2015年08月21日
洗車のあとは・・・・・小さな気付き。
疲れ果てていることは誰にもかくせはしないだろう
ところがおいらは何のために こんなに疲れてしまったのか
今日という日が そんなにも大きないちにちとは思わないが
それでもやっぱり 考えてしまう ああ このけだるさは何だ
いつかはどこかへ 落ち着こうと心の置き場をさがすだけ
たどり着いたら いつも雨降りそんなことのくり返し
やっとこれでおいらの旅も終わったのかと思ったら
いつものことではあるけれど ああ ここもやっぱり どしゃ降りさ
心の中に傘をさして
裸足で歩いている自分がみえる
人の言葉が 右の耳から左の耳へと 通りすぎる
それほど 頭の中はからっぽになっちまってる
今日は何故か おだやかで知らん顔してる自分がみえる
冒頭の、たどり着いたらいつも雨降りとは関係ないのですが、
昔から洗車をすると翌日は必ず雨が降ります、ですから車を
洗いながらこの歌詞が頭に浮かんできます。
若い頃は車好きで頻繁に洗車もしましたし、ワックスは固形ワックスに
こだわっていました、最近は稀にしか洗車をしませんが、お盆に
洗車をするとやはり翌日は雨でした。
洗車だけは今でも手洗いでこれまで洗車機を使った経験は
ありません。
洗車をすると雨が降る、洗車をすると雨が降る、
賽の河原の石積みではありませんが、積んだと思うと鬼がやってきて積んだ石を壊す、
また積むと鬼が壊す、やがて幼子は泣き出し父母を呼び続けると
地蔵菩薩が現れ幼子をしっかり抱きしめる。
さすがに地蔵菩薩も出てきませんし、泣き出しもしませんが、
どうせ雨が降るからと手抜きをしてしまいます。
この前も暑さもありましたが手抜きの洗車でした。
洗車後の感想です、いくら美しく磨いても運転していると見えません。
自分の部屋なり家の中ですときれいに掃除をすれば自分に見えますし、
気持ちがいい時間が続きます。
しかし、自分では見られなくても人からは見えます、見栄ではなく
自分では見えなくても人から見えるところ、そこはやはりきれいにしておく、
そんな必要があるのではないか、不快感を与えないためにも、たとえば肩のフケ、
スラックスの膝の裏のプリーツ、よく言われるのが靴、そうしたことが
いつでもちゃんとできていることが、その人の評価につながる気がします。
ところがおいらは何のために こんなに疲れてしまったのか
今日という日が そんなにも大きないちにちとは思わないが
それでもやっぱり 考えてしまう ああ このけだるさは何だ
いつかはどこかへ 落ち着こうと心の置き場をさがすだけ
たどり着いたら いつも雨降りそんなことのくり返し
やっとこれでおいらの旅も終わったのかと思ったら
いつものことではあるけれど ああ ここもやっぱり どしゃ降りさ
心の中に傘をさして
裸足で歩いている自分がみえる
人の言葉が 右の耳から左の耳へと 通りすぎる
それほど 頭の中はからっぽになっちまってる
今日は何故か おだやかで知らん顔してる自分がみえる
冒頭の、たどり着いたらいつも雨降りとは関係ないのですが、
昔から洗車をすると翌日は必ず雨が降ります、ですから車を
洗いながらこの歌詞が頭に浮かんできます。
若い頃は車好きで頻繁に洗車もしましたし、ワックスは固形ワックスに
こだわっていました、最近は稀にしか洗車をしませんが、お盆に
洗車をするとやはり翌日は雨でした。
洗車だけは今でも手洗いでこれまで洗車機を使った経験は
ありません。
洗車をすると雨が降る、洗車をすると雨が降る、
賽の河原の石積みではありませんが、積んだと思うと鬼がやってきて積んだ石を壊す、
また積むと鬼が壊す、やがて幼子は泣き出し父母を呼び続けると
地蔵菩薩が現れ幼子をしっかり抱きしめる。
さすがに地蔵菩薩も出てきませんし、泣き出しもしませんが、
どうせ雨が降るからと手抜きをしてしまいます。
この前も暑さもありましたが手抜きの洗車でした。
洗車後の感想です、いくら美しく磨いても運転していると見えません。
自分の部屋なり家の中ですときれいに掃除をすれば自分に見えますし、
気持ちがいい時間が続きます。
しかし、自分では見られなくても人からは見えます、見栄ではなく
自分では見えなくても人から見えるところ、そこはやはりきれいにしておく、
そんな必要があるのではないか、不快感を与えないためにも、たとえば肩のフケ、
スラックスの膝の裏のプリーツ、よく言われるのが靴、そうしたことが
いつでもちゃんとできていることが、その人の評価につながる気がします。
Posted by いとう茂 at
12:42
│Comments(1)
2015年08月20日
一所懸命と一生懸命
子どもの頃学校で、一所懸命という言葉を習いました。
それが、いつの頃か忘れましたが一生懸命という言葉が
出てきて、今では一生懸命という言葉のほうが一般的に
なっているように感じます。
個人的な思いですが、一所と一生字面だけでみると、
一つの所、与えられた所、役目を果たすべき所と
いった感じで時間的な制限があるように思いますが、
一生というと、生きている限り、ずっと、常にそんな感触で集中力を含め
息が抜けずに倒れてしまいそう、そう感じます。
ただ、一生を生まれたからにはと解釈すると、肩の力が少し
抜けて楽になります。
一所をどうして一生というようになったのかはわかりませんが、
一所のほうが好感が持てます。
少し前に「置かれた場所で咲きなさい」というベストセラーがありました。
書店でタイトルだけは見ましたが、ベストセラーということで、
購入は敬遠しました。
内容はわかりませんがタイトルから想像すると、一所懸命、
自分は自分、腐らず、落ち込まず前向きに、そういったものではないかと思います。
これから3・4日は集中して一所懸命に一般質問の作成です。
午前中に各課を回り質問の趣旨を説明し、現状と課題を
聞いてきました。
昨日は午前中に膳所学区の学区要望を自治連合会の役員と
膳所学区選出の議員3名で提出してきました、建設部に関する要望が
多く、道路、側溝、街路灯などで各学区ともに抱える課題です。
各学区のすべての要望を実現することは予算的にも困難ですが、
一つでも多くの要望が実現するように、こちらも一所懸命です。
今年のお盆は親の体調が悪く親子での帰省はありませんでした。
その代わり、一人ずつが遊びに来ました、今は1年生の女の子が
来ています、こちらが迎えに行って送っていくのですが、普段は
大人ばかりで静かな家が子どもが一人いるだけで賑やかです。
娘夫婦と子供たちの幸せを願うのは親として当然のことです。
こちらは、一生懸命・・・・・です
それが、いつの頃か忘れましたが一生懸命という言葉が
出てきて、今では一生懸命という言葉のほうが一般的に
なっているように感じます。
個人的な思いですが、一所と一生字面だけでみると、
一つの所、与えられた所、役目を果たすべき所と
いった感じで時間的な制限があるように思いますが、
一生というと、生きている限り、ずっと、常にそんな感触で集中力を含め
息が抜けずに倒れてしまいそう、そう感じます。
ただ、一生を生まれたからにはと解釈すると、肩の力が少し
抜けて楽になります。
一所をどうして一生というようになったのかはわかりませんが、
一所のほうが好感が持てます。
少し前に「置かれた場所で咲きなさい」というベストセラーがありました。
書店でタイトルだけは見ましたが、ベストセラーということで、
購入は敬遠しました。
内容はわかりませんがタイトルから想像すると、一所懸命、
自分は自分、腐らず、落ち込まず前向きに、そういったものではないかと思います。
これから3・4日は集中して一所懸命に一般質問の作成です。
午前中に各課を回り質問の趣旨を説明し、現状と課題を
聞いてきました。
昨日は午前中に膳所学区の学区要望を自治連合会の役員と
膳所学区選出の議員3名で提出してきました、建設部に関する要望が
多く、道路、側溝、街路灯などで各学区ともに抱える課題です。
各学区のすべての要望を実現することは予算的にも困難ですが、
一つでも多くの要望が実現するように、こちらも一所懸命です。
今年のお盆は親の体調が悪く親子での帰省はありませんでした。
その代わり、一人ずつが遊びに来ました、今は1年生の女の子が
来ています、こちらが迎えに行って送っていくのですが、普段は
大人ばかりで静かな家が子どもが一人いるだけで賑やかです。
娘夫婦と子供たちの幸せを願うのは親として当然のことです。
こちらは、一生懸命・・・・・です
Posted by いとう茂 at
13:41
│Comments(0)
2015年08月19日
ヒアリング
17日と18日は今年度の会派の要望の進捗状況と
来年度の予算編成に向けて主な事業のヒアリングでした。
9部と教育委員会、企業局、消防局、市民病院の合計で
13部局から説明を受け質疑を行いました。
この時期は他の会派もヒアリングを行い確認と説明を受けます。
今年は8月31日から通常会議が始まります、一般質問も
26名前後になりそうで議員の3人に2人が質問することになります。
通常会議中、インターンの大学生が6名議会や行政の業務の
研修に来ます、40時間は研修を義務付けられています。
所属会派にも男性が一人来ます、桐田議員と私が担当で、
昨日打ち合わせを行いました。
ある種、就労体験のようなもので、こうした機会を民間でも
設けられたら自分の適正や可能性が発見できてよいと思いますが、
まだまだ地盤整備が必要です。
今日は午後から保護司会の研修会でした。
協力雇用主が講師で体験談を話していただきました。
冒頭、あいさつを行いましたが、この世に生を授かり、自分で生きている
部分はあるのですが生かされている、そのことに対して感謝と
生き様の反省が必要という話をしましたが、講演では、昔は
世間の落ちこぼれだったが、仕事を叩き込まれて独立し、
これまで少年院、刑務所の出所者を100名以上雇用し自立にむけて
仕事を覚えさせてきた、そのうち4名が独立し家庭を持って幸せに暮らしている、
これが私の宝物、親方になった4名には次はお前たちが
更正させる番だと話している、4名のうち1人でも私がしてきた道を
継いでくれたらという話は実体験に基づくもので臨場感もあり、
感銘を受けました。
更正を目指す人は、自分と知り合う前からその人であり、
型に押し込もうとしたり即戦力として期待してはダメ。
保護司の面接も共通する部分があります、こちらが一方的に
話すと相手が萎縮して貝になることが多く、まず、相手に話させる
雰囲気作りが大切です。
寄り添って認めるところは認める、改善すべきところは改善を求める、
人を認める、人を褒める、何でもないことですが、世の中には
誰にも認められず、誰からも褒められずにいる人がいます。
更正を目指す人以外にも居場所のない人、心を開けない人、
そういう人がいるのも事実です。
生かされている、それは誰かに助けられている部分、誰かを
助けている部分だけではなく、誰かに迷惑をかけている、
誰かに迷惑をかけられている部分も受容することではないでしょうか。
来年度の予算編成に向けて主な事業のヒアリングでした。
9部と教育委員会、企業局、消防局、市民病院の合計で
13部局から説明を受け質疑を行いました。
この時期は他の会派もヒアリングを行い確認と説明を受けます。
今年は8月31日から通常会議が始まります、一般質問も
26名前後になりそうで議員の3人に2人が質問することになります。
通常会議中、インターンの大学生が6名議会や行政の業務の
研修に来ます、40時間は研修を義務付けられています。
所属会派にも男性が一人来ます、桐田議員と私が担当で、
昨日打ち合わせを行いました。
ある種、就労体験のようなもので、こうした機会を民間でも
設けられたら自分の適正や可能性が発見できてよいと思いますが、
まだまだ地盤整備が必要です。
今日は午後から保護司会の研修会でした。
協力雇用主が講師で体験談を話していただきました。
冒頭、あいさつを行いましたが、この世に生を授かり、自分で生きている
部分はあるのですが生かされている、そのことに対して感謝と
生き様の反省が必要という話をしましたが、講演では、昔は
世間の落ちこぼれだったが、仕事を叩き込まれて独立し、
これまで少年院、刑務所の出所者を100名以上雇用し自立にむけて
仕事を覚えさせてきた、そのうち4名が独立し家庭を持って幸せに暮らしている、
これが私の宝物、親方になった4名には次はお前たちが
更正させる番だと話している、4名のうち1人でも私がしてきた道を
継いでくれたらという話は実体験に基づくもので臨場感もあり、
感銘を受けました。
更正を目指す人は、自分と知り合う前からその人であり、
型に押し込もうとしたり即戦力として期待してはダメ。
保護司の面接も共通する部分があります、こちらが一方的に
話すと相手が萎縮して貝になることが多く、まず、相手に話させる
雰囲気作りが大切です。
寄り添って認めるところは認める、改善すべきところは改善を求める、
人を認める、人を褒める、何でもないことですが、世の中には
誰にも認められず、誰からも褒められずにいる人がいます。
更正を目指す人以外にも居場所のない人、心を開けない人、
そういう人がいるのも事実です。
生かされている、それは誰かに助けられている部分、誰かを
助けている部分だけではなく、誰かに迷惑をかけている、
誰かに迷惑をかけられている部分も受容することではないでしょうか。
Posted by いとう茂 at
18:29
│Comments(0)
2015年08月18日
後顧の憂い
国を思い、家族そして大切な人を思い、多くの人が死んでいきました。
大きな流れにあらがうこともできず、後顧に憂いを残して
死んだ人も多かったでしょう、無念という気持ちはなかったのでしょうか。
工作兵曹長として大和に乗船し、29歳で亡くなった愛知県出身の
軍人の遺書です。
「嫁ではなく、我が子と思って」
我、軍人としての本分を立派に果たし、神風大和艦上に最期を飾るは、
無上の誉れと深く心に銘記し笑って死するものなり。
御両親様、妻愛子は良嫁になかりしが、我の妻で御座います。
夫婦の契りを立て、二世を誓いし以上は、
我と一心同体なりし事は申すまでもないと存じまする。
ましてや我は国難に殉ずる軍人です。
其の家族が軍人の家族らしからぬ事、此の世に多しと承り、
此処に一言遺書を記するものなり。
(中略)
1、里方へ帰るも可なれど、里方にては御迷惑せられますれば、
我家にいては居辛く本人としては我家を出て静かに自活したき希望なれば、
本人の希望通りに自力自活の道に進む様御願い申し上げます。
其の上にて再婚の道有ればお進めください。
再婚致す迄は愛子の籍は我が妻として置いて戴きたく御願い申し上げます。
1、人間は感情の動物なれば、憎きやつと思えばだんだん遠ざかり、
可愛がれば愛子とても孝養せなくてはならなくなると我は存じますれば、
嫁と思わず、我子と思われまして可愛がって下さいますよう御願い申し上げます。
(後略)
もう一人紹介します、学徒出陣で神風特別攻撃隊として出撃して
昭和20年4月28日に戦死した福岡県出身の22歳の京大生の遺書です。
「弱い心をお笑いください」
四月十六日
今日は未だ生きております。
昨日、父さん、母さん、兄姉にも見送って頂き、
全く清らかな気持ちで出発できました。
敏子にお逢いになった由、皆何を感じられたか知りませんが、
心から私が愛した、たった一人の可愛い女性です。
純な人です。
私の一部と思って何時までも交際してください。
葬儀には是非呼んで下さい。
お父様、お母様。
本当に優しく心から私を可愛がって頂きましたこと有難く御礼申します。
私は一足先に死んでゆきますが、
私が、あの弱かった私が国に殉ずることを喜んで下さると思います。
長い間御世話になり何一つ喜んで頂く様なことも致しませず相済まぬと思っております。
私の死はせめてもの恩返しと思って下さい。
四月十七日
今日も生きています。
皆に逢えて安心です。
心に残るのは敏子のことのみ。
弱い心をお笑いください。
しかし死を前にして、敏子に対する気持ちの深さを今更の様に驚いています。
人間の真心の尊さを思って下さい。
四月二十八日
軍服を脱いで行きます。
真新しいのが行李の中にありますから、それを家に、
古い方を敏子に送って下さい。
必ずお願いします。
戦死がわかりましたら一度家に呼んで遺書等と一緒にお渡しになれば良いと思います。
愛子さんも敏子さんももう亡くなっておられるでしょう、二人が
どんな人生を送ったのか知る由もありませんが、
ほんの束の間の時間を確かな手ごたえと感じ、
長い人生を歩まれたと思います。
人は人をどこまで支配、縛り付けられるのか、二度と逢うことのない人を心に
思い続けてどれだけの時間を過ごせるのか考えてしまいました。
大きな流れにあらがうこともできず、後顧に憂いを残して
死んだ人も多かったでしょう、無念という気持ちはなかったのでしょうか。
工作兵曹長として大和に乗船し、29歳で亡くなった愛知県出身の
軍人の遺書です。
「嫁ではなく、我が子と思って」
我、軍人としての本分を立派に果たし、神風大和艦上に最期を飾るは、
無上の誉れと深く心に銘記し笑って死するものなり。
御両親様、妻愛子は良嫁になかりしが、我の妻で御座います。
夫婦の契りを立て、二世を誓いし以上は、
我と一心同体なりし事は申すまでもないと存じまする。
ましてや我は国難に殉ずる軍人です。
其の家族が軍人の家族らしからぬ事、此の世に多しと承り、
此処に一言遺書を記するものなり。
(中略)
1、里方へ帰るも可なれど、里方にては御迷惑せられますれば、
我家にいては居辛く本人としては我家を出て静かに自活したき希望なれば、
本人の希望通りに自力自活の道に進む様御願い申し上げます。
其の上にて再婚の道有ればお進めください。
再婚致す迄は愛子の籍は我が妻として置いて戴きたく御願い申し上げます。
1、人間は感情の動物なれば、憎きやつと思えばだんだん遠ざかり、
可愛がれば愛子とても孝養せなくてはならなくなると我は存じますれば、
嫁と思わず、我子と思われまして可愛がって下さいますよう御願い申し上げます。
(後略)
もう一人紹介します、学徒出陣で神風特別攻撃隊として出撃して
昭和20年4月28日に戦死した福岡県出身の22歳の京大生の遺書です。
「弱い心をお笑いください」
四月十六日
今日は未だ生きております。
昨日、父さん、母さん、兄姉にも見送って頂き、
全く清らかな気持ちで出発できました。
敏子にお逢いになった由、皆何を感じられたか知りませんが、
心から私が愛した、たった一人の可愛い女性です。
純な人です。
私の一部と思って何時までも交際してください。
葬儀には是非呼んで下さい。
お父様、お母様。
本当に優しく心から私を可愛がって頂きましたこと有難く御礼申します。
私は一足先に死んでゆきますが、
私が、あの弱かった私が国に殉ずることを喜んで下さると思います。
長い間御世話になり何一つ喜んで頂く様なことも致しませず相済まぬと思っております。
私の死はせめてもの恩返しと思って下さい。
四月十七日
今日も生きています。
皆に逢えて安心です。
心に残るのは敏子のことのみ。
弱い心をお笑いください。
しかし死を前にして、敏子に対する気持ちの深さを今更の様に驚いています。
人間の真心の尊さを思って下さい。
四月二十八日
軍服を脱いで行きます。
真新しいのが行李の中にありますから、それを家に、
古い方を敏子に送って下さい。
必ずお願いします。
戦死がわかりましたら一度家に呼んで遺書等と一緒にお渡しになれば良いと思います。
愛子さんも敏子さんももう亡くなっておられるでしょう、二人が
どんな人生を送ったのか知る由もありませんが、
ほんの束の間の時間を確かな手ごたえと感じ、
長い人生を歩まれたと思います。
人は人をどこまで支配、縛り付けられるのか、二度と逢うことのない人を心に
思い続けてどれだけの時間を過ごせるのか考えてしまいました。
Posted by いとう茂 at
12:29
│Comments(0)
2015年08月17日
丸飲み
小さい犬に枝豆をやると噛まずに丸飲みします。
ベビーボーロも丸飲みです、ゆっくり噛んで食べろよ、
誰も盗らないから。
通じるはずがありません。
好物を丸飲みするのは理解できます。
我々は、時として納得いかないことを丸飲みしなければ
いけない場面があります、おだてられて二階に上ったら
いきなり梯子をはずされる。
ホイホイ上った自分に思慮が足りなかった、そう思って反省するまで
かなり時間がかかるものです、自分が決めて上ったのに
誰かに勧められて上ったことばかりが意識の中にあり、
責任を他人に転嫁する、梯子をはずされても、そこで自分にできることをする。
自分が耕す畑がいつもいつも肥沃な畑だとは限りません、
他人の畑の作物が立派なものだとしても、自分のものではありません。
もっと、もっと耕せと折れそうな心を励ますしかありません。
そんなことは十分に承知していても、それでも弱い人間ですから時には、
やけ酒を飲んで憂さを晴らすこともあるでしょう、それも、その時だけの
一時しのぎ、酔いがさめれば現実の続き、そのことも承知でもそうしてしまう
弱い人間、弱い自分と対峙して気持ちを強く持てる人、押しつぶされる人。
周囲の人に起きている不条理な出来事を自分のこととして受け止め、
日頃から自分ならどうするだろうというトレーニングは必要です。
人の不幸は蜜の味といいますが、蜜を味わってばかりいると
自分に降りかかった不条理で誰かに蜜を味わわせることになります。
因果応報とはこういうことでしょう。
時々出てくる矛盾した考え、自分は思っているほど弱くない、
自分は思っているほど強くない、どちらの考えがいいのか、
若いころは自分は思っているほど弱くない、そう思って意地を張ったり
無茶をしたことが多かったと思います、今でもそういう部分は残っていますが、
最近は自分は思っているほど強くない、その考えが主流になってきました。
強くないから受け入れる、拒否しない、弱い人間が愚痴を言っても始まらない、
そう思うと新しい道が見えてきます。
丸飲みするのも現実、それを好む者は、それを楽しむ者に如かず。
逃げても逃げても、万が一逃げ切れても、生きている限り不条理なことは
出てきます、一時の楽でも、その後に続く苦しみのことを考えたら
逃げずに丸飲みして、しっかり向き合う方がいいように思います。
自分の責任で飲み込んだと考えれば少しは気持ちが楽になりますし、
覚悟もできるように思います。
わがものと 思えば軽るし 笠の雪
ベビーボーロも丸飲みです、ゆっくり噛んで食べろよ、
誰も盗らないから。
通じるはずがありません。
好物を丸飲みするのは理解できます。
我々は、時として納得いかないことを丸飲みしなければ
いけない場面があります、おだてられて二階に上ったら
いきなり梯子をはずされる。
ホイホイ上った自分に思慮が足りなかった、そう思って反省するまで
かなり時間がかかるものです、自分が決めて上ったのに
誰かに勧められて上ったことばかりが意識の中にあり、
責任を他人に転嫁する、梯子をはずされても、そこで自分にできることをする。
自分が耕す畑がいつもいつも肥沃な畑だとは限りません、
他人の畑の作物が立派なものだとしても、自分のものではありません。
もっと、もっと耕せと折れそうな心を励ますしかありません。
そんなことは十分に承知していても、それでも弱い人間ですから時には、
やけ酒を飲んで憂さを晴らすこともあるでしょう、それも、その時だけの
一時しのぎ、酔いがさめれば現実の続き、そのことも承知でもそうしてしまう
弱い人間、弱い自分と対峙して気持ちを強く持てる人、押しつぶされる人。
周囲の人に起きている不条理な出来事を自分のこととして受け止め、
日頃から自分ならどうするだろうというトレーニングは必要です。
人の不幸は蜜の味といいますが、蜜を味わってばかりいると
自分に降りかかった不条理で誰かに蜜を味わわせることになります。
因果応報とはこういうことでしょう。
時々出てくる矛盾した考え、自分は思っているほど弱くない、
自分は思っているほど強くない、どちらの考えがいいのか、
若いころは自分は思っているほど弱くない、そう思って意地を張ったり
無茶をしたことが多かったと思います、今でもそういう部分は残っていますが、
最近は自分は思っているほど強くない、その考えが主流になってきました。
強くないから受け入れる、拒否しない、弱い人間が愚痴を言っても始まらない、
そう思うと新しい道が見えてきます。
丸飲みするのも現実、それを好む者は、それを楽しむ者に如かず。
逃げても逃げても、万が一逃げ切れても、生きている限り不条理なことは
出てきます、一時の楽でも、その後に続く苦しみのことを考えたら
逃げずに丸飲みして、しっかり向き合う方がいいように思います。
自分の責任で飲み込んだと考えれば少しは気持ちが楽になりますし、
覚悟もできるように思います。
わがものと 思えば軽るし 笠の雪
Posted by いとう茂 at
12:40
│Comments(0)