2017年06月01日

高体連の思い出

先週は中学生の歓声が皇子山陸上競技場に響いていましたが、
今日から高校生の声援に変わります、土曜日までの3日間、
熱戦が繰り広げられ一人ひとり違うドラマが待っています。
ここで6位に入賞すると近畿大会、さらにそこで6位に入ると
インターハイの扉が開かれる第一段階です。
上の大会を目指す選手もいれば、とにかく予算通過をしたい、
自己記録の更新が目標というレベルの選手もいます。

私も40年以上昔、同じ皇子山陸上競技場でインターハイを
目指して競技をしていました。
小さいころから走ることが好きで足もそれなりに速かったのですが、
100メートルで滋賀県の上のレベルに入るかと言えば、まったく
無理な記録で1年生の夏に棒高跳びに転向しました、遊びで
中学校の時にした経験があり、大津市の大会で優勝したのが
転向の理由です。

指導者もなく一人で練習する日が続きましたが、2年生が
修学旅行に行っている間だけ、高校の先輩で棒高跳びをされていた
大阪の高校の先生が指導に見えました。
それまでの我流の練習と違い、かなりハードでしたし初めての
経験の連続でした。
休憩の時にその先生がぽつんと言われた言葉が私の杖言葉になり
前向きに陸上と取り組むことができました「伊藤、俺はインターハイには
出られなかったけど、お前には出てほしいと思っている、俺のポールを
お前にやるから頑張れ」そんな言葉でした。

棒高跳びという競技は硬いポールでより強い反発力をもらい、
握る場所もより高いところを持つほうが有利な種目です。
そのためには強い筋力とスピードが要求されますし、空中でのバランス
感覚も大切です。
先生からいただいたポールは鉄のように硬く、長くて重いものでした、
握る場所も50センチは長いところで、これを使いこなせれば
最低でも50センチは伸びる計算でした。
ただ、硬いポールが垂直に立たなければ体は上ではなく、横に
流れてバーの下をくぐることになります。

それは机上の話では50センチ以上記録が伸びるのですが、
実際には筋力不足でボックスに突っ込みポールに圧力がかかると
握る場所が滑って維持できません。
圧力に負けずに踏み切ることで体が上に上がりポールも垂直に
立ちますが、悪戦苦闘でようやく使いこなせるメドがついたのは
3年生になる前の3月末ごろだったと思います。

時間が来ました、続きは明日にします。
  
Posted by いとう茂 at 18:04Comments(0)