2025年01月09日

日曜日の読書から②

亀井勝一郎の続きです。
ドラマを見てどこで笑うかでその人の知性が分る、そんな意味の言葉がありました。
自分では「これいいな」と感じる言葉でも、知性あふれる人から見れば「なぁ~んだ」と感じるかも知れませんがお許しを。
・文明の罪についてあらためて考えるべき時が来た。
自然を犯しすぎたのだ。
それによって人間は人間を犯しすぎたのだ。罰として我々は「過剰」という地獄へ堕ちた。
言わなくてもいいことを言い、しなくてもいいことをして、永久に多忙である。

・人間の犯してきた最大の矛盾、それは殺生をぜったいにゆるさない神仏に祈りながら、戦争をつづけたことである。
どんな国の歴史をみてもそうだ。
祈りつつ殺し、殺しつつ祈っている。

・人類史をどこまでもさかのぼってゆけば、我々の祖先は神だということになっている。
驚嘆すべき創造力を発揮してきた人類の、これは自讃歌のごときものであろうか。

・人類史をどこまでもさかのぼってゆけば、我々の祖先は猿だということになっている。
あらゆる動物の中で最も滑稽な動物が、我々の祖先だということも忘れてはなるまい。

・登山のときは、必ずやや虚弱な友人をひとり仲間として連れてゆくべきである。彼をいたわることは、自分たちをいたわることだ。
それは危険への最大の予防である。彼こそ守護神である。
「完全な健康体」だと思い込んでいる人間の集団だけが遭難する。

・人間は肉体的痛みに対していかに弱いか。
平成の我々にとって、体内に潜在する危険な病状よりも、虫歯が一本痛む方が重大である。

・死に直面してびくともしない名僧の話だけでは困る。
悲嘆し狼狽する名僧もいなければ凡人は救われない。
  
Posted by いとう茂 at 13:04Comments(0)