2019年04月03日

「住み続けたいまち・大津」

越市長が大津市のあるべき姿として標榜されている
「住み続けたいまち・大津」とはどんなまちなのか、受け手によって
それぞれ違いがあると思います。
国語的に間違った解釈かも知れませんが、自分の中では
「住む」と「生活する」は違います。
人が主と書いて「住む」になります、住み続ける手段として
そこで生活する。
生活とは、字の印象から生きるために舌を潤す、衣食住の
ことで、命を長らえる手段だと思っています。
快適な生活とは利便性や防犯、防災面の安全確保、仕事先への
通勤時間や通勤手段の整備、つまり機能面のことが中心で、
「住む」となると、終の棲家ではありませんが、機能面だけでなく
心の満足、そちらも重要な要素になってくると思います。

住み続けるためには交通網や生活施設、公共施設の整備、充実が
欠かせないと思いますが、むしろ自然環境、人的環境が自分に
合っている、安らぎとかほっこり感が得られる、不便でも田舎で
のんびり過ごしたいと考える人が多いのもそのためかもしれません。
単に移動に便利だとか、買い物に困らない銀行や郵便局も
近くにある、欲しいものが近所でいつでも手に入る、そうした
物やハードがなくてはならない人もいるでしょう。
これまで東京にも何度も行きましたが1週間までなら生活
できそうですが、それ以上は閉塞感で我慢ができないと思います。

住み続けたいまち・・・・・私は骨を埋めるまち。
肉体はなくなっても魂は残る、事実なのか科学的な根拠があるのか
分かりませんが、個人的には死後も何らかの形で目に見えない
自分の一部がこの世に漂っている、そうしたことが実際に
あるのではないかと考えていますので、存命中の生きがいに加えて
この地に骨を埋める死にがい、そうしたものも含めて自分が
ここならと思えるのが、住み続けたいまちであると思っています。
  
Posted by いとう茂 at 21:01Comments(0)