2016年01月29日

この街では暮らせない

25・26日は会派の行政視察で神奈川県の川崎市と東京に
行ってきました。
川崎市は滋賀県の人口とほぼ同じくらいの140万人が暮らしています。
公立の小中学生だけでも10万人、東京はさらに多くの人が暮らしています。
交通のアクセスも買い物も便利ですし、外食も何を食べるか、どこで食べるか
選択肢の多さに私などは戸惑ってしまいます。
何でもある、どこに行くにも便利、生活をするにはこの上ない環境ですが、
自分の中では生活と暮らすは意味が違います。

インフラや買い物など物理的な充足は生活に不可欠な要素ですが、
暮らすとなるとのんびりとか潤い、あるがままの自然など違う要素が
必要になります、よく整備された公園、広い道路と歩道、夜でも
明るいまち、遅くまで運行している電車、そうした便利さや快適さ
安全面の整備とは裏返しの何もないけど星がきれい、ポツンとともる
街灯、静かな夜、未舗装の土の道、そんなものへの郷愁からか
強い憧れと執着があります。

便利さかのんびりか、個人によって選択が分かれると思いますし、
自分の思いを強制するつもりはありません。
ただ、地下鉄の出口から次から次へ、途切れなく人が出てくる光景や
3車線の車道に渋滞で車が止まり、歩く人が止まっている車を追い抜く
日常を見たり、23時を回っても歩道を気を付けて歩かないと人と
衝突してしまう人の流れを見ると、もううんざり。
とてもこの街では暮らせない。

四角い空も見慣れれば発想が広がるのでしょうか。
そこから見上げた夜空に浮かぶ月に願いが届くのでしょうか。

年を重ねるごとに短気でせっかちになりますが、動きは鈍くなります。
車で何分という発想は捨てて、歩いて何分、歩くには遠すぎる、
それなら行くのをやめる選択、ゆっくり生きる。
誤解されると困りますが、何もしないでゆっくり生きることとは違います。
同じことをするにしてもゆっくり念入りにする、そういうことです。

一期一会、人との出会いだけでなく日常の仕事とも一期一会です。
この仕事はこの先もうすることはない、そんな仕事もあるでしょう、
丁寧に生きる、それにはやはり「のんびり」は不可欠ですし、
そのためには大都会では暮らすことはできません。
欲しいものがより早く、より安く手に入る、このことが生活するのには必要な
場合があるかもしれません。
しかし、今暮らしている地域でも、日常生活には、ほぼ十分なものが
半径500メートルで揃います、嗜好品やぜいたく品も電車で30分以内の
距離で手にはいる、これで満足です。

イソップ物語の田舎のネズミかもしれませんが、それが相応かと思っています。

  
Posted by いとう茂 at 20:35Comments(0)