2015年06月17日
懺悔
懺悔という言葉があります、頭の中では反省よりも深い気持ち、
神仏に過去の罪悪を悔い許しを乞う。そんな解釈でしたが、改めて調べてみました。
《「懺」は、梵kṣamaの音写、「悔」はその漢字訳。古くは、また仏教では「さんげ」という》
1 神仏の前で罪悪を告白し悔い改めること。
2 キリスト教会一般では、罪を告白し、神の許しを請うこと。
カトリック教会では「悔悛 (かいしゅん) の秘跡」の俗称。
3 自分の罪を悔いて他人に告白すること。
大体あっているようで80点というところでしょうか。
新たなスタートを切るために、これまでの汚点をリセットする、
そのための関所、儀式とも言えそうです。
現実には消えることがない過去なのです、償うことができない
罪かもしれませんが、それでも生きていかなくてはならない
人間が考え、編み出したブラックホールかもしれません。
錆びたナイフでガリガリ切られた傷は
カッターナイフで切った傷とは違い、醜い傷跡を残し、もとの肌には戻りません。
割れたビール瓶で切られた傷も同じです、昔、ビール瓶のかけらが
足首に刺さったことがあります、その傷跡は40年以上たっても
はっきりと残っています。
同じように傷つけられた方はずっとその傷跡を見るたびに心が疼くもので
許せないという感情も増幅するものでしょう。
他人にひどい仕打ちをしたり言ったりして傷つけた自覚があれば
反省もできますが、自覚がない出来事については振り返ることはありません。
それでも、傷つけられた人間には辛い思い、悔しい思い、憎しみが残ります。
心の中に誰でも、押さえるとジクジクして、膿が出る部分があるように思います。
傷つけられ、悔しい、辛い思いの部分と、傷つけたその痛みと後悔の部分、
両方があると思います。
悔しさをバネにして乗り越える人、悲しみに沈み悲嘆にくれる人、
傷つけた後悔から謙虚に生きる人、傷つけた痛みに耐えられず、
自己防衛でさらに攻撃的になる人。
対処は様々だと思います。
忘れるということと許すということは、傷つけられた側だけに
与えられるもので、傷つけた方はジクジクした部分を常に意識して
生きる必要があると思いますが、喉元過ぎれば・・・・で、
「あんだけ迷惑かけといて、よくも陽気にしてられるなぁ」
そう思われてはいけない、人間、時には、神仏の前でなくても
自分の心を外側から見ることは欠かせないと思います。
それを懺悔というかは別にして・・・・・。
今日は午前中に議運と会派の総会があり、最終日に上程される
議案の説明がありました。
午後からは予算常任委員会があり、各常任委員会で
審議した議案の報告と採決があります。
23日までの会期ですが、明日は特別委員会があり、
19日は広報広聴委員会、それが終わると最終日の採決です。
6月通常会議も終盤です、次の通常会議は8月31日から、
それまでの間は各会派の視察研修や議員それぞれが
政策等の調査や研究です。
夏休みというほど長い休みが取れるかわかりませんが、
地域の夏祭りやイベントでそれなりに忙しくなると思います。
神仏に過去の罪悪を悔い許しを乞う。そんな解釈でしたが、改めて調べてみました。
《「懺」は、梵kṣamaの音写、「悔」はその漢字訳。古くは、また仏教では「さんげ」という》
1 神仏の前で罪悪を告白し悔い改めること。
2 キリスト教会一般では、罪を告白し、神の許しを請うこと。
カトリック教会では「悔悛 (かいしゅん) の秘跡」の俗称。
3 自分の罪を悔いて他人に告白すること。
大体あっているようで80点というところでしょうか。
新たなスタートを切るために、これまでの汚点をリセットする、
そのための関所、儀式とも言えそうです。
現実には消えることがない過去なのです、償うことができない
罪かもしれませんが、それでも生きていかなくてはならない
人間が考え、編み出したブラックホールかもしれません。
錆びたナイフでガリガリ切られた傷は
カッターナイフで切った傷とは違い、醜い傷跡を残し、もとの肌には戻りません。
割れたビール瓶で切られた傷も同じです、昔、ビール瓶のかけらが
足首に刺さったことがあります、その傷跡は40年以上たっても
はっきりと残っています。
同じように傷つけられた方はずっとその傷跡を見るたびに心が疼くもので
許せないという感情も増幅するものでしょう。
他人にひどい仕打ちをしたり言ったりして傷つけた自覚があれば
反省もできますが、自覚がない出来事については振り返ることはありません。
それでも、傷つけられた人間には辛い思い、悔しい思い、憎しみが残ります。
心の中に誰でも、押さえるとジクジクして、膿が出る部分があるように思います。
傷つけられ、悔しい、辛い思いの部分と、傷つけたその痛みと後悔の部分、
両方があると思います。
悔しさをバネにして乗り越える人、悲しみに沈み悲嘆にくれる人、
傷つけた後悔から謙虚に生きる人、傷つけた痛みに耐えられず、
自己防衛でさらに攻撃的になる人。
対処は様々だと思います。
忘れるということと許すということは、傷つけられた側だけに
与えられるもので、傷つけた方はジクジクした部分を常に意識して
生きる必要があると思いますが、喉元過ぎれば・・・・で、
「あんだけ迷惑かけといて、よくも陽気にしてられるなぁ」
そう思われてはいけない、人間、時には、神仏の前でなくても
自分の心を外側から見ることは欠かせないと思います。
それを懺悔というかは別にして・・・・・。
今日は午前中に議運と会派の総会があり、最終日に上程される
議案の説明がありました。
午後からは予算常任委員会があり、各常任委員会で
審議した議案の報告と採決があります。
23日までの会期ですが、明日は特別委員会があり、
19日は広報広聴委員会、それが終わると最終日の採決です。
6月通常会議も終盤です、次の通常会議は8月31日から、
それまでの間は各会派の視察研修や議員それぞれが
政策等の調査や研究です。
夏休みというほど長い休みが取れるかわかりませんが、
地域の夏祭りやイベントでそれなりに忙しくなると思います。
Posted by いとう茂 at
12:29
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