2017年12月08日

健康の定義3

WHO憲章の前文の「健康」についてはこの前にアップしました。
健康の定義を考えた時に、心の安定が不可欠な気がします。
聖書の中にこんな言葉が出てきます。
人はパンだけで生きるのではなく、神の口から出る
一つ一つの言葉による。
人は物質的な満足だけを目的として生きるものではなく、
精神的なよりどころが必要である。
人が生きるのは、物質的なものだけによるのではない。
人は神の御言葉に養われて、初めて本当の意味で
生きることができる。

東洋にも管仲がこんなことを言っています。
衣食足りて礼節を知る。
聞き覚えがあると思いますが、正確には「倉廩満ちて礼節を知り
衣食足りて栄辱を知る」
生活が楽になれば、自然に道徳心も生じ名誉を重んじ恥を知るようになる。

恒産無くして恒心無し、という言葉は孟子が言ったものです。
ある程度の資産、安定した生業が無ければ、安定した正しい
倫理観を維持することは難しい、ということを言っています。

西洋は信仰の大切さを説いていますが、東洋は生活の安定や
資産、が心のよりどころになっているようですが、たまたまの
例かも知れません、もう少し調べてみようと思います。
キリストも管仲も紀元前の人物ですし、孟子は二人よりも100年余り
のちに生まれていますが、やはり紀元前の人です。

時代が変わり人間は知識を蓄えてより効率よく、便利に生きるすべを
覚えたようですが本質は何も変わっていないように思います。
美しい物を見て素直に美しいと思える、悲しい時は自然に
涙ぐむ、腹が立つとき、寂しい時も同じように心が反応する、
お腹がすいたら食事をする、眠くなったら眠る、本能のまま
生きようとすると誰かとぶつかる。
それも昔から変わっていないのでしょう。

耐えること、慎むこと、コツコツと積み重ねること、そのことは
昔の人か現代人かどちらが優れていたのでしょう。
そうしたことと満たされることとのバランスがうまくとれていれば
心は安定するのでしょうか。
  
Posted by いとう茂 at 23:33Comments(0)