2019年01月17日

24年目の阪神淡路大震災

今日は阪神淡路大震災が発生してから24年目になります。
朝のワイドショーで天皇陛下と皇后陛下が震災から2週間後に
現地を訪れ、体育館に避難している住民の手をとって
一人ひとりの目を見て励ましておられる姿や、長田の
商店街を訪れて皇居に咲いていた水仙を17本献花されている
様子が報道されていました。
見ていて目頭が熱くなる思いにかられた方も大勢おいでに
なったのではないでしょうか。
以前にも書きましたが私も商店街の有志と震災の1週間後に
2か所で炊き出しを行い、現地の様子だけでなく避難している
人たちと言葉を交わして激励してきました。

ようやく自衛隊が運動場にトイレの穴を掘る準備をするところで、
校舎に足を踏み入れると汚物の激しいにおいで吐き出しそうに
なったのを覚えています。
そんなところにしか避難できない人がいる、生死を分けたものは
寝ている場所や部屋のレイアウトだったかもしれません。
家は全壊したのにうまく家具の間で生存空間があり命拾いを
した人もいれば、家は無事でも倒れてきた家具の下敷きになり、
落命した人もいたと思います。

報道を見ていて人は人の心で救われる、前へ進むことができる、
そんなことを感じました、陛下が膝をつき被災者の手を握られて
話しかけられ、そのことでどれだけの人が救われ復興の勇気を
いただいたか、絶望の暗い穴に落ちていく途中でも、そうした
暖かいお言葉で羽が生えたように羽ばたけた人もいるでしょう。
自然の猛威をもってしても人の心までは破壊することはできない、
たとえ一時的に破壊されても人は立ち直れる力を持っている。

切り替えが早いとか諦めがいい、そんな問題ではなく、命の持つ
力は無限ではないか、自分ではもう駄目だとか思考力もない
抜け殻の状態でも外部の暖かい命のぬくもりに触れることで、
前に進む気力がわいてくるのではないでしょうか。
人は誰かに支えられて生きている、その典型ではないのかと
改めて人は一人で生きられるほど強くもないし、目に見えない
誰かに支えられて生きている、そのことを実感しました。

自然は目に見えるものは壊せても目に見えないものは壊せない、
人は目に見えないものでつながっているから、どんな時でも
どんなところからでも再出発できる。

これ自分に言って聞かせてます。
  
Posted by いとう茂 at 22:08Comments(0)