2016年01月03日
オフの日
今年も3日目になりました、来週からは市長選挙が始まります。
11月通常会議の後は一気に市長選挙モードに突入、と言っても
一般市民への浸透はまだまだで、「選挙があるの」そういった声も
聞きます、朝夕の駅立ち、政党カーでの広報、街頭演説と
市民に向けて啓発を行っています。
年末からこうした活動や会議を続け、年が明けても朝から事務所で
調整をしていました。
元旦からわざわざ激励においでいただく方もあり、関係者としては
嬉しい限りです。
昼食は毎日コンビニ、おにぎり、カップ麺、のり弁当・・・・・。
それでも候補者に比べれば恵まれているというか、お腹が満たされ
食事をしたという感があります。
4年前もこの時期に市長選挙がありましたが、元旦から準備に
事務所に詰めるということはありませんでした、現職と新人3名の4名で
争うことが予想される選挙です、どの陣営が勝つのか、私が支援している陣営が
どうかはわかりませんが、自分ができることはしっかりしょう、そう思っています。
早朝から動くことも多くありますし、あいさつに同行して夜遅くなることもありました。
そんなわけで今日は一日オフにしました。
何をするという予定はありませんでしたが、ほっこりできればと携帯も電源オフで
過ごしました、夜に帰ってから電源を入れると案の定数件の着信がありました。
いないといないで誰かが代わりをしてくれます。
選挙によらず、世の中のことは自分でないとだめということは案外少ない、
自分がという意識は責任感や使命感を持つために大切ですが、それが
行き過ぎると、我流の押し付けになり周囲に迷惑がかかることも見てきました、
自分が、そう思っているのは自分だけで、周囲はお前がおらんかったら
そう思うことのなんと多いことか。
中島みゆきの命の別名という歌の歌詞に「僕がいることを喜ぶ人がどこかにいてほしい」
その前の歌詞は「何かの足しにもなれずに生きて、何にもなれずに消えていく」です。
気取らず、気負わず、自分の人生を達観したように自分はこれだけの人間です、
それでも、こんな自分がいることを喜んでくれる人がいればいいなと思う。
喜んでくれる人は、自分を特定の人と思ってか、不特定多数の一人としてか、
そこまではわかりませんし、この私がいることを喜んでくれる人がいるのかも
自分ではわかりません。
でも、そんな人がどこかにいて見ていてくれるそう思うことは力になります。
このブログも、時々反省と、よく飽きもせずに読んでいただいて申し訳ない、
そう思うことがあります、それでも心の片隅には私のブログを楽しみにしていてくれる
そんな人がいるかもしれない、そう思い力をもらっています。
思い過ごしのほうが多いのでしょうが・・・・。
寒空を見上げてまたたく星を見る、星も私に見てほしいと願っているのでしょうか、
だったら、多くの星を見るだけではなく、いつも決まった星を見つめ続ける。
そんなことをしたこともないので、これからはそうした星の見方もいいのかと・・・・・、
オフの日は何かと考えることが多くありました。
11月通常会議の後は一気に市長選挙モードに突入、と言っても
一般市民への浸透はまだまだで、「選挙があるの」そういった声も
聞きます、朝夕の駅立ち、政党カーでの広報、街頭演説と
市民に向けて啓発を行っています。
年末からこうした活動や会議を続け、年が明けても朝から事務所で
調整をしていました。
元旦からわざわざ激励においでいただく方もあり、関係者としては
嬉しい限りです。
昼食は毎日コンビニ、おにぎり、カップ麺、のり弁当・・・・・。
それでも候補者に比べれば恵まれているというか、お腹が満たされ
食事をしたという感があります。
4年前もこの時期に市長選挙がありましたが、元旦から準備に
事務所に詰めるということはありませんでした、現職と新人3名の4名で
争うことが予想される選挙です、どの陣営が勝つのか、私が支援している陣営が
どうかはわかりませんが、自分ができることはしっかりしょう、そう思っています。
早朝から動くことも多くありますし、あいさつに同行して夜遅くなることもありました。
そんなわけで今日は一日オフにしました。
何をするという予定はありませんでしたが、ほっこりできればと携帯も電源オフで
過ごしました、夜に帰ってから電源を入れると案の定数件の着信がありました。
いないといないで誰かが代わりをしてくれます。
選挙によらず、世の中のことは自分でないとだめということは案外少ない、
自分がという意識は責任感や使命感を持つために大切ですが、それが
行き過ぎると、我流の押し付けになり周囲に迷惑がかかることも見てきました、
自分が、そう思っているのは自分だけで、周囲はお前がおらんかったら
そう思うことのなんと多いことか。
中島みゆきの命の別名という歌の歌詞に「僕がいることを喜ぶ人がどこかにいてほしい」
その前の歌詞は「何かの足しにもなれずに生きて、何にもなれずに消えていく」です。
気取らず、気負わず、自分の人生を達観したように自分はこれだけの人間です、
それでも、こんな自分がいることを喜んでくれる人がいればいいなと思う。
喜んでくれる人は、自分を特定の人と思ってか、不特定多数の一人としてか、
そこまではわかりませんし、この私がいることを喜んでくれる人がいるのかも
自分ではわかりません。
でも、そんな人がどこかにいて見ていてくれるそう思うことは力になります。
このブログも、時々反省と、よく飽きもせずに読んでいただいて申し訳ない、
そう思うことがあります、それでも心の片隅には私のブログを楽しみにしていてくれる
そんな人がいるかもしれない、そう思い力をもらっています。
思い過ごしのほうが多いのでしょうが・・・・。
寒空を見上げてまたたく星を見る、星も私に見てほしいと願っているのでしょうか、
だったら、多くの星を見るだけではなく、いつも決まった星を見つめ続ける。
そんなことをしたこともないので、これからはそうした星の見方もいいのかと・・・・・、
オフの日は何かと考えることが多くありました。
Posted by いとう茂 at
23:57
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