2019年10月25日
久しぶりに 東井義雄さん
8月に兵庫県の東井義雄記念館に行ったときに
買った本を読み返していました。
その中から紹介したいと思います。
「バカになるまい」という題名の100ページ余りの冊子からです。
「ゴミひろい」
私の最後の校長をやった小学校の子どもたちがね。
この学校、ゴミの落ちとらん学校にしてやるんだ。
ゴミひろいに挑戦している子どもがいました。
その日記をみせてもらいました。
「落としたいものは落とせ、みんなひろってやる。」
と書いてありました。
私もゴミは気になってひろうんですがね。
気が付いてみると、いつもぶつぶついうとるんです。
「なぜこんなゴミを落とすんやろうか。もう少し、しゃんとしたらどうや。」
なんかぶつぶついうとるんです。
挑戦する生き方。
いろんな難儀、苦労に、あえて自分でぶつかって、このおかげさまで
というような受け止めかたができるような生き方、これがあるんですね。
12月に入って寒い日が続きました。
私はやせ細って、寒さがすぐ骨身に応えてくるほうで、
「寒い寒い」
といいましたらね、そこの小学校6年生の子の日記をみせてもらいましたら、
「12月が僕を試しにやって来た。」
と書いてくれました。
12月が僕を試しにやって来た、負けるかい、ということですね。
お昼になってしまいましたが、その挑戦のこと、もう少しばかり
お話してお別れすることにしましょう。
6年の春の遠足を歩かせることにしていましたが、
「春の遠足、歩くことになったんだが、みんな足が弱っているから、
隣のいざわ小学校のあたりがどうや。
あそこの川淵で弁当食べたら、いいぞ。」
「先生、バカにせんといてください。あそこは毎年、1年生が行くとこです。」
「いや、あのへんが、ちょうど似おうとると違うかな。」
「バカにせんといてください。」
「えらそうにいうが、どれだけ歩くつもりや。おまえたちで計画建ててみい。」
結局子どもたち、但馬を切り開いたという、新羅皇子天の日槍を祀ってある、
出石神社を訪ねて、そこでなにかを勉強したらよいか、37キロの
計画を立て、それに挑戦して、
「やれたわい。」
といって、えばって帰って来るんです。
子どもたちの自主性を育てるために、あえて挑発的な言葉を使ったのかも
知れませんが、子どもたちのことを日ごろからよく見ていないと、逆効果に
なることもあると思います。
続きは明日です。
買った本を読み返していました。
その中から紹介したいと思います。
「バカになるまい」という題名の100ページ余りの冊子からです。
「ゴミひろい」
私の最後の校長をやった小学校の子どもたちがね。
この学校、ゴミの落ちとらん学校にしてやるんだ。
ゴミひろいに挑戦している子どもがいました。
その日記をみせてもらいました。
「落としたいものは落とせ、みんなひろってやる。」
と書いてありました。
私もゴミは気になってひろうんですがね。
気が付いてみると、いつもぶつぶついうとるんです。
「なぜこんなゴミを落とすんやろうか。もう少し、しゃんとしたらどうや。」
なんかぶつぶついうとるんです。
挑戦する生き方。
いろんな難儀、苦労に、あえて自分でぶつかって、このおかげさまで
というような受け止めかたができるような生き方、これがあるんですね。
12月に入って寒い日が続きました。
私はやせ細って、寒さがすぐ骨身に応えてくるほうで、
「寒い寒い」
といいましたらね、そこの小学校6年生の子の日記をみせてもらいましたら、
「12月が僕を試しにやって来た。」
と書いてくれました。
12月が僕を試しにやって来た、負けるかい、ということですね。
お昼になってしまいましたが、その挑戦のこと、もう少しばかり
お話してお別れすることにしましょう。
6年の春の遠足を歩かせることにしていましたが、
「春の遠足、歩くことになったんだが、みんな足が弱っているから、
隣のいざわ小学校のあたりがどうや。
あそこの川淵で弁当食べたら、いいぞ。」
「先生、バカにせんといてください。あそこは毎年、1年生が行くとこです。」
「いや、あのへんが、ちょうど似おうとると違うかな。」
「バカにせんといてください。」
「えらそうにいうが、どれだけ歩くつもりや。おまえたちで計画建ててみい。」
結局子どもたち、但馬を切り開いたという、新羅皇子天の日槍を祀ってある、
出石神社を訪ねて、そこでなにかを勉強したらよいか、37キロの
計画を立て、それに挑戦して、
「やれたわい。」
といって、えばって帰って来るんです。
子どもたちの自主性を育てるために、あえて挑発的な言葉を使ったのかも
知れませんが、子どもたちのことを日ごろからよく見ていないと、逆効果に
なることもあると思います。
続きは明日です。
Posted by いとう茂 at
21:22
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