぞ、もし落ちていたら、
お前は自分の不注意を棚に上げて、『俺はどうしてこうツイテないんだ』
『この世に神などあるものか』と、私を呪ったであろう」
紀元言6世紀とも言われています、釈迦や孔子が生まれた時期で、
2500年以上昔になります。
そのころの話が多少肉づけがあったにせよ現在も
伝えられているということにある種驚きがあります。
ほとんどかどうか分かりませんが私が知っている話しは
戒めが多く反面教師の物語です。
いくつか紹介します、ご存知の話もあるか分かりませんが
暑い時期気持ちも体もだらけることが多いので背筋を伸ばして
生きるために・・・・・そこまでは大げさで・・・・・・・ないと思います。
あえて感想はつけません、皆さんはどうこの話を人生の教訓として
活かされるのか、愚才にとってはありがたい教訓です。
「ウマと男」
ウマの世話をするために雇われている男がいました。
その男は大酒のみで、ある日の晩、有り金を全部はたいて、
タラフクお酒を飲んでしまいました。
一文無しになった男は次の晩もお酒を飲みたくなり、
とうとうウマの餌である大麦まで売ってお金に換えて飲んでしまいました。
しかし、その次の朝、男を雇っている主人がウマの様子を見に来ることになったため、
男はせっせとウマにブラシをかけました。
それを見たウマは、男にこう嫌みを言いました。
「僕を本当に毛並みのいい立派なウマに見せたかったら、
二度と餌を売らないでくれよ。
ろくに餌もよこさないで、毛並みのいい立派なウマもヘチマもあったもんじゃない」
「ヤギとヤギ飼い」
昼寝をしていて寝過ごしてしまったヤギ飼いが、あわてて放していた
ヤギたちを檻に戻そうと呼び寄せました。
しかし、数頭のヤギが草を食べたりグズグズしていて、
ヤギ飼いの言うことを聞きません。
腹を立てたヤギ飼いは石を投げつけました。
すると、偶然にも一頭のヤギの角に当たって折れてしまいました。
びっくりしたヤギ飼いは、そのヤギに向かって、こう懇願しました。
「ごめん、痛くなかったかい?
このことはご主人様には内緒にしてほしいんだ。
そんなことが知れたら、僕はどんな仕打ちを受けるか分からない。
それに僕は君の角を折るつもりなんて全くなかったんだからね」
すると、そのヤギが言いました。
「僕が黙っていたって、この折れた角を見れば、
君の不注意を隠すことなんてできるわけないさ」
「負けたニワトリ」
昔、ギリシャのタナグラという地方のニワトリは、
気性がとても激しく、人間に似ていると言われていました。
そのタナグラで、ある日、オスのニワトリ同士が餌の取り合いで
激しい喧嘩を始めました。けんかに負けてしまったニワトリは、
恥ずかしくていたたまれなくなり、自分の住み家に戻り、
身を縮めていました。
一方、喧嘩に勝ったニワトリは、餌を独り占めして食べた後、
屋根に上がり、他のニワトリを見下して、
「コケコッコー」と自慢げに鳴きました。
すると、その声を聞きつけたワシが屋根の上のニワトリ目がけて
襲って餌食にしてしまったのです。
その後、喧嘩に負けたニワトリは、仲間たちと、
餌を分け合い、仲良く食べることができました。
「ワシとキツネ」
ワシとキツネがとても仲良くなり、近くに住むことにしました。
ワシは大きな木に巣を作り、キツネはその木の根元の草むらを
住み家にして、お互いに子どもを産んだのです。
ところが、キツネが餌を探しに出かけたすきを狙って、
食べ物がなくて困っていたワシはキツネの赤ちゃんをさらい、
ヒナたちと一緒に食べてしまいました。
帰ってきたキツネはワシの仕打ちに激怒し、大いに悔しがりました。
しかし、ワシの住む高い木の上では仕返しもできないため、
一層腹を立てて、ワシのことを呪ったのでした。
「親友だなんて言っておきながら、私の赤ちゃんを餌にするなんて、
あまりにもひどすぎる。
今すぐにでも、ワシの巣に上がって仕返ししたいけど、
あんな高い所まではとても上がれない、天罰でも下ればいいんだ」
数日後、キツネの望みどおりのことがおこりました。
神様への儀式としてヤギが焼かれている時、
ワシは火のついたヤギの内臓を盗んで巣に持ち帰ったまではいいのですが、
その火が巣に燃え移って火事になり、
ワシのヒナは地面に落ち、キツネに食べられてしまったのです。
「旅人と神」
一人の旅人が長い旅路を終え、故郷に戻りました。
しかし、あまりにも疲れていたので、自宅に辿りつく前に、
井戸端に倒れ込んで眠りこけてしまいました。
相当疲れていたのでしょう、旅人は寝相が悪く、
今にも井戸の中に落ちそうなことに気がつきません。
今にも落っこちる、すんでのところで神様が現れ、
旅人を起こしてこう言いました。
「もう少しで井戸に落ちるところであったぞ、もし落ちていたら、
お前は自分の不注意を棚に上げて、『俺はどうしてこうツイテないんだ』
『この世に神などあるものか』と、私を呪ったであろう」
Posted by いとう茂 at
13:23
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