2020年03月07日

逃げたらあかん

石川洋さんの本と出合ったのは、平成7年をはさんで
前後2年くらいの期間でした。
それ以後も時々購入した記憶がありますが、平成7年と言えば
阪神淡路大震災の年でした。
1月に大震災が発生し、親父が亡くなったのは4月、大震災の
ダメージよりも私には親父がいなくなった影響のほうが今思えば
大きかったように思います。
親父の晩年は病院での生活がほとんどでしたが、それでも
顔を合わすとしっかりした口調で話も出来ましたし、家にいる
代わりに病院のベットにいるだけで、見た目の元気さも変わりがなく
店のことに口出しすることはありませんでしたが、大きな心の支えで
あったことは事実です。
その親父が4月に亡くなり、支えがなくなり不安な日もありましたし、
それまでは防波堤だった親父がいなくなったことで外海の波が
ダイレクトに私を打ち付けるのも実感しました。

親父が存命中にも波は私を打ち付けていたのだと思いますが、
親父がいることで耐えることができたり立ち直れていたのだと
時間が経ってから気づくことがありました。
何をするわけでもないし、特別な力で外海の波を防いでいたのでは
ないのですが、家族で男は親父と私だけで母親と嫁と娘二人、
それが男が一人になり心細くなっていた時に、出会った一人が
石川洋さんだったと思います。
実際に石川さんと言葉を交わしたことはありません、文字だけで
つながっていたのですが、それも私に支えの一つだと思っています。
昭和5年生まれの石川さん、大正15年生まれの親父、どこか
重なる部分があったのでしょう。

石川さんの本がパソコンの横に置いてありましたので、
久しぶりにページをめくってみました。
逃げたらあかんの表紙をめくると、パタンと真ん中で二つに
折れます、ふつうは弾力があって表紙が浮き上がるのですが、
結構読みかえしていたんだ、そんなことを思いましたが、その経験
までは戻ってきません。
冒頭に、逃げたらあかん「はじめてのあなたに」と題した石川さんの
熱い言葉が掲載されています。

悲しいことが多いのは
自分のことしかわからないからだ。

つらいことが多いのは
感謝をしらないからだ。

苦しいことが多いのは
自分に甘えがあるからだ。

悲しみや苦しみをしらない人はいない。
しかし、悲しみや苦しみだけで終わってしまったら
それこそ、哀れむべき人生である。
自分をどう慰めてみても
自分の淋しさを癒してくれるものは生まれてこないからである。

親と子はかけがえがないという。
それだけに、どうすることも出来ない子をもつ親は
そのつながりのせつなさに涙する。
どんな子にも、かならず光がある。その光がみえない親は
子によって育てられていることをしろうとしないからだ。

病弱な体に絶望している人がいる。
しかし、体が不自由であるといって、けっして不幸ではない。
大切なことは、健常な体も、障害をもった人も、
いのちの尊さに目覚めることである。

人生に失敗し、世の冷たさにほぞを噛んでいる人がいる。
失敗にまごころをつくすことを怠ってはいなかったか。
失敗のない人はいない。おちておちないことだ。

苦しいことは、誰だって逃げたい。
だが、逃げれば逃げるほど、苦しみは追いかけてくる。
それが苦しみの正体である。
いっそ、苦しみの中に飛びこんでいったら、
苦しみは人生のどん底で
あたたかく抱きとめてくれるのである。

いたらない私は「一生失敗一生感謝」であることが心にしみる。
逃げられない恵みがあるからだ。

凡人だもの、泣きたかったら泣こう。
でも、涙だけはよごさないでおこうよ。
慰められるよりも、慰める人に、生まれ変わるために。

逃げたらあかんより
  
Posted by いとう茂 at 09:54Comments(0)