2016年01月08日

二人の自分

この世に自分という人間は一人しかいません、その人がどんな
人であれ、たった一人ということでかけがえがない存在です。
一人しかいない自分の中に二人の自分がいます、善悪とか
正邪そんな道徳的な人間を演じる時もありますが、普段は
槍をもって自分を突く役と盾を持って自分を守る役の二人で、
どちらが強いかは事柄によって違います。

車で目的地に向かっていて約束の時間に遅れそうなときは、
「もっと早く出発すればよかったのに、グズグズしているからだ」
「出る前に電話があって出発が遅れた」
「もっと飛ばせ」「いやいや事故を起こしては大変」
「だったら先方に電話を入れて遅れる旨を伝えておけ」「うん」
ざっとこんなやり取りです。

槍と盾というと物騒なたとえかもしれませんが、奮い立たせる自分と
言い訳をして休もうとする自分、筋道を立てて間違いを指摘しようとする
自分と、間違いでも丸ごと飲み込もうとする自分、切れそうになる自分と
切れるより楽しもうとする自分、口を挟もうとする自分と傍観して
相手に考えさせようとする自分・・・・・・・。

向き合うことを好む自分と嫌う自分もいます。
腹の虫がおさまらん、マーマーそう目くじら立てるな。
ここで黙っていられるか、言うだけ無駄、猫に小判をやった自分が悪い。
喧嘩は目の高さが合うから喧嘩になります、相手が一段上では
喧嘩にならずに空振りで終わります。
負けたらあかん、喧嘩を買いに行く自分と、負けてもいい、喧嘩を
放っておく自分。

よく耳にするのが喧嘩の相手が悪いわ、実際に殴り合うのではなく、
会議の議論の中でのことですが、相手が誰であれおかしいものはおかしい、
そんな人の中には許せないという自分がいるのでしょうし、
あの人には逆らえない、そう思う人の中には戦意を喪失した自分が
いるのだと思います。
中には、戦意喪失というより、年をとったのか、こんな無茶を言う人では
なかったのにとこちらが同情する場面も最近増えてきました。

いよいよ二日後には選挙が始まります。
二人の自分が一致して「勝つ」、そのことに集中できたらと思います。
これまでの努力を信じて、自分と周囲を信じる候補者に女神は微笑む、
そんな気がします、候補者がどこまで自分を信じているのかはわかりませんが、
信じてもらえる周囲にはなれます。

最後まで勝つことを信じて一灯照隅です。

  
Posted by いとう茂 at 21:04Comments(0)